星の鳴る刻(全天オデュッセイア(星座88ヶ国)短編集)

星谷芽樂(井上詩楓)

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ろくぶんぎ座

不思議な星座カード③[完]

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「あ……ここは……」
 
 ビブハは見慣れた天井に気付き、自分が助かったのだと心の中で安堵した。
 しかしよくよく見れば、その天井は自室の質素な木板ではなく、天使や神々といった壮大な天井画が描かれている。
 
「ビブハ、気付いたのですね!」
 
 寝台の傍でウラニア王が微笑む。いつも見惚れる輝く白い髪。スラリとした美しい容姿に吸い込まれる様な藍色の瞳。
 ビブハは一瞬天国にいるのかと錯覚したが、辺りを見回し、此処が王の寝室だと確信して慌てて飛び起きた。
 
「あ、あの! 陛下の寝台に自分なんかが……!! も、申し訳ございません!!」
 
 ウラニア王に何度も頭を下げ、高貴な場所を汚してしまったと急いで寝台から降りようとする。しかし王はそれを制止し、今一度ビブハに横になるよう促した。
 
「私がそう決めたのです。ですから貴方は安心してここで休みなさい」
「で、ですが……!!」
「貴方は一週間も意識を失っていたのですよ? 貴方の今やるべき事は、自分の身体をしっかり治す事です」
 
 ビブハは自分が一週間も寝ていたとは思いもしなかった。それならば王が傍らにいるのも納得出来る。
 
 しかし一つ疑問が残る。ビブハが倒れた時、ウラニア王は隣国へ出立したばかりの頃だった。なぜあの時、ウラニア王が王宮へ戻ってこれたのだろうか。ビブハは俯きながら、おずおずとその理由を聞いてみた。
 
「陛下……なぜあの時、部屋に戻られたのですか……」
 
 その問いに、ウラニア王は小さく苦笑いをした。その表情が何を意味しているのか、ビブハは脳裏の奥で冷たい電流が迸った。
 
「陛下は……オレが何をしようとしていたか、知っておいでだったのですね……」
「えぇ、そうですよ。ビブハ」
 
 王の声色は非常に落ち着いている。それがビブハにとって、異様な怖さまで感じ取る。
 
「貴方がやたら『ウラニアの鏡』に執着しているのは分かっていました。盗みを働き、海賊やそれに通じる者へ渡そうとしているかもしれない。……そう思い、貴方をわざと泳がせたのです。ですが、まさか自身の夢の為にあそこまでするとは。正直貴方は、私の予想を上回っていましたね」
「…………申し訳……ございません……」
 
 小さく笑う王の前に、ビブハはただ肩を窄める事しか出来なかった。
 返す言葉もない。天空には、以前と変わらないビブハの守護星が瞬いている。ビブハは守護星の等級を上げられなかったのだと理解し、堪えていた涙がポトポトと落ち始めた。
 
「ビブハよ、よく聞きなさい。『ウラニアの鏡』は、恒星の大きさによって穴の大小が変わります。ですが、カードの穴を広げて星の等級が上がることは有り得ません。何故なら、星は生まれる時に持ち合わせる質量が決まるからです」
「……どういう事ですか」
「貴方の守護星の持つ質量は少ない。ゆえに星は小さく、燃やす炎も小さく済むので長生きをします。先日お話ししたヴェラ国のレゴール王の守護星は、非常に大量の質量を持つ超巨星でした。大きな星を維持するにはそれだけ大きな炎が必要で、星はすぐに燃え尽きてしまうのです。ですからレゴール王は若くして崩御なされた」
「……つまり、質量が増えない限り等級を上げるのも無理だと」
「そうです。カードを使って無理やり大きくしようとしたら、貴方の守護星は膨張は出来ますが、燃料が足りずにすぐ爆発を起こしてしまいますよ? 貴方はそれをやろうとしたのです」
 
 つまり、ビブハの騎士になりたいという夢は叶わない。今までの様に王宮の掃除をして、窓越しに騎士達の凛々しい姿を眺める事しか出来ないという事だ。あの苦しみも、とんだ無駄骨だった。
 
「陛下、本当に申し訳ありませんでした……この件は重罪であろうと身に染みております。陛下の大切な物へ身勝手に手を付けた罪、いかなる処遇でも受けるつもりでございます……」
 
 国宝とも言える王の大事な星座カードを、私欲で利用した罪は大きい。これは死刑、良くても幽閉されるに違いない……とビブハは覚悟を決めた。
 
 思えば、なぜ重い罪を受けると気付かなかったのか。叶うかもしれないと夢に溺れ、その後の事を考えようともしなかった。
 これほど間抜けな星ビトを、王宮の侍従にしておくわけがない。
 
「わかりました……ビブハの『騎士になりたい』という強い思いは伝わりました。貴方にも騎士候補達に混じって兵法を学ぶ許可を与えます」
「え?」
 
 思わずビブハは顔を上げた。ウラニア王の思う所はビブハの次元を超えていたらしい。
 
「無論、貴方を天空に舞う騎士団の一員には出来ません。守護星の光が弱く、すぐさま闇に飲み込まれてしまいますから。ですが、騎士の役割は空で戦うだけではないのですよ。例えば、私の護衛をするとか……」
 
 ビブハは目を丸くした。処罰ではなく、出来る限りの理想を王が考えてくれている。
 それだけでも有り難いのに、王の護衛役を担えと言われたら、この身を全て捧げたくなる程に胸が熱くなる。
 
「よ、宜しいのですか? オレは陛下の大事な物を勝手に利用したのに……」
「本気で懺悔する気持ちがおありなら、その命で私を護りなさい。処罰するのは簡単です。ですが我が国は小国ゆえ、たった一人でも国の為に生きて欲しいのです」
 
 ビブハは言葉を失った。予想外の任務に全身が震える。
 驚きもあるがそれだけではない。歓喜に満ち溢れて身体が震えている。
 夢のような話をどう表せばいいのか、ビブハの口元はまごつきながら、緊張の張りが一気に緩んで涙がとめどなく溢れ出ていた。
 
「ま、まさか……重罪を犯しているのに許して頂けるなど……ましてや陛下のお側で護衛役を言い渡されるなんて……うぅっ、ぐすっ……」
「『ウラニアの鏡』を狙う者は少なからず居るのでね……まさか侍従に兵法を学んだ者がいるとは、外部も気付かないでしょう。私の身に何か起ころうとした時、訓練された側仕えの貴方がいると私も安心なのですがね……」
「じ、自分で宜しければ……どんなに辛い訓練があっても、必ずこなしてみせます。そしてこの身と命をもって、生涯陛下をお護りいたします。必ず……必ずお誓い申し上げます!」
 
 ビブハは体力の戻っていない身体で寝台を飛び降り、床に額を擦り付けてウラニア王の御前で深く平伏した。
 
 今はこれが精一杯の誓いの証だ。だが必ず兵法を会得し、訓練に耐え、陛下のお側で自分の思い描いていた夢を叶える。彼は心の中で何度も誓いを立て、握り締める拳にその強い思いが現れていた。
 
「ビブハよ、騎士の訓練は甘くありませんよ。等級の低い貴方なら負担はより大きいでしょう。ですが、今の想いを決して忘れないよう。貴方が必ず頼もしい姿で戻ってくると、私も期待しています」
「はいっ、この御恩は必ず……! ありがとうございます、本当にありがとうございます陛下!」

 その後のビブハは、六等級以上の星ビト達の中でたった一人、九等級の戦士として訓練に励んだ。
 
 守護星の光を利用する星ビトの騎士達は、六等級以上でなければ光の剣も敵を吹き飛ばす衝撃波も、それ相応の威力が伴わず合格する事すら難しい。
 しかしビブハは特別な想いゆえ、どの騎士達よりも意欲的に辛い訓練を耐え抜いた。そして彼の守護星はビブハの心と呼応して、九等星とは思えない明るさで光り輝き、燃え上がる炎に満ち溢れていた。
 
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