46 / 85
第三章
第17話「白魔法」①
しおりを挟む
あれからと言うもの、デュボイズとタキオンの間には見えない壁が二人を隔て、張り詰めた空気が辺りを漂った。
明らかに昨日より会話の数が激減し、タキオンの表情にいつものハツラツさが失われた。更に二人を暖かく包んでいた筈のキングサイズのベッドでは、逆にその大きさが仇となり、手を伸ばしても届かぬほど両端同士で眠って、それぞれの背中を凍えさせた。
「では、行ってらっしゃいませ……」
ヤーコフの温かい見送りが体に沁みる。
デュボイズが馬に乗り、その後から手を引いて少年の身体を抱き上げ、自身の前に少年を跨がせた。そしてヤーコフのいつも通り落ち着いた姿に見送られ、二人は大図書館へと向かうのだった。
「……いい加減ヘソを曲げるのも終わりにしないか。タキオン」
デュボイズが痺れを切らして声をかけたのは、屋敷が見えなくなって間もなくの事である。
少年は背後から吐息と共に優しい声を掛けられ、一瞬心が揺れ動いた。しかし、彼にも意地というものが存在している。
タキオンは今にも泣きそうな顔を隠しながら、声を震わせて問いかけた。
「……なぜボクが怒っているか、分かりますよね?」
「それは……お前の気持ちに私が答えていない、と言うのだろう?」
「……ッッ! それが分かってて……どうして……!! 嫌いなら嫌いって言ってください! 仕方なくボクの相手してるなら、そう言ってください!」
俯いて涙を拭う少年を、デュボイズもまた辛そうに見つめていた。
本当の気持ちをここで吐いて仕舞えばどれだけ楽だろうか。しかし、そうした後の代償の方が酷く傷つくと考えれば、デュボイズは嫌われるしか方法が分からなかった。
「せんせぇ! どうなんですか!? ボクは先生の本心が知りたいだけなんです!」
「……仕方なくやってる訳、ないだろう……お前を魔物の脅威から解放したい気持ちは本当だ。そして、お前はガディウス共和国の領主、ランドルフ殿からお預かりした大事なご子息。体内の夢魔を成敗し、無事お返しする事が私の役目だと思っている……」
「それって、ボクの事は……単なる患者って事ですか……?」
「単なるではない……! し、しかし…………大事なご子息、と思っている。それ以上は……聞かないでくれ……」
デュボイズの声が次第に消え入りそうに小さくなる。苦しそうに発する言葉一つ一つに、タキオンの中で大事に育んできた華の園が、音も無く崩れ去った。
その代わりに見えない氷の刃が体内を無数に突き刺し、息が出来ぬほど胸の内を硬らせるのであった。
その後、タキオンは何も話さず、二人に泥濘した雰囲気が流れた。
本当の気持ちはいくら抗っても変えられるものではない。そのせいで馬の闊歩で身体が揺れるたび、デュボイズに包まれる錯覚で少年の下腹部が疼き始めた。
しかし、相反するように強烈な虚しさを感じ取り、その度に彼は胸が締め付けられて目頭を熱くする。
片道約十分強。今までならあっという間に過ぎ去る時間も、今だけは時が止まった様に長く冷たく感じた。
教会の名残で三角屋根の大きなオブジェが次第に大きくなり、やがて視界全てに埋まるほどの煉瓦の建物が壮大に姿を現す。
だが、大図書館の威厳も今の彼では感動する余裕など微塵も残っていない。
デュボイズは隣接する馬屋に着くと、先に降りて少年をエスコートし、細い身体を抱いて静かに地面へ降ろした。そのタキオンが見上げれば、今すぐにでも口付けし抱き締めたい青年の顔が自身を見つめ、少年は思わず潤んだ瞳で愛する人を見つめ返した。
「せ、せんせぇぇ……」
「私は今日も閉館まで調べ物をするつもりだ。もし時間を持て余す様であれば、この馬を使って先に帰っていいからな……」
「…………はい」
最早愛する顔を見るだけで現実に打ちのめされ、心が脆く崩れ去っていく。
少年はいくら期待しても意味が無いのだと、胸の内で号泣しながら強く心に刻み込むのだった。
明らかに昨日より会話の数が激減し、タキオンの表情にいつものハツラツさが失われた。更に二人を暖かく包んでいた筈のキングサイズのベッドでは、逆にその大きさが仇となり、手を伸ばしても届かぬほど両端同士で眠って、それぞれの背中を凍えさせた。
「では、行ってらっしゃいませ……」
ヤーコフの温かい見送りが体に沁みる。
デュボイズが馬に乗り、その後から手を引いて少年の身体を抱き上げ、自身の前に少年を跨がせた。そしてヤーコフのいつも通り落ち着いた姿に見送られ、二人は大図書館へと向かうのだった。
「……いい加減ヘソを曲げるのも終わりにしないか。タキオン」
デュボイズが痺れを切らして声をかけたのは、屋敷が見えなくなって間もなくの事である。
少年は背後から吐息と共に優しい声を掛けられ、一瞬心が揺れ動いた。しかし、彼にも意地というものが存在している。
タキオンは今にも泣きそうな顔を隠しながら、声を震わせて問いかけた。
「……なぜボクが怒っているか、分かりますよね?」
「それは……お前の気持ちに私が答えていない、と言うのだろう?」
「……ッッ! それが分かってて……どうして……!! 嫌いなら嫌いって言ってください! 仕方なくボクの相手してるなら、そう言ってください!」
俯いて涙を拭う少年を、デュボイズもまた辛そうに見つめていた。
本当の気持ちをここで吐いて仕舞えばどれだけ楽だろうか。しかし、そうした後の代償の方が酷く傷つくと考えれば、デュボイズは嫌われるしか方法が分からなかった。
「せんせぇ! どうなんですか!? ボクは先生の本心が知りたいだけなんです!」
「……仕方なくやってる訳、ないだろう……お前を魔物の脅威から解放したい気持ちは本当だ。そして、お前はガディウス共和国の領主、ランドルフ殿からお預かりした大事なご子息。体内の夢魔を成敗し、無事お返しする事が私の役目だと思っている……」
「それって、ボクの事は……単なる患者って事ですか……?」
「単なるではない……! し、しかし…………大事なご子息、と思っている。それ以上は……聞かないでくれ……」
デュボイズの声が次第に消え入りそうに小さくなる。苦しそうに発する言葉一つ一つに、タキオンの中で大事に育んできた華の園が、音も無く崩れ去った。
その代わりに見えない氷の刃が体内を無数に突き刺し、息が出来ぬほど胸の内を硬らせるのであった。
その後、タキオンは何も話さず、二人に泥濘した雰囲気が流れた。
本当の気持ちはいくら抗っても変えられるものではない。そのせいで馬の闊歩で身体が揺れるたび、デュボイズに包まれる錯覚で少年の下腹部が疼き始めた。
しかし、相反するように強烈な虚しさを感じ取り、その度に彼は胸が締め付けられて目頭を熱くする。
片道約十分強。今までならあっという間に過ぎ去る時間も、今だけは時が止まった様に長く冷たく感じた。
教会の名残で三角屋根の大きなオブジェが次第に大きくなり、やがて視界全てに埋まるほどの煉瓦の建物が壮大に姿を現す。
だが、大図書館の威厳も今の彼では感動する余裕など微塵も残っていない。
デュボイズは隣接する馬屋に着くと、先に降りて少年をエスコートし、細い身体を抱いて静かに地面へ降ろした。そのタキオンが見上げれば、今すぐにでも口付けし抱き締めたい青年の顔が自身を見つめ、少年は思わず潤んだ瞳で愛する人を見つめ返した。
「せ、せんせぇぇ……」
「私は今日も閉館まで調べ物をするつもりだ。もし時間を持て余す様であれば、この馬を使って先に帰っていいからな……」
「…………はい」
最早愛する顔を見るだけで現実に打ちのめされ、心が脆く崩れ去っていく。
少年はいくら期待しても意味が無いのだと、胸の内で号泣しながら強く心に刻み込むのだった。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
隷属神官の快楽記録
彩月野生
BL
魔族の集団に捕まり性奴隷にされた神官。
神に仕える者を憎悪する魔族クロヴィスに捕まった神官リアムは、陵辱され快楽漬けの日々を余儀なくされてしまうが、やがてクロヴィスを愛してしまう。敬愛する神官リュカまでも毒牙にかかり、リアムは身も心も蹂躙された。
※流血、残酷描写、男性妊娠、出産描写含まれますので注意。
後味の良いラストを心がけて書いていますので、安心してお読みください。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
『僕は肉便器です』
眠りん
BL
「僕は肉便器です。どうぞ僕を使って精液や聖水をおかけください」その言葉で肉便器へと変貌する青年、河中悠璃。
彼は週に一度の乱交パーティーを楽しんでいた。
そんな時、肉便器となる悦びを悠璃に与えた原因の男が現れて肉便器をやめるよう脅してきた。
便器でなければ射精が出来ない身体となってしまっている悠璃は、彼の要求を拒むが……。
※小スカあり
2020.5.26
表紙イラストを描いていただきました。
イラスト:右京 梓様
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
悪魔騎士の受難
ミ度
BL
ヒーロー戦隊に敗北した悪魔騎士バアルは、魔王の命令により、魔狼フェンリルによる『お仕置き』を受けることになった。
クールイケメンな悪の幹部が同僚の狼にアナルを掘られまくるすけべ。
※表紙は中川リィナ様に描いていただきました!
▼登場人物紹介▼
【バアル】
魔王配下にして最強の悪魔騎士。
黒髪ロングのクールイケメン。
【フェンリル】
魔王配下にして魔狼族のリーダー。
バアルに惚れているが相手にされていない。
【魔王】
人界の支配を目論む魔界の王。
【ヒーロー戦隊アマテラス】
魔王軍団と戦う正義の味方たち。
※ムーンライトノベルズ、pixivでも公開中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる