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帰り道、わたしの足取りはいつもとは比べ物にならないほど軽かった。太陽が家々のあいだに沈んでいって、街のなかが真っ赤に染まる。機嫌のいい自分を認めずにはいられない。暗くなっていく道路の隅で光るコンビニへ立ち寄って、いつもならどれも一緒に見える弁当を前にしてじっくり悩んでみたりする。結局いつもと変わり映えのしないものを選んだけれど、店を出たわたしの手は、無意識のうちに白いビニール袋を揺らしていた。
部屋に戻ってスニーカーを脱ぐ。電気をつけるたびにうんざりする部屋の荒れた様子にも、今日はいらいらしなかった。床に散らばった写真のあいまを縫って、一番奥にあるベッドにかばんを置く。弁当はテーブルのうえにそっと置いた。その脇には、写真のデータがたくさん入っているノートパソコンがある。荒れ放題の部屋のなかで、テーブルだけはきれいにしてあった。
コートを脱ぐのも忘れて急いでパソコンを起動する。どうしても、今日撮った写真を確認したかった。デジタルカメラから記録媒体を取り出して、パソコンに差しこむ。気持ちを無視するみたいにゆっくりデータを読みこむ機械の、普段は気にもしないちいさな駆動音に指先が揺れた。今日一日で撮った大量の写真を機械が飲みこんでいく。落ち着こうと目を閉じて深呼吸する。目を開けたとき、画面に映るものは、きっと素敵な色をしているに違いない。期待で呼吸がわずかに早くなる。でも、そんなにうまくはいかなかった。ゆっくりとまぶたをあげた先にあったものを見て、肩を落とす。そこにあったのは期待とは違う、晴れの日特有の色褪せた写真ばかりだった。
天井を見あげて、おおきく息を吐く。そこではじめて、自分が身体に力を入れていたことに気づいた。ものごとがなんでもうまくいくとは限らない。どんなに気分がよくても、楽しい時間を過ごしても、機械が変わったり、技術があがったりするわけではないのだ。パソコンに目を戻して、画面を埋める写真を一気にスクロールする。きちんと見なくてもわかる。色が綺麗に乗っていない、光が強すぎてぼやけている、そんな写真ばかりだ。ふと黒いかたまりを見つけて手を止めると、そこにはぼんやりとした真一郎が映っていた。シャッターを押すときに後ろにひっくりかえってしまったからだろう、学生服を着ている被写体だとなんとなくわかるだけの激しくぶれた写真だった。
昼間出会った彼のことを思い出す。黒くてまっすぐな瞳が、頭のなかでじっとこちらを見つめていた。睨んでいるふうでも、怒っているふうでもない、柔らかい視線だった。彼に、もう一度会えるだろうか。携帯電話も持っていなかったし、連絡先も訊かなかった。
目を閉じて浮かぶのは、笑顔の彼だけだった。彼の明るさを眩しく感じる。あんなに眩しいものに、わたしは触れてもいいのだろうか。彼に、また会えたらいいと思う。その気持ちは嘘ではないけれど、心から願えるほどわたしはわたしに素直になれない。
プリンタの電源を入れて、彼の写った写真を印刷する。画像の補正はしない。プリンタが吐き出したのは、画面で見たときと同じくぱっとしないものだった。ピントのぶれた、黒いかたまりが写る厚紙を、壁のコルクボードにピンでとめる。お気に入りの写真ばかりが並んだその場所で、ぼやけてよく見えない真一郎の姿は浮いていた。
理由もなく焦っていく。大学へいかなくなった最初の日も同じような気持ちになった。
撮りたい。ここにいたくない。もっと上手く撮らなければ。
そんな気持ちが、狭い部屋のどこにもいけずに戻ってくる。しばらく眺めてからコンビニの袋に手を伸ばした。部屋のなかを見まわして、しぼり出すようにため息をつく。早く朝がこないだろうか。外に出ていって写真を撮りたい。こんなところでじっとしているのがつらい。早く食事を摂って、お風呂に入って寝よう。洗濯をしなければならないことを思い出したけれど、それはまた明日すればいいことだ。
部屋に戻ってスニーカーを脱ぐ。電気をつけるたびにうんざりする部屋の荒れた様子にも、今日はいらいらしなかった。床に散らばった写真のあいまを縫って、一番奥にあるベッドにかばんを置く。弁当はテーブルのうえにそっと置いた。その脇には、写真のデータがたくさん入っているノートパソコンがある。荒れ放題の部屋のなかで、テーブルだけはきれいにしてあった。
コートを脱ぐのも忘れて急いでパソコンを起動する。どうしても、今日撮った写真を確認したかった。デジタルカメラから記録媒体を取り出して、パソコンに差しこむ。気持ちを無視するみたいにゆっくりデータを読みこむ機械の、普段は気にもしないちいさな駆動音に指先が揺れた。今日一日で撮った大量の写真を機械が飲みこんでいく。落ち着こうと目を閉じて深呼吸する。目を開けたとき、画面に映るものは、きっと素敵な色をしているに違いない。期待で呼吸がわずかに早くなる。でも、そんなにうまくはいかなかった。ゆっくりとまぶたをあげた先にあったものを見て、肩を落とす。そこにあったのは期待とは違う、晴れの日特有の色褪せた写真ばかりだった。
天井を見あげて、おおきく息を吐く。そこではじめて、自分が身体に力を入れていたことに気づいた。ものごとがなんでもうまくいくとは限らない。どんなに気分がよくても、楽しい時間を過ごしても、機械が変わったり、技術があがったりするわけではないのだ。パソコンに目を戻して、画面を埋める写真を一気にスクロールする。きちんと見なくてもわかる。色が綺麗に乗っていない、光が強すぎてぼやけている、そんな写真ばかりだ。ふと黒いかたまりを見つけて手を止めると、そこにはぼんやりとした真一郎が映っていた。シャッターを押すときに後ろにひっくりかえってしまったからだろう、学生服を着ている被写体だとなんとなくわかるだけの激しくぶれた写真だった。
昼間出会った彼のことを思い出す。黒くてまっすぐな瞳が、頭のなかでじっとこちらを見つめていた。睨んでいるふうでも、怒っているふうでもない、柔らかい視線だった。彼に、もう一度会えるだろうか。携帯電話も持っていなかったし、連絡先も訊かなかった。
目を閉じて浮かぶのは、笑顔の彼だけだった。彼の明るさを眩しく感じる。あんなに眩しいものに、わたしは触れてもいいのだろうか。彼に、また会えたらいいと思う。その気持ちは嘘ではないけれど、心から願えるほどわたしはわたしに素直になれない。
プリンタの電源を入れて、彼の写った写真を印刷する。画像の補正はしない。プリンタが吐き出したのは、画面で見たときと同じくぱっとしないものだった。ピントのぶれた、黒いかたまりが写る厚紙を、壁のコルクボードにピンでとめる。お気に入りの写真ばかりが並んだその場所で、ぼやけてよく見えない真一郎の姿は浮いていた。
理由もなく焦っていく。大学へいかなくなった最初の日も同じような気持ちになった。
撮りたい。ここにいたくない。もっと上手く撮らなければ。
そんな気持ちが、狭い部屋のどこにもいけずに戻ってくる。しばらく眺めてからコンビニの袋に手を伸ばした。部屋のなかを見まわして、しぼり出すようにため息をつく。早く朝がこないだろうか。外に出ていって写真を撮りたい。こんなところでじっとしているのがつらい。早く食事を摂って、お風呂に入って寝よう。洗濯をしなければならないことを思い出したけれど、それはまた明日すればいいことだ。
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