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第四章

第22話②

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「せ、せんせぃ……あの、どうして昨日は帰って来なかったんですか……」

 タキオンの声は今にも泣きそうな、か細い声である。
 仰向けのまま後頭部に両手を置いて目を閉じていたデュボイズは、愛おしい透き通った声に心が花咲くのを感じた。しかし少年の不安な声色を察して、せっかく花開いた心も茶色くしおれてしまった。

「……恥ずかしい話だが、調べ物に熱中しすぎて閉館時間を気付かなかったんだ。いや、もしかしたら寝入ってしまっていたのかもしれない。気づいた時には扉に頑丈が鎖が掛かっていてな、翌日まで出られなくなってしまったのだ」
「えっ、そんな事でですか? 閉館前に司書の人達が見回りとかしないんですか?」
「それが、奥まった穴蔵の様な所で調べ物をしていたから見過ごされてしまったんだ。だがな、そのお陰でお前の治療方法が分かったのだから、結果良かったじゃないか」

 わざと明るい雰囲気を取り繕うとするデュボイズに、タキオンは顔を向ける事なく背中を丸くしていた。

 デュボイズからは少年が何を思っているのか分からない。だが少なくともタキオン本人は、自分が避けられていた訳ではないと知って心が軽くなれたのだった。

「先生……これで体の中の夢魔を退治出来たら、先生の役目は終わってしまうんですよね……」
「……そうだな」
「あ、あの……カンリン様から聞きました。先生も本当はボクの事愛してくれてるって。でも先生は世の中のルールを知り過ぎてしまっているから、ボクと一緒になる事は出来ないって……そう言ってたんです」
「カンリンが……また余計な事をしてくれたな」
「先生、世の中のルールってなんですか? 好きな気持ちだけじゃ一緒になれないんですか?」

 その言葉に、デュボイズは返す言葉が見つからず黙ってしまった。「その通りだ」と簡単に言って、すんなり少年が理解してくれるだろうか。彼は目を閉じたまま、頭の中で良い応えを思い巡らせていた。

「教えてください。昨日、先生が帰って来ない間、ずっと考えていたんです。でも分からないんです。どうして……? ボク達は両想いなんでしょう?」

 タキオンは顔を見せないままむせび泣いていた。
 純真な少年に相手の心など、ましてや何故デュボイズが思い苦しむのか理解できる筈も無い。タキオンはひたすらに疑問をぶつけて、自身の気持ちを納得させようとしていた。

 こういう時、本当なら後ろから強く抱き締めて慰めてあげたい。だが、そうしてしまったら少年を余計に混乱させ、傷つけてしまうのだろう。
 デュボイズはタキオンの震える肩に何度も右手を彷徨わせながら、やはり思い留まってその手を引いたのだった。
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