こもごも

ユウキ カノ

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8.春風吹く

8-①

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 冬のあいだ、わたしは雪に閉ざされたこの町で、なんとか前に進もうとあがいていた。
『久しぶり。よかったらうちで年越ししませんか』
 年の瀬が迫った十二月のその日、夕方になって真登からメッセージがきた。ちょうど雪深堂でのアルバイトを、いつものように定時前にあがったときだった。車道を除雪して寄せられた雪が歩道とのあいだに白く積まれ、アーケードに守られて濡れてすらいない歩道との境界線を描いていた。顔を合わせなくて遠く離れたような気がしていても、真登の野性的な勘は、変わらずわたしの指先をあたたかくした。
 おとうさんとおかあさんとは、会話らしい会話もないまま、もう季節が一周しようとしていた。おねえちゃんも含めて、長いあいだ家族で囲んでいない食卓でひとり食べものを口に入れているときの感情は、もう、ほとんどない。でもこれまで特別な思いを抱いたことのなかった年越しがが目のまえに現れたとき、こわくて身体が震えるのを抑えられなかった。部屋にひとりでじっとしていることは、きっとできる。そのさみしさはこわくない。いちばんこわいのは、なにも起こらなかったときじゃなくて、なにか変化が起きたときだった。一度慣れてしまったものが突然変わるかもしれない可能性に、わたしはいつも怯えている。
 えるのと過ごす時間が増えて、里恵ちゃんとつながりを感じるものを避けられたと同時に、家族とのつながりからも目をそらすことができていた。触れなくてよければ、考える必要もない。高卒認定のことだけに集中して生きている日々は、わたしにとって救いだった。
 年末年始は、きっとえるのと会うこともできない。真登と会えば里恵ちゃんのことにも向きあうことになるかもしれないけれど、家にいることのつらさと、天秤にかけることも難しかった。宮下の家のあたたかさに触れるのは痛い。でも彼らのやさしさは、これまでもこれからも変わらないものだ。
『ありがとう。ぜひお邪魔させてください』
 アーケードが切れる寸前で立ちどまり、返信する。スマートフォンをコートのポケットにしまい、意を決して雪道に足を踏みだした。
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