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第二章

第12話②

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 時は昼を過ぎていた。二人は荷造りを終えて、いよいよエンディリア公国へ出立した。

 デュボイズが防寒用の赤茶けたマントを颯爽と翻して馬に飛び乗れば、後ろでタキオンがよじ登り、程良く引き締まった胴体にしがみ付いて落とされんとばかりに細い両腕で抱き締める。

「はぁはぁっ、やっと乗れたぁ! 先生って実は馬に乗れたんですねぇ」
「実は、とはなんだ。失礼な」
「だって、ずっと山奥に篭ってるから、てっきり乗馬経験はないと思ってました」
「ははっ、失敬な。これでも魔導師協会に所属していた時は、毎日の様に馬を走らせていたさ」
「へぇー意外!」
「意外だと!? では、私の華麗な手綱捌きを体感してみるといい」

 デュボイズは軽く鼻で笑うと「はっ!」と手綱を叩き、馬が一気に駆け出した。

「わっ!! っちょ、せんせ!」

 突然の走り出しにタキオンは思わず広い背中にしがみついた。その華奢な掴み具合がデュボイズは嬉しく、少年の見えない所で微かにはにかんでいる。

 デュボイズは木々が生い茂る道無き道の中、幹や大木を軽やかに避けながら馬を走らせた。
 スレスレで避けていく手綱捌きに、タキオンはデュボイズの広い背中の後ろでうずくまりながら、彼の言葉が嘘では無いと舌を巻いた。

 通常なら衝突を避けて山道を探すのが 鉄則だが、走りながら瞬時に通れる道を見極め先読みし、手綱を先導するやり方が、タキオンには衝撃を受ける程斬新であった。

(先生の言う事は本当だったんだ……かっこいい……ボクもこんな風にカッコ良く走れるようになってみたいな……)

 タキオンも領主の息子故、小さい頃から乗馬は習っていてある程度の手綱裁きは可能である。しかしそれは、より安全で教育的な方法しか習っておらず、デュボイズの様な実践的な乗りこなしは一度も経験がない。
 タキオンはデュボイズの意外な一面が見れて、その分彼に惚れ直したのだった。

 デュボイズの住まうガディウス共和国のレイズ領は、幸いにもエンディリア公国と唯一の関所を設ける国境地域である。
 デュボイズはエンディリア公国に位置する魔導師協会に所属していた為、地図を持っていなくとも関所の位置関係は把握している。ほぼこの調子で行けば、エンディリア公国の入口までは、一日弱で辿り着く事が出来るだろう。

 しかしデュボイズが異変に気づいたのは、馬を走らせてから一時間程の事だった。

 国境の関所に近づくにつれ、背後から何者かが追いかけてくる気配がする。
 山林の中を追いかけられるのは、よほど馬の扱いに慣れた輩か、人ならざる者ぐらいにしか思い当たらない。更に、自身の馬の闊歩する音以外に、それらしい足音が聞こえない。

 デュボイズは、正体は後者であり、それも木々をするりと通り抜けられるだろう飛行種の魔物だろうと断定した。

「タキオン……後ろを見てくれ……」
「えっ?どうしたんですか?」
「あまり考えたくはないが……恐らく魔物に追われている」
「え!魔物ですか!? どうしてこんな所に!?」

 タキオンは驚いて、デュボイズにしがみ付きながら後方を向いた。
 すると、何やら黒い影のような物が複数こちらを追いかけて来る。

 それはとても素早く、目視ではその姿をハッキリと見る事が出来ない。しかし、こちらが馬を走らせているのに対し、黒い影達はジリジリとその距離を縮めてきていた。

「や、やばいですよ先生!! 黒い影がいくつもボク達を追いかけて来ています!」
「やはりそうか……」

 デュボイズの予想は当たった。
 このままでは関所へ辿り着く前に追いつかれてしまうだろう。
 彼は走る方向を少し変え、林から抜けて木々の無い開けた野原に出ると、そこで一気に手綱を引き、馬を急停止させた。

「っわ!! っぶ!!」

 タキオンはその勢いで馬から転げ落ちてしまった。そのまま山の斜面に沿って転がり、マントは草まみれになった。

「タキオン!大丈夫か!?」
「痛いですよ!! 地面が草で、ボクもマントをつけていたから良かったものの、大怪我しちゃうじゃないですかぁ!」
「それだけ喋れれば安心だ。しかし、状況はもっと悪いぞ!」
「ふぇ!?」
「タキオン、急いで自分の剣を構えろ!」
「えっ、えっ!?」

 デュボイズが言い終わるのも束の間、タキオンが見た黒い影も林を抜け、素早く姿を現した。
 そして二人を向かい合わせに、宙に浮いた三体の魔物がこちらを見つめる。

「……夢魔だ」
「――!? あれが……!?」
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