上 下
11 / 16
SECTION:2 『へいわ』に捧げる戦争神話<新興宗教ではありません>

第九話:つかの間の休息

しおりを挟む
              
                ※※ 9 ※※



 どーでもいいといえば、さっきから周囲の視線がやたら痛い。
 少なくとも懸想けそうしている人間が遠くから見つめる熱い眼差し、というようなものではなく。
 どちらかというと珍獣ちんじゅうを見るような……。
 そう、好奇心に満ち溢れた視線の類なのね。

「ねえ、見て。あそこに『RS-7宙域ポイントの英雄』がいるわよ」

 その小声で、ふと、ノートに走り書きしていたあたしのペンがピクリと止まった。が、何も聞こえなかったふうに、もくもくと作業を続けることに専念する。それでも、やっぱり会話が耳についてしょうがない。
 それもそのはず。彼らが噂しているのは誰であろう、あたしのことだからだ。

「どこ、どこ?」
「ほらぁ~、あそこ。窓の近くよ」
「えぇぇ、あの英雄って女の子かよっ! なかなか可愛いじゃん」
「……あなたって、ああいう子が好みなんだぁ」
「バカだなぁ、俺はお前が一番さ」
「もぉ、あなたもバカぁ……」

 あの、もしもし。全部聞こえているんですけど。
 でも、これで何度目かしら……。『RS-7宙域ポイントの英雄』って噂されるのは。最初はそういわれるたび、気恥きはずかしさと戸惑とまどいで、あたふたと身を隠していたけど、今ではその気も失せている。そうよっ! 元はといえば、これもみな軍の広報課が悪いんだわ。
 死ぬ思いをしながら這這ほうほうていで帰ってみれば、いつの間にか英雄に祭り上げられて、それから休む間もなく報道陣に囲まれて、つい今しがたも悪運強く生き残ったフクイケ少尉に嫌味を聞かされて。いいこと、全くないっ!

「ふう……」

 溜息をひとついて、ガラス越しに外を眺める。青々としげった芝生しばふの上で宇宙軍の制服を着た数組のカップルが語り合っている。中庭の中央にある噴水が柔らかな日差しに包まれて、キラキラと輝いていた。

(この間の戦闘ことが嘘のように、地球ここは平和……)

 テーブルのアイスココアをストローでつつく。カランッと小気味こぎみ良い氷の音がグラスの中でひびいた。

「あら、トウノ少尉も後方作戦本部に出頭してたの?」

 あたしは声が発せられた方向へ振り向く。声の主は顔を見なくてもすぐに分かるのだ。

「はい。マナ少佐はどうしてここへ?」
「このたび、後方作戦本部長付首席補佐官の辞令が下りたの。ほら、その受け取り」

 あたしに薄い紙きれを一枚渡して、反対側の椅子に座り、コーヒーを注文する。

「……へえ、内地勤務と中佐に昇進ですかぁ。おめでとうございます」

 あたしは丁寧に三つ折りにして、辞令公布書を返した。

「ありがと。それよりトウノ少尉にこそ……あ、何か書いてる?」

 さり気なく、マナ少佐が机の上のノートをのぞき込んだ。

「……軍人にとって戦争とは……、って随分難しいこと考えているのねぇ」
「あ、いや、これはあたしのメモというか、日記みたいなものですので……」

 しどろもどろに弁明しながら、あわててノートを閉じ、見え見えの行動で小恥こっぱずかしさを隠しつつ、無理矢理話題を変えた。

「え、えーと、何か新しい作戦に召集されるらしく、その辞令がりるんですけど、まだその時間には間があるので、ここのカフェテリアにいたんですがぁ……」

 あたしが急に妙なアクセントを語尾につけたもんだから、マナ少佐は「おやっ?」という顔を見せる。しかし、すぐに謎をけたらしい。ちょっと離れた場所から、ひそひそ話がれてきたからなのね。

「おい、あれ。『RS-7宙域ポイントの英雄』じゃないか?」
「お、ホントだ。彼女、けっこう可愛いよな……。彼氏いるのかな?」

 あたしのぶすっとした顔にマナ少佐がくすくす、笑い出す。

「トウノ少尉も、今やちょっとした有名人だもんね」
「笑うことないじゃないですかぁ。あたし、英雄とか、そういうの好きじゃないし……。それに敗けちゃって英雄もないじゃないですか? 敗軍の将って詰られるのなら、まだしも……」

 あたしの非難を静かにコーヒーをすすりながら聞いていたマナ少佐が、やがてコーヒーカップをテーブルにゆっくりと置く。

「……敗けたからこそ、英雄が必要なのよ。士気に影響するから……。わたしたち人類が宇宙歴305年に地球外生命体と接触して、今年で4年。それらと戦争を始めて3年。それなのにわたしたちは敵がどんな形態をしていて、どんな種族で、そんな惑星ほしに生息していているのか、まるでわかってない。
 ただ、わかってることは、明らかに敵の意図は太陽系周辺宙域と地球の侵略……。飛んでくる火の粉はふり払わないといけないとはいえ、誰も得体の知れないものと戦うのは気味が悪いというのが本音だけに、何が何でも士気を上げないといけないのよ」
「だからって何もあたしを英雄にしなくてもいいじゃあないですかぁ」

 あたしは勢いよく、残りのアイスココアをストローで吸い込んだ。

「まあ、英雄かどうかはともかく、トウノ少尉は大きな功績を上げたのは事実よ。それに対しては自信を持ってもいいと思う。あの戦況の中で撤退作戦を実行してから帰還率八十パーセント以上、誰にでも出来ることじゃないわ」
「そうでしょうか……?」
「そうよ。ほら、そろそろ時間でしょ」

 マナ少佐が自分の腕時計を指差す。

「あ、そうだった! マナ少佐はこれからどうなさるつもりですか?」
「ヒクマ提督とトクノ参謀長をお見舞みまいに軍病院に行く予定だけど……」
「それでは、ご一緒させていただいてもいいですか?」
「そうね。だったら、一階ロビーの時計塔の前で待ってるわ」
「了解しましたっ」

 あたしは素早く敬礼して、足早にけていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鋼月の軌跡

チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル! 未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...