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SECTION:1 『戦死』のための基礎講座<受講費無料>
第五話:今からあたし、撤退作戦の責任者になります
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「さて、地点8-4-6が何故検索範囲に入ったのかという理由について述べますなら、先ほどの説明の通り、艦隊の後退運動は実際上不可能ですので、敵の攻勢と呼吸を合わせて一気に最大戦速で前進して敵の後背へ抜け、しかる後に亜光速航行に入れば損害も最小限に抑えることができ、なお全艦艇も加速がついてますから、RS-7宙域からの離脱に要する時間は極めて少ないと言えます」
「艦隊を前進させるだと!?」
突然、トクノ参謀長が立ち上がって叫んだ。驚くのも理解できるけど、古来から言うじゃない。『退いてもダメなら突撃てみよう』って。
とはいえ、そのまま言う訳にはいかず、あれこれ思考を巡らしていると、流石は将官といったところかトクノ参謀長はすぐに落ち着きを取り戻した。
「いきなり怒鳴ってすまなかった、トウノ少尉。出来ればもう少し具体的に説明してくれんか」
あたしも憮然とした表情を隠して端末を操作する。立体型空間フォロビューにRS-7宙域で合流した敵軍の布陣予想図と味方の艦隊布陣図が投影された。
「はい。小官の説明不足でした。まずはこれをご覧ください」
三十秒単位で動画化された両布陣図を、天気予報士さながらペンライトで重要地点を指し示した。
「この最終局面で彼我の戦力差が圧倒的に開いてる以上、敵軍は高確率で中央突破を仕掛けてきます。そして、我が軍を分断し各個撃破してくることは疑いありません」
後退していく我が艦隊が敵軍に押し込められて、全滅していく棋上演習が再度投影された。司令部に落胆じみた暗雲が垂れ込める。
「しかし、小官は撤退する好機はここにあると考えます。……このグラフを見てください」
さらにもうひとつ、ファイルを開いて戦術コンピューターに連結させた。
「敵軍がRS-7宙域で合流すると同時に、我が軍の艦隊維持率と損害艦艇率の傾きが大幅に下がりますが、敵が分断を開始すると下がり続けてたそれらが若干ですが一瞬だけ上昇します」
立体型空間フォロビューに投影されている敵軍が分断を開始した途端、進撃速度が落ちる。もちろん我が軍の抵抗が摩擦となって艦隊運動を鈍化させていると取れなくもないが、数字は別の答えを出してきた。
「何故このような特異点が発生するのかというと、一つは敵味方の艦艇が接近しすぎて混乱すること。また、艦の爆発に巻き込まれないようにするため、攻撃よりも艦隊運用の統制に専念せざるを得ないということ。もう一つは同士討ちを避けるため火砲の手を緩めなければならないことです」
あたしは、さらにもう一つ、別のファイルを起動させ、
「あらかじめ少数部隊に再編制し、敵軍に分断されたタイミングを見計らって最大戦速で前進すると敵軍の攻撃を受け流すことが出来、加えてそのまま敵の後背RS-9宙域地点8-4-6へ到達できます」
大きく深呼吸して最後を結ぶ。
「最大戦速で達したままだと亜光速航行は容易ですし、艦艇維持率7割のまま、撤退は可能というのが情報部の出した情報です。以上、報告を終えます」
長々と続いた説明を終え、深いお辞儀で締めた。やれやれと、と肩を叩いて首でも回し身体をほぐしてやりたい気持ちでいっぱいなのだが、そこはそれ、お偉いサンの前だけに気が抜けないのね。
そんな、あたしの気持ちを知ってか、知らでか、トクノ参謀長の厳しい視線があたしに注がれたまま、独り言のようにつぶやく。
「……なるほど、敵の中央突破を逆手に取るか」
トクノ参謀長は何度も頷いた後、ヒクマ提督に具申する。
「作戦部といたしましてはトウノ少尉の起案した情報を基に再度、図上演習を組み直したいと思いますが、司令官閣下のお考えは?」
「うむ、今の戦況で後退が無理である以上、敵軍の隙に活路を見出すしかあるまい」
「はっ! ではそのようにいたします」
ヒクマ提督から決済の裁可を頂いたトクノ参謀長は、早速その場にいる各要員に下命した。
「フクイケ少尉。貴様は敵の中央突破作戦に対し、各部隊の配置および布陣を十五分で完成させろ。後方主席参謀は医療設備の充実と負傷兵の応急手当てが出来るように。情報主席参謀は全艦艇に作戦を暗号で打電。念のため通信にダブルプロテクトを掛けさせるよう徹底させろ」
司令部各員が一斉に敬礼して、それぞれの持ち場へと戻る。
「トウノ少尉」
トクノ参謀長はあたしを呼ぶ。
「貴様は本撤退作戦の専任として司令部に残留を命ずる」
いきなり要職に抜擢されて、戸惑いの色を隠せないでいると、ヒクマ提督がゆっくりとした口調で補足する。
「ちょうど今、ミクリヤ大尉が倒れて司令部は欠員しておるのだよ。やってもらえるね」
「あ、はいっ! 喜んで拝命します」
あたしのビシッとした敬礼にトクノ参謀長が満足そうに大きく頷いた。と、そのとき――フクイケ少尉があたしだけに聞こえるように囁いたんだ。
「ふん、あまりいい気になるなよ」
(むっっきぃぃ! とことん嫌なヤツぅ!)
走り去るフクイケ少尉の背中に、あたしは思いっきり舌を出してやった。
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