流星少年が欲しい、命の精と甘美な躍動

星谷芽樂(井上詩楓)

文字の大きさ
上 下
14 / 28
第二章

第14話「少年の事情」

しおりを挟む
 あれから少年の目が覚めると、見慣れないこじんまりとした部屋の窓辺から朝陽が差し込もうとしていた。

「あ、あれ? ボク……」

 初めて感じた絶頂と念願の精液を飲んでから水場の床に倒れ、満足したところで意識がなくなった。しかし今は柔らかくてふわふわしたガウンに包まれ、弾力のあるベッドに寝かされていた。

 少年が部屋に一人きりだと気付いた時、家の脇で軽くて心地良い木の音が鳴り響いた。その音のする方へ窓を覗くと、昨夜助けてくれた筋肉質の青年が木台の上に薪を乗せて細く割っている。

「お。起きたか」
「あ……」

 青年と少年の視線が合わさる。陽に照らされる少年の瞳は、白眼の中に虹色の光を溜め込み、白肌と相まってキラキラと輝いていた。
 しかし相手は少年の美しい瞳を見ると昨日の痴情を思い出してしまい、気まずそうに目線を逸らす。

「キ、キミ……体のどこか痛い所とか無いか? その、なんだ……昨日は思い切り虐めてしまったから……」
「うん? 全然大丈夫だよ。お兄さんが精をくれたから身体が少し元気になった。それに、イクって凄く気持ちいいんだね。初めて経験したけど、やみつきになっちゃいそう!」
 
 少年は恥ずかしげもなく、ただ純粋に昨夜の事を思い出してフゥと恍惚に浸った。
 しかしもう一人の方は益々恥ずかしくなり、耳を真っ赤にしながら薪割りに没頭する。

「ねぇねぇ、お兄さん。昨日は色々助けてくれてありがとう」
「……俺の名はウクダーだ。君の名は?」
「ボク? ボクはね、ウォラーレって言うよ」
「そ、そうか……ウォラーレ……」

 ウクダーの目線はウォラーレと名乗る少年に向くことが出来ず、木台を見つめたまま顔が赤くなっていた。初めての情事で快楽に溺れてしまった事をウクダーは恥じていたが、一方のウォラーレはキョトンとして、とても嬉しそうな笑顔を振りまく。

「…………」
「……ンフフッ」
 ――カコーン……カーン、コロッ。コロコロコロ……。
 
 しばらく二人の会話は途切れ、家の周りでは大木が細く割れていく音だけが森の中へ木霊こだましていった。
 
 ウォラーレはニコニコしながらウクダーの薪割りを眺めている。
 ウクダーが少し小ぶりの斧を振り上げ、縦に置いた木材を勢いよく真っ二つに割る。その時のリズム感と足元に落ちる薪の乾いた音が、ウォラーレにとってとても心地よく聞こえた。

「っふ……せいっ!」
 ――カーン! カラッ、コロコロコロ……。
 
 黙々と薪割りを進めるウクダーの姿。その凛々しい表情と飛び散る光汗に、ウォラーレは視線を釘付けにされていた。
 何かを真剣に取り組む姿がやけに輝いて見える。更に、薪を割る瞬間に浮かび上がるウクダーの逞しい腕の血管、盛り上がる筋肉に、この腕の中でずっと包まれていたら……と淡い期待を思い描いてしまう。
 
「……ねぇ。木を割るのってすごくカッコイイねぇ」
「え……?」
「ずっとここに住めたら、不安もなく幸せに過ごしていけるんだろうけどなぁ……」

 ウォラーレは窓辺でウクダーを見つめながら、少し寂しそうに呟いた。

 ウォラーレがぼそりと発した言葉に、ウクダーは昨日の疑問が再び浮かんで手が止まった。
 少年の故郷は? 出生は? 無心に精を貪るあたり、なにか事情があると思えてならない。

 ウクダーの心に再びあの時の想いが蘇り、熱く溢れ出す。彼を救いたい。出来る事ならウォラーレの望み通り、このままずっと、一緒に住んでも……。

「ウォラーレ、色々聞きたい事があるんだ。その……俺の質問に答えてくれないか?」
「うん?」

 なんだろうとウォラーレが顔を上げると、光の粒が少年の周りを舞って幻想的な容姿を醸しだす。その姿を目の当たりにして、ウクダーは足元がおぼつかなくなる程の眩暈を憶えた。

「ウォラーレは昨日、なぜあんな森の中に一人で居たんだ? しかも裸で……」
「えっと、それはねぇ。ボクが守護星から飛び出して、あの森に落ちちゃったから」
「……守護星から飛び出す?」

 ウクダーをはじめ、この全天オデュッセイアに生きる星ビト達は、皆が恒星から産まれ落ち、産んでくれた星を『守護星』と呼ぶ。ウォラーレも母なる守護星が存在するのは分かるが、守護星から産まれ落ちるのは皆、赤ん坊の時である。

「そこまで大きくなって星から産まれ落ちるのは聞いた事がない。ウォラーレは今までずっと、星の中で生きてきたという事か?」

 疑問に思うウクダーに、ウォラーレは苦笑いをして表情が影った。

「だって……ボクの守護星は宇宙で旅をしてるから……」

 ウォラーレは守護星の辛い事情を話してくれた。
 ウォラーレの守護星は銀河の中を異常な速さで飛んでいるという。それも星の一部を削りながら飛んでいる為、星が燃え尽きる前にウォラーレが精を貰って命の糧を得なければならなかった。

「だから降りられそうな惑星が見つかるとボクが星から飛び出して降りて、精をくれる星ビトを探すんだよ」
「なに……という事は、今までにも誰かの精を貰ったことがあるのか? 交合を知っているのは、そういう事か」

 食い気味で質問を返すウクダーに、ウォラーレはぶんぶん首を横に振る。
 
「違うよ! 精を貰ったのはウクダーが初めて。だって、何度か降りられそうな惑星に降り立ってはみたけど、精を貰うどころか、生き物すら居ない世界ばかりだったもん……」
「そう、なのか……すまん……」

 思わず質問をしてしまった事にウクダーは謝ったが、ウォラーレは気にしていないと美しい笑顔を振りまいてくれた。
 
「だからね、昨日やっと精を貰える人を見つけてすごく嬉しかったの! それでね、守護星が遠くになるとボクの体がまた星の中に戻されるんだ。お互いが離れ過ぎると死んじゃうから。そうしてこれからも降りられそうな場所を探しながら、宇宙で旅を続けていくんだよ」

 ウクダーは言葉を失った。
 初対面にもかかわらずウォラーレがなぜ精を欲しがったのか、今の話で全てが一つに繋がった。彼は単に快楽の為だけではなく、生きるため必死になって精を得ようとしていたのである。
 ただ、今の話からして、この場所に居られるのも限られた時間なのだと予想がつく。
 
「宇宙を旅する……じゃあウォラーレの守護星は今、近くを飛んでいるって事か?」
「うんっ、もちろん!」

 するとウォラーレは満面の笑顔で頷き、窓から身を乗り出して一つの流星を指差した。

「ほらアレ! まだ遠くて小さいけど、シッポの付いた白い星が見えるでしょ? アレがそうだよ!」

 ウォラーレの指差す方向をウクダーも見つめた。陽の明かりが増えて見え難いが、木々の間から確かに白い尾を引く流星が見える。尾の向きからして、これから此処の頭上を通り過ぎて行くようだ。

「驚いたな……自ら重力を作って自転する恒星が、流星になるのか……」

 そうなるとまた幾つも疑問が浮かび上がる。
 ウォラーレの帰るべき場所は? 流星が遠ざかってウォラーレが星の中へ引き戻される。その後はどうなるのか。

「ボクの帰る場所? うーん、分からない……きっとこれからも宇宙を旅して色んな場所に降りて、そこで長生きする為の精をもらい続けなきゃ……」
「そんな……」

 宇宙を旅するというのは、どれほど暗く孤独で寂しいものなのだろう。水と森に囲まれた明るい世界で生きるウクダーにとっては、さっぱり見当も付かない。
 そして、守護星の身を削りながら旅をするという感覚も、普通なら焦燥感に駆られて気がおかしくなって当たり前の事象ではないのだろうか。
 
「な、なぁウォラーレ。ここに滞在出来るのはどのくらいか分かるか?」
「うーん、そうだなぁ。あの速さなら守護星が通り過ぎていくのに一ヶ月ぐらいかかるかなぁ?」
「一ヶ月……それだけ?」

 一ヶ月が経てば、この少年と別れを告げなければいけない。そして彼はまた独り、宇宙を旅していく。

(俺は単に精を与えるだけで良いのか? この子にもっと出来る事はないのか……)

 精が、命の糧が必要なら、せめて愛の名の下に一つになる幸せを教えてやりたい。それだけでなく、この世界ではたくさんの楽しい事、嬉しい事が山ほどあるのだ。それを出来るだけたくさん教えてやりたい。
 星の中に戻り独り寂しくなった時、いつでも素敵な思い出に浸れるように。

 ウクダーは当然のように空を眺めるウォラーレの姿が、やけに可哀想に見えて仕方がなかった。
 ウォラーレが寂しそうに呟いた「ずっとここに住めたら……」という言葉が、今頃になってウクダーの胸にずっしりと重くのしかかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...