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第四章

第28話②

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 これが今生の別れだ。悔いはない。これで夢魔を殺し、少しでも平和の糧になるならば……。
 ――が、その直後、金属と石がぶつかる金切り音が部屋中に響き渡った。

「えっ――!?」

 聖剣はデュボイズの手で払い落とされ、床に落ちていた。代わりに広い胸元の中へタキオンを抱え込み、紅い髪に顔を押し付けている。

「せ、せんせぇ、どうして……!! これじゃ先生も夢魔の餌食になっちゃいますよ!?」
「愛する人を死なせて、私一人が助かるなど……これからどんな気持ちで生きていけばいいのだ」

 デュボイズは静かに涙を流していた。紅い髪をぐしぐしと撫で回し、細い腰を強く引き寄せて愛する少年を離そうとしない。

「タキオン、お前を死なせたくは無い……!」
「でも……そうしなきゃ……夢魔が……!」
『我が主よ、時間がないぞ……』

 デュボイズは聡明な男だ。本来の彼ならば、今何をするのが最善であるか理解している筈だ。にもかかわらず、感情が溢れ出し、最善を捨て置いてでも抱き締める腕をほどかない。

 こんなデュボイズは初めてであった。それ程までにタキオンを失いたくないと、絡む腕が訴えてくる。しかしインペリウスが急かすのも当然で、いつまでも悲しみに浸っているほど時間も残されていない。
 もし間に合わなければ、タキオンの血肉を破って夢魔が羽化をしてしまう。

「……お前に死しか選択肢が無いのなら……この私も一緒に刺してくれ」
「え!? そんなこと!! 出来るわけないですよ!!」

 タキオンは厚い胸を押して密着を解き、顔を見上げた。デュボイズの中の夢魔はまだまだ小さく、自身の魔法で退治するには十分時間がある。それをタキオンの為に、己の命を捨てると言う。

「お前が死んだら、私は生きている意味など無い。愛する人も助けられないで、何が魔導師だ。私は生きる屍になるぐらいなら、お前と共にここで死ぬ」
「でも、でも! ボクは先生に、デュボイズ様に生きて欲しいです!!」

 だが、タキオンの訴えも虚しく、デュボイズは静かに首を横に振った。

「お願いだ……二人で一緒に黄泉の国へ行こう。そして向こうの世界で、永遠に一緒に暮らそう。それなら死後も淋しくはあるまい?」

 デュボイズは優しい眼差しでタキオンを見つめている。
 頑固で冷静で時に不器用だった彼がと見せる、優しく温かく包まれる様な眼差し。この瞳がタキオンはずっと好きだった。今まで偽の自分だけにしていたものが、ようやく自分自身に向けてくれたのだ。

 デュボイズに生きて欲しい。これは少年の純粋な気持ちだ。しかし、死後の世界を彼と一緒に歩けるのなら、これほど心強く安心できる事はない。
 死後も出来る事なら一緒に居たい。これもまた少年の素直な気持ちなのである。

「ほ、本当は……凄く、怖いんです……痛いのも怖い……目の前が真っ暗になってしまうのも怖い……でも、やらなきゃ!ボクはもう生きていられない……!! でも、怖い……!! ……死んでも本当に一緒になれる? どうしてボクなの……どうしてボクに夢魔が入っちゃったの!? 本当は死にたくない!! ボクだって死にたくないよ!! うわぁぁぁん!!」

 一番は、二人一緒に歳を老いてみたかった。それが彼の本当の想いだ。
 タキオンはとうとう気が狂った様に泣き出してしまった。死という恐怖で今や半狂乱になっている。

 しかしよくぞ自分の心を言ってくれた、とデュボイズは感じていた。まだ成人もしていない、人生の楽しみを殆ど経験せずむごい宿命を背負わされ、悔しくならない方がおかしい。
 だからこそ、せめて自分だけはタキオンを見捨てはしない! そう誓い、何度でも腕の中へ包み込み、華奢な身体を抱き締めてあげた。

「私が一緒だ……!!」
「デュボイズ、さまぁぁ!! 怖いよぉぉ!! ひぐっ、デュボイズ様ぁぁぁ……!!」

 デュボイズは祭壇に置かれていた小瓶を取り、勢いよくあおって媚薬の全てを口に含んだ。そしてすかさずタキオンの顎を上げて口付けし、液体の半分を分け与える。

「……んぅ!! ……ぅぅん!!」

 少年の喉が鳴るのを見届けて唇を離した。すると媚薬の効能で瞳は蕩け、全身が仄かに熱を帯びはじめる。

「少しでも痛みと怖さを和らげよう。時間が経つと麻酔が効いて力を入れられなくなる。それまでに、共に行くぞ……」
「ひぐっ、ふぇ……分かり、ました……」
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