かさなる、かさねる

ユウキ カノ

文字の大きさ
上 下
20 / 39
7.近づいたと思ったら

7-①

しおりを挟む
 期末テストが終わると、あとは夏休みを待つだけだった。夏休みに入る直前に行われる球技大会は、準備もほとんどしないから体育祭のときのように練習したりはしない。運動が比較的得意な生徒が集まるうちのクラスでも、球技大会の勝ち負けにこだわるやつはほとんどいなかった。お祭りほどたのしいものでもなく、競技会ほど真剣にやるものでもない。だらだらとしたゆるい雰囲気のある行事だ。
 夏休みを目前にして、教室の暑さはいよいよ耐えられないところまできていた。猛暑日を記録する日も増えるなか、エアコンは依然として稼働しない。長期休暇中しか使ってはいけないという校則も考えものだった。こんな暑さのなかでは、授業にやる気なんて出るわけがない。薄い紙で作られた教科書が、自分の汗でしわしわになっていく。プリントも同じで、シャーペンで書くと普段より色が薄くなってしまった。
 それでもシュウは、汗ひとつかいていなかった。あいかわらず長袖のシャツを着ているのに、その肌はいつもさらりとしている。体質なのか、うらやましいとすら思う涼しげな姿だった。
 暑さは嫌いではない。けれど、教室でじっとしていなければいけないときの暑さは堪えるのがせいいっぱいだった。腕に張りつくプリントを疎ましく思いながら放課後を待つ。
 教室では不快にしか感じられなかった暑さも、ウェアを着るととたんに心地よい温度に感じられた。現金だと思う。梅雨が終わって一週間、どんどん乾いていく風に、気持ちが高揚していくのがわかった。
 深呼吸をひとつして、左足を前に踏み出す。校門を出て校庭のほうにまわり、あぜ道を駆け抜けていく。雨を十分に吸った稲が、陽射しのなかでまぶしいほどにまっすぐ伸びて輝いていた。田んぼの水のにおいが、梅雨前より濃く土の気配をまとっている。
 普段走っているときはあごをあげないように注意しているのに、どこまでも抜けるような青い空を見あげながら走ることをやめられそうになかった。いまよりもほんのすこし力をこめて足を蹴りあげたら、この空の向こうまで飛んでいけるかもしれない。そんな予感さえ感じさせる天気だ。
 グラウンドでは、武本をはじめとする陸上部のやつらが練習をしていた。土ぼこりをあげるトラックのうえで、各々がタイムを測っているのが見える。野球部やサッカー部のあげるおおきな声の合間に、スタートの合図をする笛の音が響いていた。
 みんな一様に真剣なまなざしをしていた。真剣といえば聞こえはいいけれど、その表情はタイムを見るたびに歪んでいる。思うようにタイムが出ないことはよくある。そして俺は、もうその経験から解放されたのだ。なににも縛られずに走ることはこんなにも心地いいのに、どうしてみんな速さにこだわりつづけるのかわからない。
 俺はこの快感をだれかに押しつける気はなかった。あいつらのタイムへのこだわりも、だから理解しようとはしない。
 ぐるぐると学校の周りを走りつづけて、陽が傾いてきた。田んぼのほうにまわったとき、グラウンドの連中が練習を終えたのがわかった。俺も走るのをやめて部室へと戻る。
 いい気分というのは、どうして長続きしないのだろう。部室のドアを開けると、この前の大会で引退したはずの山村先輩がいた。
「……おつかれさまです」
 一瞬だけ合った目をすっとそらして、口のなかでぼそぼそと声を出した。武本に腹を小突かれたけれど、できれば話したくない相手なのはわかっているはずだ。先輩に向けた背中に視線を感じる。なにか言いたいことがあるのかもしれない。いや、あるに決まっている。俺にタイムのために走れと言いたいのだろう。それに気づいていながら、先輩のことを無視しつづけた。
「おつかれさまでした」
 手早く着替えて部室を出る。いつもは「おつかれ」としか言わない俺がわざわざ敬語を使った理由をわかっているはずの先輩からは、なんの応えもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...