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ほ座
誓い合う星々①♥
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帆国の侍従長スハイルは、王の危篤を聞きつけ馬車に乗り込み王宮へ急いでいた。
彼は充分温められた綿製のソファに座り、目を閉じてじっと座っている。その指先はカタカタと小さく震えていた。
王の命が長くない事を知ったのは、約一年前の事だ。
帆国の王レゴールは、まだまだ人生を謳歌出来るであろう若い青年であった。少し波がかった青白い髪を揺らし、屈託なく笑う姿は民の心を明るく照らしてくれた。背が高く程良く鍛え上げられた身体は、災害や海賊などの脅威から子供や老人を護ってくれた。
誰もがこの爽やかな青年が王である事に、誇りと平穏を感じていたのだ。
それが突然、皆の憧れである青年王が不治の病に倒れた。
全ては、王の母体で極超巨星の守護星が原因であった。
レゴール王やスハイルを含め、全天オデュッセイアに生きる星ビト達は皆、宇宙に浮かぶ恒星から生を受ける。そしてその母体となった守護星と命を共有しながら成長し、やがて星も星ビトも一緒に老いて一緒に死んでいく。
だが、恒星は星の大きさによって寿命が大きく左右される。大きければ大きいほど、星の燃料を大量に必要としてしまい、その命は太く短いものとなる。
レゴール王もその理のせいで、若くして床に伏してしまった。彼の守護星が稀に見る巨大な恒星だったせいで、短命である事に抗えなかったのだ。
(どうか……どうか私が着くまで間に合って……レゴール……!!)
スハイルは絹糸の様な長い赤毛を垂らして俯いていた。そして彼の頬からいくつもの涙が伝い落ちていく。涙が落ちて跳ねた手の甲は、やはりカタカタと小さく震えていた。
*
「スハイル……どうしてスハイルはいつも寒そうに震えているんだ?」
「それはですね、私の守護星が老いて膨張し、星の温度が下がっているからなのです。すると私も体温が下がり、やがて天に召されていくのですよ」
あぁ、懐かしい。この会話は、まだレゴール王が聡明で活力に満ち溢れていた頃の事だ。このすぐ後に王が倒れてしまうなど、誰が予想出来たであろうか。
スハイルは甘酸っぱい思い出を、つい昨日の事の様に思い出していた。
「スハイル……もうすぐ死ぬのか?」
この頃、スハイル自身の守護星が赤く膨張し、彼はまもなく星の終幕を迎えようとしていた。だが彼の守護星はレゴールのそれよりも小さい為、老いはゆっくりとして死への恐怖も少しずつ受け容れられてゆく。
しかし、スハイルを見つめる王は嫌だ、という悲しい表情に変わり瞳を潤ませていた。いつまでも傍に居て欲しいと目で訴え、スハイルは自身へ向けるその切ない瞳が愛くるしくてたまらなくなった。
「私自身は老いていないのに、何故……と言いたそうですね。私の守護星は赤色超巨星な為に、星の寿命が短いのです。今も星が膨張して温度の下がっていくのが分かります。ですから、もう少しで私は守護星と共に死を迎えるでしょう」
「そんな……!! 俺はスハイルの守護星よりもずっと大きい。だから俺はスハイルよりも先に死ぬんじゃないのか?」
「滅相な事を言ってはなりません、我が王よ。貴方様はまだまだ若い。星も若い。この先も帆国の民達に明光を与えねばなりません」
しかし王の表情は晴れなかった。何かを言いたそうにスハイルを見ては俯き、再び見つめてはやはり口元をまごつかせて青白い髪を掻きむしっている。
「どうされたのですか、我が王。貴方様らしくもない……」
「……俺が皆の光にならなくてはいけないのは分かってる。だが、俺だって皆と同じ星ビトなんだ。俺だって、俺を照らしてくれる光があるから今まで頑張ってこれたんだ……」
「貴方様を照らす光……?」
すると王は突然スハイルの華奢な両肩を掴み、意を決したように相手を見つめた。若い青年の澄んだ青い瞳と、少し年上の赤茶色の麗しい視線が交差する。
「ここまで言ったら分かるだろ? 好きなんだ……スハイル……」
その真剣な声色にスハイルの神経が全身響き渡る。
いつかはこうなってみたいと、スハイルも心の片隅で淡い想いを抱いていた。だが相手は一国の王である。そんな事は絶対許されないのだと、自分自身にずっと言い聞かせ続けてきたのに……。
「……い、いけません……我が王……」
「俺は……俺は! お前が特別なんだ! 愛しているんだ! スハイルが居なくなったら、俺はきっと足元から崩れ落ちてしまう……! だから死ぬなんて言わないでくれ!!」
王は涙を流しながらスハイルをきつく抱き締めた。その逞しい胸と腕に包まれ、スハイルも広い背中に両手を添えて温かい体温を噛み締めた。
いつの間にこんなに大きくなったのだろう。子供だった王は、気付いた時には自分より目線が高くなり、胸板も二の腕も厚くなった。昔と同じ屈託の無い笑顔は健在であるのに、声は低くなり随分と頼もしくなった。
王の成長を見守っている内に、自身の心に特別な感情を抱いていると気付いたのはいつの頃だろう。しかし相手は一国の王。近くに居れたらそれで良い、と気持ちを抑え込んでいたのだ。
「我が王よ……私は……」
スハイルの瞳に涙が浮かぶ。本当は愛しているんだと王を見つめる瞳は訴えているのに、本心と理性がせめぎ合って手先だけでなく、全身までもが震え出す。
その姿に、長年傍に居たレゴール王もスハイルの心が痛いほど伝わった。そして王は震える細い手を優しく包み込んで、そっと指先に口付けをした。
「俺はスハイルがずっと傍に居てくれて感謝している。世話役や侍従長がスハイルで本当に良かった。お前が居なきゃ、俺は光を失ってしまう。願わくば、俺に……スハイルの寿命を伸ばす役目をさせてはもらえないか……」
その言葉にスハイルの瞳孔が大きく開いた。慌てて抱き締める腕を解けば、彼の頬は高揚でほんのり紅く色付いている。
「そ、そそ、そんな事、どこでお知りになったのです!? それはつまり、どういう事をするのか理解しておいでなのですか!?」
「あぁ、分かってるさ。俺だって立派な大人だ。どんな事をするのか知っているし、それがどういう効果を生み出すのかも分かっている。俺はもう十分、精を出せる。愛する人と肌を重ね合わせて少しでも役に立てるのなら、こんなに幸せな事はないだろう……」
星ビトの下腹部には、精を出す精留塔という長い器官がぶら下がっている。そしてその後ろ側、尻たぶの谷間に蜜壺という粘膜の道と、その奥には奥宮という拳大の内臓が窄まっている。
星ビト達の身体は、精留塔から出される精液を自身の奥宮に注入すると身体が活性化し、その守護星も同じく活動が活発になる性質を持っていた。もし守護星の活動が不安定ならば、同じ様にして命の糧を貰い、星の活動を安定させる事が出来るのである。
ただしその奥宮は恥部の身体奥深くにある。自身の恥ずかしい部分を見せても良い仲でなければ、その行為は屈辱にも似て耐え難い苦痛となるだろう。
「お前の気持ちが知りたい……スハイル……」
王は真っ直ぐな眼差しで愛する人を見つめている。その澄んだ瞳は、心も一点の曇りがないぐらい率直な気持ちを表していた。
炎天下の太陽の如く、瞳が眩しく輝いている。眩しすぎて眩暈を起こしてしまいそうだ。それならいっその事、眩暈を起こして愛する人の胸元に溺れたい。
「我が王よ……私もずっと前から王を愛していたのです。ですが、王と特別な関係になるなど、到底叶わぬと思っておりました。私にとっても貴方様は大きな希望の光。そして私自身、貴方様の光になり得るのなら、いつまでも輝かせてあげたい……」
潤む瞳で見上げるスハイルに、王は嬉しそうに華奢な身体を包み込んで、なだらかな首元に顔を埋めた。
「あぁ、嬉しいよスハイル。そうであれば良いと、ずっと昔から想っていたんだ。出来るだけ永く、俺を明るく照らしてくれ……」
彼は充分温められた綿製のソファに座り、目を閉じてじっと座っている。その指先はカタカタと小さく震えていた。
王の命が長くない事を知ったのは、約一年前の事だ。
帆国の王レゴールは、まだまだ人生を謳歌出来るであろう若い青年であった。少し波がかった青白い髪を揺らし、屈託なく笑う姿は民の心を明るく照らしてくれた。背が高く程良く鍛え上げられた身体は、災害や海賊などの脅威から子供や老人を護ってくれた。
誰もがこの爽やかな青年が王である事に、誇りと平穏を感じていたのだ。
それが突然、皆の憧れである青年王が不治の病に倒れた。
全ては、王の母体で極超巨星の守護星が原因であった。
レゴール王やスハイルを含め、全天オデュッセイアに生きる星ビト達は皆、宇宙に浮かぶ恒星から生を受ける。そしてその母体となった守護星と命を共有しながら成長し、やがて星も星ビトも一緒に老いて一緒に死んでいく。
だが、恒星は星の大きさによって寿命が大きく左右される。大きければ大きいほど、星の燃料を大量に必要としてしまい、その命は太く短いものとなる。
レゴール王もその理のせいで、若くして床に伏してしまった。彼の守護星が稀に見る巨大な恒星だったせいで、短命である事に抗えなかったのだ。
(どうか……どうか私が着くまで間に合って……レゴール……!!)
スハイルは絹糸の様な長い赤毛を垂らして俯いていた。そして彼の頬からいくつもの涙が伝い落ちていく。涙が落ちて跳ねた手の甲は、やはりカタカタと小さく震えていた。
*
「スハイル……どうしてスハイルはいつも寒そうに震えているんだ?」
「それはですね、私の守護星が老いて膨張し、星の温度が下がっているからなのです。すると私も体温が下がり、やがて天に召されていくのですよ」
あぁ、懐かしい。この会話は、まだレゴール王が聡明で活力に満ち溢れていた頃の事だ。このすぐ後に王が倒れてしまうなど、誰が予想出来たであろうか。
スハイルは甘酸っぱい思い出を、つい昨日の事の様に思い出していた。
「スハイル……もうすぐ死ぬのか?」
この頃、スハイル自身の守護星が赤く膨張し、彼はまもなく星の終幕を迎えようとしていた。だが彼の守護星はレゴールのそれよりも小さい為、老いはゆっくりとして死への恐怖も少しずつ受け容れられてゆく。
しかし、スハイルを見つめる王は嫌だ、という悲しい表情に変わり瞳を潤ませていた。いつまでも傍に居て欲しいと目で訴え、スハイルは自身へ向けるその切ない瞳が愛くるしくてたまらなくなった。
「私自身は老いていないのに、何故……と言いたそうですね。私の守護星は赤色超巨星な為に、星の寿命が短いのです。今も星が膨張して温度の下がっていくのが分かります。ですから、もう少しで私は守護星と共に死を迎えるでしょう」
「そんな……!! 俺はスハイルの守護星よりもずっと大きい。だから俺はスハイルよりも先に死ぬんじゃないのか?」
「滅相な事を言ってはなりません、我が王よ。貴方様はまだまだ若い。星も若い。この先も帆国の民達に明光を与えねばなりません」
しかし王の表情は晴れなかった。何かを言いたそうにスハイルを見ては俯き、再び見つめてはやはり口元をまごつかせて青白い髪を掻きむしっている。
「どうされたのですか、我が王。貴方様らしくもない……」
「……俺が皆の光にならなくてはいけないのは分かってる。だが、俺だって皆と同じ星ビトなんだ。俺だって、俺を照らしてくれる光があるから今まで頑張ってこれたんだ……」
「貴方様を照らす光……?」
すると王は突然スハイルの華奢な両肩を掴み、意を決したように相手を見つめた。若い青年の澄んだ青い瞳と、少し年上の赤茶色の麗しい視線が交差する。
「ここまで言ったら分かるだろ? 好きなんだ……スハイル……」
その真剣な声色にスハイルの神経が全身響き渡る。
いつかはこうなってみたいと、スハイルも心の片隅で淡い想いを抱いていた。だが相手は一国の王である。そんな事は絶対許されないのだと、自分自身にずっと言い聞かせ続けてきたのに……。
「……い、いけません……我が王……」
「俺は……俺は! お前が特別なんだ! 愛しているんだ! スハイルが居なくなったら、俺はきっと足元から崩れ落ちてしまう……! だから死ぬなんて言わないでくれ!!」
王は涙を流しながらスハイルをきつく抱き締めた。その逞しい胸と腕に包まれ、スハイルも広い背中に両手を添えて温かい体温を噛み締めた。
いつの間にこんなに大きくなったのだろう。子供だった王は、気付いた時には自分より目線が高くなり、胸板も二の腕も厚くなった。昔と同じ屈託の無い笑顔は健在であるのに、声は低くなり随分と頼もしくなった。
王の成長を見守っている内に、自身の心に特別な感情を抱いていると気付いたのはいつの頃だろう。しかし相手は一国の王。近くに居れたらそれで良い、と気持ちを抑え込んでいたのだ。
「我が王よ……私は……」
スハイルの瞳に涙が浮かぶ。本当は愛しているんだと王を見つめる瞳は訴えているのに、本心と理性がせめぎ合って手先だけでなく、全身までもが震え出す。
その姿に、長年傍に居たレゴール王もスハイルの心が痛いほど伝わった。そして王は震える細い手を優しく包み込んで、そっと指先に口付けをした。
「俺はスハイルがずっと傍に居てくれて感謝している。世話役や侍従長がスハイルで本当に良かった。お前が居なきゃ、俺は光を失ってしまう。願わくば、俺に……スハイルの寿命を伸ばす役目をさせてはもらえないか……」
その言葉にスハイルの瞳孔が大きく開いた。慌てて抱き締める腕を解けば、彼の頬は高揚でほんのり紅く色付いている。
「そ、そそ、そんな事、どこでお知りになったのです!? それはつまり、どういう事をするのか理解しておいでなのですか!?」
「あぁ、分かってるさ。俺だって立派な大人だ。どんな事をするのか知っているし、それがどういう効果を生み出すのかも分かっている。俺はもう十分、精を出せる。愛する人と肌を重ね合わせて少しでも役に立てるのなら、こんなに幸せな事はないだろう……」
星ビトの下腹部には、精を出す精留塔という長い器官がぶら下がっている。そしてその後ろ側、尻たぶの谷間に蜜壺という粘膜の道と、その奥には奥宮という拳大の内臓が窄まっている。
星ビト達の身体は、精留塔から出される精液を自身の奥宮に注入すると身体が活性化し、その守護星も同じく活動が活発になる性質を持っていた。もし守護星の活動が不安定ならば、同じ様にして命の糧を貰い、星の活動を安定させる事が出来るのである。
ただしその奥宮は恥部の身体奥深くにある。自身の恥ずかしい部分を見せても良い仲でなければ、その行為は屈辱にも似て耐え難い苦痛となるだろう。
「お前の気持ちが知りたい……スハイル……」
王は真っ直ぐな眼差しで愛する人を見つめている。その澄んだ瞳は、心も一点の曇りがないぐらい率直な気持ちを表していた。
炎天下の太陽の如く、瞳が眩しく輝いている。眩しすぎて眩暈を起こしてしまいそうだ。それならいっその事、眩暈を起こして愛する人の胸元に溺れたい。
「我が王よ……私もずっと前から王を愛していたのです。ですが、王と特別な関係になるなど、到底叶わぬと思っておりました。私にとっても貴方様は大きな希望の光。そして私自身、貴方様の光になり得るのなら、いつまでも輝かせてあげたい……」
潤む瞳で見上げるスハイルに、王は嬉しそうに華奢な身体を包み込んで、なだらかな首元に顔を埋めた。
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