星の鳴る刻(全天オデュッセイア(星座88ヶ国)短編集)

星谷芽樂(井上詩楓)

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誓い合う星々⑤[完]

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 それから間も無くして亡きレゴールの遺言通り、超新星爆発で噴出した星雲の揺り籠から幾つもの星の命が誕生した。
 その中で一際大きく輝く一点の恒星から待望の星ビトが産まれた。

 その姿はまだ赤ん坊であるが、愛らしいふっくらした白い肌に髪は少しうねって青白い色をしている。侍従達がたいそう可愛がり赤ん坊が笑えば、穢れを知らない屈託の無い笑顔が、誰から見ても先王レゴールの面影を彷彿とさせた。

「やはりレゴール様の生まれ変わりかもしれん……」
「守護星の光も王たる素質に申し分ない。この子が次の王に相応しかろう」

 ヴェル国では王宮内でも街中でも、早くも次王の話題で持ちきりだった。只一人、スハイルだけは今も産まれ続ける命を案じ、冷静な態度を取っていたのだが。

「先王が崩御してからまだそんなに日も経ちませんのに、皆さんはまるでお祭り騒ぎの様ですね? これから産まれる子供の中でもっと相応しい御子が産まれるかもしれませんよ……」
「ですがスハイル殿! これ程まで皆に愛くるしい笑顔を振りまく御子はそうそうおりませぬ! ましてや先王と髪も顔立ちもそっくりではありませんか!」

「ですが……」と遠慮しがちなスハイルだったが、勢いに押されて侍従に抱かれる赤ん坊を覗き込んだ。
 その赤子は今までキャッキャと笑顔だったのが突然、スハイルと視線があって大きな瞳を丸くさせた。

 ――驚いたのはスハイルの方だった。皆が言うように顔立ちや笑顔は先王の生まれ変わりと言える程そっくりだ。しかしスハイルを見つめる大きく丸い瞳は、先王とは異なって自分自身と同じ赤茶色の虹彩をしている。

「――あぁ、この子は……」

 スハイルは思わず赤ん坊に手を伸ばし、半ば無意識でそのぷくぷくとした身体を抱き上げた。小さいのにずっしり重い身体、自身の肩にその子の頭を乗せてあげれば、赤ん坊の腕はスハイルの細い首をしっかりと抱きしめた。

 なんて愛おしい御子だろう。嫌がりもせず、自ら抱きしめてくれる温かい感触に思わず涙が零れてしまう。
 この子は正にレゴールと自身の星質を持ち合わせて産まれた子だ。ならば、あの言葉を、先王の想いを皆に伝えなくては。

「……この子の名前は『ムーリフ』と名付けましょう」
「『ムーリフ』!! なぜその様な名前に?」
「名付け元は先王です。先王の死ぬ間際、自身の星雲から産まれる子に『ムーリフ』と名付けて欲しいと……そう仰っていたのです……」
「なるほど……この子は先王にそっくりだし、星の大きさも申し分ない。先王がそう仰っていたのなら、これ程まで名付に相応しい御子は見当たりますまい! ぜひそういたしましょう!」

 赤ん坊を囲む侍従達は、こぞって我先に抱き上げたいと手を伸ばし、ムーリフという新しい名と愛くるしい赤子の笑顔で喜びに溢れた。
 嘘は付いていない。元々先王が名付けたいと言った名だ。本当はスハイルの星質も持ち合わせての事だが、それはスハイル自身が知っていれば良い事だろう。
 
 その後もレゴールの守護星が遺した星雲から、幾十幾百もの星の命が誕生した。しかしムーリフと名付けられた赤子よりも次王に相応しい守護星の大きさ持つ者は現れず、よってその赤子が次王になる為の帝王学を学ぶ事となった。




 そして時は流れ、ムーリフは生命に満ち溢れる元気一杯な少年へと成長した。成長するたびに益々先王の面影と似てくる。スハイルは先王の頃と同じく帝王学を教える世話役となり、ことある毎に先王との思い出を語った。ただ昔と違うのは、スハイルの守護星も終末期を迎え、褥から脚を下ろす事が出来ずにいる事だった。

「スハイル……辛い?」
「いえ、大丈夫ですよ。今日の午後はいよいよ戴冠式ですから、なんとしてでも貴方様の立派なお姿をこの目に焼き付けなくては……」
「スハイルが来れなくてすごく残念だけど……全部終わったらそのままここに戻ってくるから、それまで絶対待っててね! 寝ちゃダメだよ!?」
「はいはい。首を長くして待っていますから、どうか滞りなく式が進みますように……」
「うん! ムーリフ、頑張るね!」

 王宮に用意されたスハイル専用の褥の横で兎の様に飛び跳ねるムーリフ少年は、元気が有り余り過ぎて些か心配である。しかし赤茶色の大きな瞳を真剣な眼差しで約束したのだ。きっと立派な姿を民衆へと披露するに違いない。大きく手を振りながらこの場を後にする少年を見送って、スハイルは感慨深い想いに耽っていた。

「レゴール……見ていますか? 貴方の遺したムーリフが、今日立派な王服と冠を被って民衆の前に立つのです。まるで貴方が戴冠した時をつい昨日の様に思い出します……」

 あの頃からレゴールに淡い想いを抱いていた。そして王宮のバルコニーで民衆の盛大な歓喜の声を浴び、凛々しく立ち振る舞う姿を見ては何度も心が震えたものだ。
 今は恋とは違う別の感情でムーリフを愛しく思い、一人残った部屋で外の様子を伺う。

 暫くして大きな歓声が外から聞こえてきた。ムーリフが立派な姿で民衆の前に出たのだろう。その歓声の大きさから、この国の皆の期待がとてつもなく大きなものだったと肌にひしひしと伝わってくる。

 ――良かった。ムーリフは立派に戴冠式に臨んで、民衆が歓喜の声に満ち溢れている。自分も少しは小さな王の為に役立てられたようだ。まだまだ幼くいたずら盛りの少年であるが、スハイルはこの時ほど心が満ちる瞬間は他にないと、瞼を閉じて今ある幸せを噛み締めた。

「スハイルゥゥ!! 終わったよ! どう、見て見て!! ムーリフかっこいいでしょぉ?」

 戴冠式が終わると同時に、新しい王となったムーリフ少年王がスハイルの部屋へ駆け込んだ。後ろで慌てる侍従達もお構いなく、少年はスハイルの褥に飛び込むと、瞳を閉じて横になるスハイルを目の当たりにして全身に冷たい電流が駆け巡った。

「スハイル、スハイル!! どうしたの!? 見てよ!! いやだ、死なないで起きてぇ!!」

 スハイルの上に容赦なく飛び乗る少年の重さに気付いて、スハイルはうっすらと瞼を開いた。目の前には泣きじゃくった顔の少年が心配そうに見つめている。

「あぁ、レゴール……立派なお姿で……」
「違うよ!! 僕はムーリフだよ!! お願いだから起きてぇぇ!!」
「そう、ムーリフ……私と貴方の子……立派に今日、王になられたのです……これで私も安心して貴方の元へ行ける……」

 スハイルはムーリフの頬を撫で、視線の遠くを眺めていた。
 そうか、レゴールはムーリフの見るもの感じるものを通していつも見守っていたのだ。今だから分かる。ムーリフの命の傍にレゴールの命の寄り添っているのが見える。

 そして自身もあの時と同じ様に、細胞の一つ一つが光となって空に昇り始める。

 スハイルはムーリフを通じてレゴールを見つめた。しかし見て欲しいと懇願するムーリフとは視線が合わず、少年はそれが何を意味するのか本能で感じ取って涙が溢れ出した。
 
「ダメだよ行かないで!! もっとムーリフの傍に居て!! もっと昔話を聞かせてよぉぉ!!」
「……大丈夫。私は先王と一緒に、いつまでも貴方を見守っています……」
「スハイル……スハイルゥゥゥ!! うわぁぁぁん!!」

 ムーリフがスハイルの身体を抱き留めようとしても、全て身体をすり抜けて光となって消えていく。スハイルに飛び込んでいたムーリフの身体が次第に沈み、褥の上に落ちてゆく。
 その直後、空の彼方で星の超新星爆発が起こった。皆が驚いて空を見上げると、赤い星が破裂し、虹色の星雲を噴出させて王宮に集まる民衆の頭上をたなびかせた。

「スハイルゥゥゥ……ぐすっ、ふえ……スハイルゥゥゥ……」

 ムーリフは煌びやかな王服と豪奢な肩布を抱えたまま、ぐしゃぐしゃの顔で天空に広がる星雲を眺めた。
 何故かスハイルが笑っている様な気がする。そしてその隣に、寄り添うように天へ向かう、自分とそっくりな青年が自分に向けて微笑んでいる気がする。

「先王様……?」

 スハイルは先王の事をずっと特別な想いで一緒に居たと聞いている。今ようやく寂しい気持ちを終えられるのなら、このまま永遠に幸せになって欲しい……。

 人型を無くした褥の上には、飛び込んだ時に落ちた王の冠が無造作に転がっていた。ムーリフが先程まで被っていた物だが、同時に先王レゴールも身に付けていたものだ。
 冠の正面に装飾された煌びやかな蒼い宝石は、虹色の星雲を映し出し、中のクラックに光を取り込んで煌々と輝いている。それは残されたムーリフの想いに応える二人のシグナルかもしれない……ムーリフは心の中で、ふとそう感じたのであった。

[完]
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