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第三章

第17話「白魔法」①

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 あれからと言うもの、デュボイズとタキオンの間には見えない壁が二人を隔て、張り詰めた空気が辺りを漂った。

 明らかに昨日より会話の数が激減し、タキオンの表情にいつものハツラツさが失われた。更に二人を暖かく包んでいた筈のキングサイズのベッドでは、逆にその大きさが仇となり、手を伸ばしても届かぬほど両端同士で眠って、それぞれの背中を凍えさせた。

「では、行ってらっしゃいませ……」

 ヤーコフの温かい見送りが体に沁みる。
 デュボイズが馬に乗り、その後から手を引いて少年の身体を抱き上げ、自身の前に少年を跨がせた。そしてヤーコフのいつも通り落ち着いた姿に見送られ、二人は大図書館へと向かうのだった。

「……いい加減ヘソを曲げるのも終わりにしないか。タキオン」

 デュボイズが痺れを切らして声をかけたのは、屋敷が見えなくなって間もなくの事である。
 少年は背後から吐息と共に優しい声を掛けられ、一瞬心が揺れ動いた。しかし、彼にも意地というものが存在している。
 タキオンは今にも泣きそうな顔を隠しながら、声を震わせて問いかけた。

「……なぜボクが怒っているか、分かりますよね?」
「それは……お前の気持ちに私が答えていない、と言うのだろう?」
「……ッッ! それが分かってて……どうして……!! 嫌いなら嫌いって言ってください! 仕方なくボクの相手してるなら、そう言ってください!」

 俯いて涙を拭う少年を、デュボイズもまた辛そうに見つめていた。
 本当の気持ちをここで吐いて仕舞えばどれだけ楽だろうか。しかし、そうした後の代償の方が酷く傷つくと考えれば、デュボイズは嫌われるしか方法が分からなかった。

「せんせぇ! どうなんですか!? ボクは先生の本心が知りたいだけなんです!」
「……仕方なくやってる訳、ないだろう……お前を魔物の脅威から解放したい気持ちは本当だ。そして、お前はガディウス共和国の領主、ランドルフ殿からお預かりした大事なご子息。体内の夢魔を成敗し、無事お返しする事が私の役目だと思っている……」
「それって、ボクの事は……単なる患者って事ですか……?」
「単なるではない……! し、しかし…………大事なご子息、と思っている。それ以上は……聞かないでくれ……」

 デュボイズの声が次第に消え入りそうに小さくなる。苦しそうに発する言葉一つ一つに、タキオンの中で大事に育んできた華の園が、音も無く崩れ去った。
 その代わりに見えない氷の刃が体内を無数に突き刺し、息が出来ぬほど胸の内をこわばらせるのであった。

 その後、タキオンは何も話さず、二人に泥濘でいねいした雰囲気が流れた。

 本当の気持ちはいくら抗っても変えられるものではない。そのせいで馬の闊歩で身体が揺れるたび、デュボイズに包まれる錯覚で少年の下腹部が疼き始めた。
 しかし、相反するように強烈な虚しさを感じ取り、その度に彼は胸が締め付けられて目頭を熱くする。

 片道約十分強。今までならあっという間に過ぎ去る時間も、今だけは時が止まった様に長く冷たく感じた。

 教会の名残で三角屋根の大きなオブジェが次第に大きくなり、やがて視界全てに埋まるほどの煉瓦の建物が壮大に姿を現す。
 だが、大図書館の威厳も今の彼では感動する余裕など微塵も残っていない。

 デュボイズは隣接する馬屋に着くと、先に降りて少年をエスコートし、細い身体を抱いて静かに地面へ降ろした。そのタキオンが見上げれば、今すぐにでも口付けし抱き締めたい青年の顔が自身を見つめ、少年は思わず潤んだ瞳で愛する人を見つめ返した。

「せ、せんせぇぇ……」
「私は今日も閉館まで調べ物をするつもりだ。もし時間を持て余す様であれば、この馬を使って先に帰っていいからな……」
「…………はい」

 最早愛する顔を見るだけで現実に打ちのめされ、心が脆く崩れ去っていく。
 少年はいくら期待しても意味が無いのだと、胸の内で号泣しながら強く心に刻み込むのだった。
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