かさなる、かさねる

ユウキ カノ

文字の大きさ
上 下
33 / 39
11.心が重ならない

11-①

しおりを挟む
 夏休みが明けてすぐ、文化祭が行われるのがこの高校の慣習だった。二週間足らずの期間でやれることは限られていて、だからどのクラスも夏休み中から準備をしている。お祭りごとの好きなやつが多いうちのクラスは駄菓子屋をやることになっていた。
「俺も文化祭やりたかった!」
 放課後、手の空いているやつらで駄菓子屋の内装を作ろうとしているとき、武本がわざわざ俺の席まで近づいてきてそう叫んだ。
「仕方ないだろ、期待されてるんだぞお前」
 文化祭の日は、いくつかの部活が大会で不在だった。高校生の部活というのは、ときに学業より優先されることがある。陸上部もそのひとつで、地区大会が文化祭当日に行われることになっていた。武本はここ最近記録を伸ばしているらしく、北信越大会への出場が期待されていると聞いた。
 でもさあ、と渋る武本の背を押して教室から送り出してやる。手を振ってグラウンドへと去っていく後姿は、進む先を見た瞬間にしっかりとしていた。切り替えが早いのが武本のいいところだ。さっぱりしているあいつでなければ、俺と付き合うのは難しいに違いない。
「明は走りにいかないの」
 シュウが近づいてきて首を傾げる。武本と一緒に部活にいかなくていいのか、と訊かれているのか、走りにいかないのか、と訊かれているのか、とっさには判断がつかない表情だった。
 受験勉強の息抜きと言っていまだに部活に出入りしている山村先輩は、今回の大会にエントリーするよう俺にも声をかけてきた。かけてきてくれた、と表現する気にはなれなかった。何度拒絶しても、先輩は俺を勧誘することをやめない。それが、俺にとっては苦痛だった。
 「お前と一緒にするなよ」と笑った武本の顔を思いだす。入学してからこれまで、グラウンドで部活に参加したことは一度もない。いまさらどうしろと言うのだろう。走っていられればそれでいいと、繰り返し言っているのに。
「いかないよ」
 シュウを見あげて笑ってみせる。そうして、シュウがこれまでやってきたのはこういうことかと実感した。ひとは触れられたくないものがあるとき、笑顔を作ることで相手を拒むことができるのだ。心を許しているようなふりをする分、ただ険しい顔をされるより遠ざけられたと強く感じる。
「そっか」
 シュウがさみしそうにうつむいて、だから俺は胸がちくりと痛んだ。シュウの心はひっぱりだしたくせに、自分の胸のうちを告げることはできなかった。走るという俺の習慣について、口を出されていい気分になったことはない。なにより、もやもやとうずまく感情をことばにできないままシュウに伝えたくなかった。
「ほら、剣持くんも萩原くんも早くきて」
「……いこうか」
 実行委員の女子に急かされて席を立つ。シュウはなにか言いたそうな顔をしていたけれど、それを無視して机を隅に寄せて作られたスペースへと向かった。
 文化祭の準備はそれなりに充実していたように思う。指示を飛ばすクラスメイトの言うとおり段ボールを組み立てて色を塗っていくだけの単純作業は、体育祭のときのように責任が伴うこともなくて楽だった。
 ただ、放課後の時間を奪われる日々は確実に俺から余裕を奪っていった。走りたいという気持ちが、自分のなかでどんどん膨らんでいく。日没は日に日に早くなっていくけれど、帰宅したあと夜にだって走ろうと思えばできるのだ。それなのに、なぜか走ることを躊躇している自分がいた。いまにも走りだしたくて足がむずむずしているのに、心のどこかでそうすることに恐怖しているような気さえする。向きあうことも、逃げることもできないまま、時間だけがすぎていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

隣の女

如月
現代文学
大学の写真部に所属する雅之は、横須賀の廃病院を撮影している最中に、見てはいけないものを見てしまう。同じアパートに住む女が、なぜかそこにいたのである。彼女は彩子というとても美しい女だった。女の美しさに囚われて、雅之は過ちを犯すことになる。罪とエロティシズムをテーマにした作品です。時代設定は、パンデミックの少し前くらいです。全三章を予定。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...