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ろくぶんぎ座
不思議な星座カード①
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全天オデュッセイアの赤道を渡る六分儀国。この国の王、ウラニアが描いた八十八枚の星座カードは、通称『ウラニアの鏡』と呼ばれていた。
この星座カードは、全天オデュッセイアの空に瞬く恒星に連動して、大小無数の穴が開けられている。つまりカードを陽に翳せば、どこに星があるのか直ぐに分かるという代物だった。
「あぁ……また一つ、大きな穴が消えてしまいました……」
鍵付きの額で厳重に飾られている星座カードの一枚を見つめ、ウラニア王は悲しそうに呟いた。
王の部屋の掃除を任されている侍従の少年ビブハは、ウラニア王の意味深な言葉が聞こえ、とある疑問が浮かび上がった。
「……カードなのに、穴が消えるのですか?」
その言葉に部屋の中央に佇むウラニア王は、ふとビブハへ視線を向けた。白く輝く長い髪。スラリとした長身は、王たる神々しさを際立たせる。その上、透き通る碧色の瞳に見つめられると、誰もがその麗しさに視線を釘付けにされた。
たった今、王に問い掛けたビブハも同じだった。美しい自国の王に見つめられ、緊張と共に目が眩んで、軽々しく問いかけた事を後悔すらした。
「貴方はこの星座カードが何であるのか知らないのですね。こちらへ来なさい」
「は、はい……」
ビブハは無知を謝る機会も得られないまま、すごすごと王の傍らに近づいた。
「ふふ、怯える必要はありません。ただ、この部屋を行き来する者なら、このカードについて知っておいた方が良いと思うのでね」
白くしなやかな腕がビブハの肩を覆う。その肌の滑らかさに、ビブハは王は庶民と違う細胞で造られている、と感動すら憶えた。
ウラニア王は星座カードを見つめて、「よく覚えておくように」とビブハに釘を刺す。
「この八十八枚の星座カードは『ウラニアの鏡』と呼ばれ、天に瞬く恒星の位置を全て現したカードなのです」
「全て……凄いです」
一枚一枚硝子の額に収められた『ウラニアの鏡』が、王の部屋の四方の壁に飾られている。ウラニア王が描いた星座カードの絵柄は非常に美しく繊細で、此処はまるで美術館のようだった。
「例えば我が国、六分儀国の元になった『ろくぶんぎ座』のカードをご覧なさい。私の守護星は、このカードの中で一番大きな穴が空いています。守護星の等級によって、穴の大きさも変わるのです」
「では……オレの守護星も、カードに穴が空いているのですか?」
「もちろん。貴方の守護星は九等級でしたね。非常に小さく目立たないのですが、ほら、目を凝らしてみなさい。私の守護星の右上に小さな穴が空いていますよ」
ウラニア王が細い指先でカードの右上を指す。ビブハはその先を見つめ、自分の守護星と同じ位置に非常に小さな穴が開けられているのを確認した。
「わぁ、すごい。オレもこのカードの中の一員なんですね!」
「ふふ、当たり前です」
ろくぶんぎ座のカードの中に自分の守護星の存在がある。自分達を大事に思われている気がして、ビブハは嬉しさが込み上がった。
しかしそうなると、先程ウラニア王の呟いた言葉が気にかかる。厳重に保管されている筈のカードの穴が、勝手に塞がれてしまうなどあり得るのだろうか。
「陛下……先程の嘆きの様なお言葉は、一体何だったのですか? カードの穴を誰かが塞いでしまったのでしょうか?」
ビブハの言葉で、ウラニア王は思い出したようにそのカードをもう一度見つめた。そのカードとは、ウサギの描かれた『うさぎ座』である。そして悲しそうに瞼を閉じ、ビブハの肩を覆う掌に力が込められた。
「このカード達は不思議な力を持っています。星が産まれればその場所に自然と穴が空き、誰かが亡くなればその穴が消える。まるで天空の星々を鏡に映したように……。ですから、この星座カードを『ウラニアの鏡』と呼ぶのですよ」
「え? では、うさぎ座のカードを見ていたという事は……」
「はい、あの位置と大きさからして、兎国の騎士団長ニハル殿が亡くなったのでしょう。……あの国は深紅の星という特殊な星ビトが居て、深紅の星の血をめぐって、度々海賊に襲われていましたから……」
「そ、そんなことが……」
ビブハは小さい頃から、『騎士』という誉高《ほまれだか》い役職に強い憧れを抱いていた。国は違えど騎士団長と聞けば、ビブハの心が自然と躍動し始める。しかし今はその訃報と知って、身内の死のように心が痛んだ。
ビブハの悲愴に暮れる眼差しに気付き、ウラニア王は他のカードにも指先を向ける。
「次は『ほ座』のカードをご覧なさい。右端には今まさに、沢山の穴が浮かび上がろうとしていますよ」
大きな船の帆を描いたカードには、右端に穴の開きそうな小さな窪みが、幾つも跡を付けていた。
「ほ、ほんとだ。星が生まれる時は、カードにも穴が開いていくんですよね?」
「そうです。帆国の先王レゴール殿は、非常に聡明で明るい若い王でした。王達が集まる会議でも、いつも気さくに話をして下さいました。しかし彼の守護星が大き過ぎた為に非常に短命で、昨年崩御なされたのです。そして今、その星の残骸から、新たな命が幾つも生まれようとしています」
「そういえば一つ、大きな窪みがありますね」
「えぇ。恐らくあの星から産まれる星ビトが、帆国の次王となるでしょう」
ビブハはウラニア王の話に圧倒されながら、一つ一つの星座カードを眺めた。刻一刻と変わる星座カードの印。そのカードを見ていれば、世界の様子が手に取るように分かる。
その時、ビブハはふとある疑問が思い浮かんだ。
カードの小さな穴を広げたら、その守護星はどうなるのだろう?
星の大きさによって穴の大きさが変わるのなら、自分の守護星も、もしや……。ビブハは大胆な仮説を思いついた。
ビブハは小さい頃から騎士に憧れを抱き、自身もそうなりたいと願っていた。しかしこの世界で騎士になる為には、守護星が六等級以上の大きさを持たなければならない。
ビブハの守護星は九等級である。そのため、夢は夢のまま諦めるしかなかった。しかし『ウラニアの鏡』で自分の守護星を現す穴を大きくすれば……守護星の等級が上がり、夢が現実になれるかもしれない。
ビブハの瞳の奥で微かに、期待という名の炎が煌めいた。
この星座カードは、全天オデュッセイアの空に瞬く恒星に連動して、大小無数の穴が開けられている。つまりカードを陽に翳せば、どこに星があるのか直ぐに分かるという代物だった。
「あぁ……また一つ、大きな穴が消えてしまいました……」
鍵付きの額で厳重に飾られている星座カードの一枚を見つめ、ウラニア王は悲しそうに呟いた。
王の部屋の掃除を任されている侍従の少年ビブハは、ウラニア王の意味深な言葉が聞こえ、とある疑問が浮かび上がった。
「……カードなのに、穴が消えるのですか?」
その言葉に部屋の中央に佇むウラニア王は、ふとビブハへ視線を向けた。白く輝く長い髪。スラリとした長身は、王たる神々しさを際立たせる。その上、透き通る碧色の瞳に見つめられると、誰もがその麗しさに視線を釘付けにされた。
たった今、王に問い掛けたビブハも同じだった。美しい自国の王に見つめられ、緊張と共に目が眩んで、軽々しく問いかけた事を後悔すらした。
「貴方はこの星座カードが何であるのか知らないのですね。こちらへ来なさい」
「は、はい……」
ビブハは無知を謝る機会も得られないまま、すごすごと王の傍らに近づいた。
「ふふ、怯える必要はありません。ただ、この部屋を行き来する者なら、このカードについて知っておいた方が良いと思うのでね」
白くしなやかな腕がビブハの肩を覆う。その肌の滑らかさに、ビブハは王は庶民と違う細胞で造られている、と感動すら憶えた。
ウラニア王は星座カードを見つめて、「よく覚えておくように」とビブハに釘を刺す。
「この八十八枚の星座カードは『ウラニアの鏡』と呼ばれ、天に瞬く恒星の位置を全て現したカードなのです」
「全て……凄いです」
一枚一枚硝子の額に収められた『ウラニアの鏡』が、王の部屋の四方の壁に飾られている。ウラニア王が描いた星座カードの絵柄は非常に美しく繊細で、此処はまるで美術館のようだった。
「例えば我が国、六分儀国の元になった『ろくぶんぎ座』のカードをご覧なさい。私の守護星は、このカードの中で一番大きな穴が空いています。守護星の等級によって、穴の大きさも変わるのです」
「では……オレの守護星も、カードに穴が空いているのですか?」
「もちろん。貴方の守護星は九等級でしたね。非常に小さく目立たないのですが、ほら、目を凝らしてみなさい。私の守護星の右上に小さな穴が空いていますよ」
ウラニア王が細い指先でカードの右上を指す。ビブハはその先を見つめ、自分の守護星と同じ位置に非常に小さな穴が開けられているのを確認した。
「わぁ、すごい。オレもこのカードの中の一員なんですね!」
「ふふ、当たり前です」
ろくぶんぎ座のカードの中に自分の守護星の存在がある。自分達を大事に思われている気がして、ビブハは嬉しさが込み上がった。
しかしそうなると、先程ウラニア王の呟いた言葉が気にかかる。厳重に保管されている筈のカードの穴が、勝手に塞がれてしまうなどあり得るのだろうか。
「陛下……先程の嘆きの様なお言葉は、一体何だったのですか? カードの穴を誰かが塞いでしまったのでしょうか?」
ビブハの言葉で、ウラニア王は思い出したようにそのカードをもう一度見つめた。そのカードとは、ウサギの描かれた『うさぎ座』である。そして悲しそうに瞼を閉じ、ビブハの肩を覆う掌に力が込められた。
「このカード達は不思議な力を持っています。星が産まれればその場所に自然と穴が空き、誰かが亡くなればその穴が消える。まるで天空の星々を鏡に映したように……。ですから、この星座カードを『ウラニアの鏡』と呼ぶのですよ」
「え? では、うさぎ座のカードを見ていたという事は……」
「はい、あの位置と大きさからして、兎国の騎士団長ニハル殿が亡くなったのでしょう。……あの国は深紅の星という特殊な星ビトが居て、深紅の星の血をめぐって、度々海賊に襲われていましたから……」
「そ、そんなことが……」
ビブハは小さい頃から、『騎士』という誉高《ほまれだか》い役職に強い憧れを抱いていた。国は違えど騎士団長と聞けば、ビブハの心が自然と躍動し始める。しかし今はその訃報と知って、身内の死のように心が痛んだ。
ビブハの悲愴に暮れる眼差しに気付き、ウラニア王は他のカードにも指先を向ける。
「次は『ほ座』のカードをご覧なさい。右端には今まさに、沢山の穴が浮かび上がろうとしていますよ」
大きな船の帆を描いたカードには、右端に穴の開きそうな小さな窪みが、幾つも跡を付けていた。
「ほ、ほんとだ。星が生まれる時は、カードにも穴が開いていくんですよね?」
「そうです。帆国の先王レゴール殿は、非常に聡明で明るい若い王でした。王達が集まる会議でも、いつも気さくに話をして下さいました。しかし彼の守護星が大き過ぎた為に非常に短命で、昨年崩御なされたのです。そして今、その星の残骸から、新たな命が幾つも生まれようとしています」
「そういえば一つ、大きな窪みがありますね」
「えぇ。恐らくあの星から産まれる星ビトが、帆国の次王となるでしょう」
ビブハはウラニア王の話に圧倒されながら、一つ一つの星座カードを眺めた。刻一刻と変わる星座カードの印。そのカードを見ていれば、世界の様子が手に取るように分かる。
その時、ビブハはふとある疑問が思い浮かんだ。
カードの小さな穴を広げたら、その守護星はどうなるのだろう?
星の大きさによって穴の大きさが変わるのなら、自分の守護星も、もしや……。ビブハは大胆な仮説を思いついた。
ビブハは小さい頃から騎士に憧れを抱き、自身もそうなりたいと願っていた。しかしこの世界で騎士になる為には、守護星が六等級以上の大きさを持たなければならない。
ビブハの守護星は九等級である。そのため、夢は夢のまま諦めるしかなかった。しかし『ウラニアの鏡』で自分の守護星を現す穴を大きくすれば……守護星の等級が上がり、夢が現実になれるかもしれない。
ビブハの瞳の奥で微かに、期待という名の炎が煌めいた。
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