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真夜中のコーラ
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目の前にコーラがある。ピンクの、まあまあ大きめのマグカップに、半分だけ注がれたコーラがある。昨日飲んで、半分残して、冷蔵庫で眠らされていたコーラ。炭酸はほとんど抜けている。それでもコーラとしての威厳をなくなさないのだから、コーラはえらい。
夜、一日のすべての生活を終えて、自室でノートパソコンに向かう。小説を書いたり、調べものをしたり、とにかくどんな状況でも、わたしはピンクの、まあまま大きめのマグカップに飲みものを入れて飲んでいる。それはもう、がぶがぶ飲む。たいていは水出しのジャスミン茶で、ときどきジュースになることもある。このあいだ受けた健康診断で、尿から糖がなんたらと言われたので、たぶん糖尿病の気があり、ずっと喉が渇いているのだと思う。
わたしは飲みものをがぶがぶ飲む。一日に飲むジャスミン茶は、だいたい三~四リットルくらい。数えることもむずかしいくらい、飲む。
それなのに、今、わたしの目の前には、がぶがぶと飲まれるのを待っている、ぜんぜん減らないコーラがある。
今日は、なにをしただろう。働いて、ごはんを食べて、お風呂に入り、テレビ番組を眺めたあと、スマホでちょちょいっと気になったことを調べて、飢えをなんとか満たそうとした。飢え。お腹が空いているわけじゃない。「なにかを成し遂げないと」という、飢えだ。
この強迫観念に襲われるのは、どうやらわたしだけではないと聞いたことがある。ただ生活をしているだけでは、人間は「成し遂げる」ことができない生きものらしい。息をしているのは決して必然ではないので、それだけで十分えらいと思うのだけど。
わたしの場合、この「飢え」は、小説を書くことで満たされる。ノートパソコンに向かって、ぱちぱちとキーボードを叩き、文章を書くことによってのみ、「成し遂げる」ことができる。にもかかわらず、わたしは小説を書くことが、あんまり得意ではない。
小説を書くようになって、二十年くらいになる。好きと得意はまったくちがう、ということに、ただただ気づかされるだけの二十年だった。ひとひとりが生まれてから成人するだけの時間をかけて(今の日本は十八歳で成人だけれど、やはりハタチは特別だ)、わたしは、自分がこの「飢え」からは逃れられないと知った。
正直に言うと、もう、だいぶ眠い。時計を確認するまでもなく、日付はとっくに変わっている。明日も働かなくてはいけないのだから、ほんとうは一刻もはやく眠りたい。今日という日を閉じて、新しい一日のはじまりを未来の自分に託したい。「飢え」なんてものは関係ない。だって二十年間、わたしはこの飢餓感とともに生きてきた。身を切るようなこの苦しみを無視したって、しんどいしんどい人生は、変わらず続いていくことを知っている。
でも今、わたしの目の前には、がぶがぶと飲まれるのを待っている、ぜんぜん減らないコーラがある。このコーラを飲み干せば、わたしが起きている理由はなくなる。ピンクの、まあまあ大きめのマグカップを流しに置いて、歯を磨き、ベッドに入り、長い紐の繋がった蛍光灯のスイッチを引く。そうしたら、わたしの今日は終わる。
もし、この炭酸の抜けたコーラを飲み干さないままでいたら。あと一時間、あるいは数時間、こうして起きていたら。わたしがなにかを「成し遂げる」ための猶予が、まだ続いていくことになる。
もしかしたらノートパソコンの電源を入れるかもしれない。
もしかしたらテキストエディタを開くかもしれない。
もしかしたら手帳を開いてメモの整理をするかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら。そういう可能性を、わたしは毎日、毎晩、捨てきれずにいる。一日に三リットル以上も水分を摂る人間が、マグカップに口をつけることすら忘れて、「成し遂げる」ことと「成し遂げられない」ことについて、彫像のように固まったまま思いを馳せる。
そうして、気づくと一時間が経っている。目の前には減らないコーラと、冷たいノートパソコンが、変わらない姿でそこにある。ああ、今日もなにもできなかった。なにも成し遂げられなかった。なんでわたしは、こうなんだ。なんで、なんで、なんで。
小説も書けない。正しく労働するための体力を、短い睡眠時間では確保できない。明朝はきっと、限界までベッドのなかにいて、メイクも適当に終わらせて、逃げるように家から出ていく。そういう毎日を、二十年、過ごしてきた。
覚悟を決めよう。ピンクの、まあまあ大きめのマグカップを手に持って、もうとっくに生温くなったコーラに口をつける。ぬるくて、炭酸の抜けたコーラは、それでもコーラとしての威厳を失わない。コーラはえらい。わたしの迷いを待ってくれていた、コーラはえらい。
マグカップを流しに置いて、歯を磨き、ベッドに入り、長い紐の繋がった蛍光灯のスイッチを引く。今日も成し遂げられなかった。今日もわたしは駄目だった。
布団に潜り、すう、と息を吐く。すう、と息を吸う。コーラは、いつだってえらい。わたしはいつだって駄目だけど、でも息をしているだけで、十分、えらい。
夜、一日のすべての生活を終えて、自室でノートパソコンに向かう。小説を書いたり、調べものをしたり、とにかくどんな状況でも、わたしはピンクの、まあまま大きめのマグカップに飲みものを入れて飲んでいる。それはもう、がぶがぶ飲む。たいていは水出しのジャスミン茶で、ときどきジュースになることもある。このあいだ受けた健康診断で、尿から糖がなんたらと言われたので、たぶん糖尿病の気があり、ずっと喉が渇いているのだと思う。
わたしは飲みものをがぶがぶ飲む。一日に飲むジャスミン茶は、だいたい三~四リットルくらい。数えることもむずかしいくらい、飲む。
それなのに、今、わたしの目の前には、がぶがぶと飲まれるのを待っている、ぜんぜん減らないコーラがある。
今日は、なにをしただろう。働いて、ごはんを食べて、お風呂に入り、テレビ番組を眺めたあと、スマホでちょちょいっと気になったことを調べて、飢えをなんとか満たそうとした。飢え。お腹が空いているわけじゃない。「なにかを成し遂げないと」という、飢えだ。
この強迫観念に襲われるのは、どうやらわたしだけではないと聞いたことがある。ただ生活をしているだけでは、人間は「成し遂げる」ことができない生きものらしい。息をしているのは決して必然ではないので、それだけで十分えらいと思うのだけど。
わたしの場合、この「飢え」は、小説を書くことで満たされる。ノートパソコンに向かって、ぱちぱちとキーボードを叩き、文章を書くことによってのみ、「成し遂げる」ことができる。にもかかわらず、わたしは小説を書くことが、あんまり得意ではない。
小説を書くようになって、二十年くらいになる。好きと得意はまったくちがう、ということに、ただただ気づかされるだけの二十年だった。ひとひとりが生まれてから成人するだけの時間をかけて(今の日本は十八歳で成人だけれど、やはりハタチは特別だ)、わたしは、自分がこの「飢え」からは逃れられないと知った。
正直に言うと、もう、だいぶ眠い。時計を確認するまでもなく、日付はとっくに変わっている。明日も働かなくてはいけないのだから、ほんとうは一刻もはやく眠りたい。今日という日を閉じて、新しい一日のはじまりを未来の自分に託したい。「飢え」なんてものは関係ない。だって二十年間、わたしはこの飢餓感とともに生きてきた。身を切るようなこの苦しみを無視したって、しんどいしんどい人生は、変わらず続いていくことを知っている。
でも今、わたしの目の前には、がぶがぶと飲まれるのを待っている、ぜんぜん減らないコーラがある。このコーラを飲み干せば、わたしが起きている理由はなくなる。ピンクの、まあまあ大きめのマグカップを流しに置いて、歯を磨き、ベッドに入り、長い紐の繋がった蛍光灯のスイッチを引く。そうしたら、わたしの今日は終わる。
もし、この炭酸の抜けたコーラを飲み干さないままでいたら。あと一時間、あるいは数時間、こうして起きていたら。わたしがなにかを「成し遂げる」ための猶予が、まだ続いていくことになる。
もしかしたらノートパソコンの電源を入れるかもしれない。
もしかしたらテキストエディタを開くかもしれない。
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もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら。そういう可能性を、わたしは毎日、毎晩、捨てきれずにいる。一日に三リットル以上も水分を摂る人間が、マグカップに口をつけることすら忘れて、「成し遂げる」ことと「成し遂げられない」ことについて、彫像のように固まったまま思いを馳せる。
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