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第一章

第6話「謎の声」①

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 デュボイズは景色も何も無い白いモヤの中に居た。
 歩けど歩けど景色は変わらず、どこの空間かも分からない。

(ここはどこだ……? 夢か? ……もしくは夢魔の仕業か?)

 デュボイズは冷静に今の状況を分析した。
 すると、どこからともなく聞いた事のない落ち着いた男の声がデュボイズに語りかけてくる。

『――――よ』
「!?」
『デュボイズよ……』
「誰だ!?」

 デュボイズは前後左右を見渡すが誰もいない。声のする方を探そうと耳を立てるが、その声も左右上下、全方向から聞こえてきた。

「誰だ、姿を現せ!」
『デュボイズよ、どうかタキオンを守ってくれ……』
「守る? お前は夢魔ではないのか?」
『私は夢魔ではない……』
「ではない、だと? ならば名を名乗れ!」

 しばらく沈黙が続いた。張り詰めた空気が辺りを漂う。デュボイズは夢の中であっても何が起きても良いように腰の杖を構えた。
 しかし、声の主は言葉を選ぶようにして優しく語りかける。

『……今はまだ名乗れない。だが、いずれ分かるだろう……私達はきっと長い付き合いになる』
「いずれ……? なんの事かさっぱり分からん……では別の事を聞こう」

 そう言ってデュボイズはひと呼吸し、再度口を開いた。

「ここに呼び寄せたのはお前だな? なぜ私をここに連れてきた?」
『それはタキオンを救える唯一の人が貴方だからだ』
「唯一? まぁ、魔導師協会でもダメだったから私の所に来た訳だが……私だって分からない事だらけで、救える保証はない……」
『その事だけではない……これはタキオンの試練でもある。タキオンはこれからのファンジェレル大陸において重要な人間となるだろう。しかし、その為には相応の人間の器が無いと務まらない。嬉しい事も楽しい事もあるだろう。だがそれ以上に辛く苦しい事が待っている。貴方にはその時いつもそばで見守っていて欲しい……』

 タキオンが大陸において重要な人物になる?
 ランドルフ領やガディウス共和国ならまだしも、大陸とは随分スケールの大きい話だ。しかも何故それが分かる?

 そしてタキオンの身に辛く苦しい事が待っているとは?
 これからのファンジェレル大陸やタキオンに一体何が起きるというのだ。

「随分未来の事が見える口調だな? 本当にお前は何者なんだ」

 疑うデュボイズに謎の声はしばらく沈黙した後、かなり悩んだ様子で静かに告げた。

『……タキオンの守護者、とだけ』

 謎の声は、これが精一杯の身の明かし方だった。
 しかしその言葉は現状のタキオンを見れば全くの役立たず、とデュボイズの反感を買った。

「守護者!? 守る者が聞いて呆れる。守護者なら夢魔からも守って欲しいものだがな!」
『守っている。いや、以前から守っていた。しかし今の私ではもう限界だ……タキオンを私だけで守れるのは時間の問題だ……どうかこれからの大陸全土のため……頼んだぞ……デュボイズ……』
「そんな事を突然言われてもだな……」

 タキオンを助けたい気持ちは謎の声と同じだ。しかし原因を探り、治療し、夢魔を根絶するという途方も無い作業がこれから待っている。
 気の遠くなるような作業があると言うのに、簡単に言ってくれる。

「だからさっきも言ったように、私にも救える保証は……」
『エアウィッカー……』
「――――!!」

 デュボイズは男の最後の一言で突然形相が変わった。その表情は目を見開き、半分狼狽えた様な、普段堅物で冷静なデュボイズとはかけ離れたものだった。

「なぜその名を知っている! エアウィッカーは私だけしか知らない名前……!! 師匠も親友もどんなに親しくても明かしたことの無い名前だぞ!!」
『……また再会する時を楽しみにしている』
「待て!! 質問に答えろ! お前は一体誰なんだ……!!」

 デュボイズは自分の叫ぶ拍子で飛び起きた。
 どうやら夢魔についての文献を調べていたうちに、日ごろの寝不足が祟って居眠りをしてしまったようだ。

「随分変な夢だったな……」

 額には冷や汗をかいていて髪が張り付いている。デュボイズは深い溜め息をつきながら気怠そうに髪をかき上げた。

(エアウィッカーか……私だって好きでそういう名前になった訳じゃない。ただでさえ人間嫌いなのに、エアウィッカーだと知れたら協会の老人達に何されるかたまったもんじゃない……)

 ボンヤリして焦点を合わせると、先程まで調べていた本やメモの走り書きが机上に散乱していた。
 更に床にはブランケットが落ちている。飛び起きた勢いで落ちたものだと思われる。

「タキオンが掛けてくれたのか……」

 少年の優しさが少し嬉しくて、デュボイズは微かに口元が綻んだ。
 ――しかし、気付けば部屋が随分と静かだ。
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