星の鳴る刻(全天オデュッセイア(星座88ヶ国)短編集)

星谷芽樂(井上詩楓)

文字の大きさ
上 下
53 / 60
くじら座

春、爛漫

しおりを挟む
 冬の深々とした雪景色も終わりを告げ、若草色の葉が芽吹く頃、空気は甘さを湛えまったりとした暖かさを包み込む。
 この頃になるとケティ国では、この国の風物詩である桃色の小さな花弁が舞い始めた。

「ミラ! 窓の外を見てみなよ。月桜が舞い始めてる!」
「うん……これでいよいよ、春本番だね」

 ミラは少し寂しげに外の花吹雪を眺めていた。何故ならミラという少年は、自身の守護星の寿命が終末期を迎え、彼自身身体を思うように動かせず床に伏せる毎日だったからである。
 ミラは感じていた。この花吹雪が見納めになるかもしれない。

(来年の春は、ボクは、もう……)
「ミラ、なにボケっとしてるんだ。行くよ」
「え? 行くって、どこへ……」
「春の空気を吸わないなんて勿体無い! 外へ連れて行くって言ってるんだ」
「外へ!?」

 ミラよりも一回り大きい体格のシャマリーは、自分の背中をミラに向けてしゃがみ込んだ。「早くおぶされよ」と言わんばかりに、後ろで驚くミラに相槌をする。

 よろよろとミラがシャマリーの背中に寄りかかる。痩せ細ったミラを背負うのは思った以上に軽くて楽で、それが何を意味するのか、シャマリーの心がひどく締め付けられていた。

「さあ、しっかりおぶさっていろよ?」

 シャマリーが勢い良く外へ飛び出すと、甘い春の空気が二人を包み込んだ。少し鼻を上げれば、月桜の甘酸っぱい香りが微かに鼻腔をくすぐる。

「あぁ、そういえば春の匂いって、こんな感じだったなぁ……」

 ミラはもう何年も久しく外気に触れていない。この香りを頼りに、昔の春の記憶が脳裏に蘇ってくる。

 花弁を追いかける幼い頃の自分が懐かしい。澄んだ青空の下、空を見上げて花の舞をいつまでも眺めるのが好きだった。

「どうだ? たまには外へ出てみるのも良いもんだろ?」
「うん、そうだね……ありがとう」

 そして今この瞬間、想い人の温もりを感じながら見る特別な景色も……。
 ミラは全身の感覚を研ぎ澄ませて、満たされる心を噛み締めながら瞳を閉じた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...