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うさぎ座
あなたの精を奥宮に注いで、私は若返る③♥[完]
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――ァァアアアン!! 気持ちいぃ! 全部が気持ちいい、もう……だめ、だめぇぇ……!!
ニハルの腕の中で細い体が魚のように飛び跳ねる。ニハルもその反応に雄の潮流が漲り、しゃぶられる宮を容赦なく揺さぶる。ケルメスはこれ以上ない絶頂を感じ取り、視界は光に満ちてもがく様に天を仰いだ。
――イクッ!! イクゥッ!! ――――ンァァァァァアア!!
「奥宮がまたジュウジュウ吸い付いて……!! 俺の精を存分に飲み込め!!」
二人のうねる腰が最速となった瞬間、腹の奥でビュルビュルと愛液を出されているのを感じた。それと同時に絶頂から意識を解き放ち、ケルメスは悦びの叫びを上げた。
その叫びと共に、握っていたケルメスの塔から噴水のように水が噴き上がる。
精水だ。最高の絶頂の先にある幸せの扉を開いた者にしか、その精水は噴き上げられない。そしてこの精水は生命力の純度が非常に高く、浴びた者の肌に即座に浸透し活力の源となっていく。
「ケルメス……!! こんなに悦んでいるとは!! あぁ、精水で身体が熱くなる……力が漲っていく……!!」
ケルメスの精水を浴びるたび、ニハルの濡れた肌がすぐに蒸発して雄の笑みを浮かべていた。
最早ケルメスの蜜壺はタガが外れ、少しでも扱かれ揺さぶられれば、即座に絶頂へと意識を飛ばされる。
ケルメスの表情は虚な目で焦点が合っていない。涎も垂れて身体の力も失われてニハルの腕だけで支えられている。しかし自身の塔を扱く右手だけはしっかりと握り、素早く上下に動かして何度も精水を噴かせている。
――もう、だめ……。だめぇぇ……。イき過ぎて身体が跳ぶ。頭が跳ぶ……。こんなに気持ち良くて光に包まれる感覚……死んでも忘れない……。
彼は深く深く絶頂し、天を仰いで恍惚な叫び声を上げた。そのまま蜜壺内の太い塔を千切れる程強く締め付けると、体内に出される精液を感じて後ろに倒れ込んでしまった。
「っぐ! ――おっと!! ケルメス……? もしや絶頂し過ぎて意識を飛ばしたか……?」
ぐったりと倒れたケルメスの蕾は、未だキュウキュウと塔を締め付け粘膜をうねらせている。それをニハルが静かに揺さぶりながら少しずつ抜き出し、白い精と粘液に塗れた塔を引き抜けば、ドロリと愛合部から大量の精液が漏れ出した。
「ハァハァ……貴方もだが、俺も何度絶頂したか。最期に相応しい最高の、いやそれ以上の天にも昇るような愛慈だった……」
気付けば、ニハルは自身の汗とケルメスの精水で滝を浴びた様に濡れていた。今まで身体が火照っていたものが、途端にひんやりと冷たい風が身体を撫でる。
それほどまでに二人で愛おしさを交わしたのだ。それがこの寒さで焦がれた時間も終わってしまったのだと静かに伝えてくる。
ニハルは同じく絶頂で汗に濡れたケルメスを、ゆっくり大事にそうに抱えて厚手のローブの上に寝かせてあげた。そして清潔な白い布を取り出し、丁寧に汚れた汗や精を拭う。
「……。やはり貴方は美しい。どれだけ見つめていても永遠に飽きないだろう」
そう呟く彼の瞳は、微かに赤みがかっていた。
瑞々しい白い肌に、まだ絶頂の火照りが消えていない。地面に広がる紅い髪が火照る肌と相まって艶めかしく、思わず透明な氷の中に閉じ込めてしまいたくなる。
そんな想いで心が締め付けられながら、ニハルの端正な顔が歪み、緑の瞳が悲しみの色を含んだ。
もう時は来てしまった。これ以上は海賊達がやってきて、今度こそケルメスを攫ってしまう。
それだけは阻止せねば……。
ニハルは涙を堪えるように天を見上げ、ゆっくりと背中の大剣を翳したのだった。
* * *
どれだけ時が経ったのか分からない。
空からやたらと大勢の威勢が聞こえて、ケルメスはうっすらと瞼を上げた。
――――っ? ――――ッッ!? 生きてる!?
自分が殺されていないのか、それとも残像として蘇ったのか分からず、ケルメスは周りを見回して自分の腹や腕の感触を確かめた。肌も温かく柔らかい。という事は、自分はまだ生きているという事だ。
気づけば、自分は雪車に寝かされている。ニハルの白いローブを羽織らされ、小さな屋根が目隠しになってその中で眠っていた様だ。
前には雪犬達が真っ直ぐ北の方角へ走っている。
いや、なぜ北の方角と分かった? ケルメスは景色を見回してとある異変に気付いた。
死の雪山と言われる所以である外の猛吹雪が止んでいる。ケルメスはその為にごく自然に空を見上げ、天に瞬くオリオン座を見て方角を判断したのだ。
――――まさか!?
何かに気付いたケルメスは、腕の力だけで屋根の外へ顔を出し、後方の景色を確認した。
雪山は拳大ほどの大きさになって遠ざかっていた。その白い山の頭上では無数の黒い点が勢いよく飛び交っている。
その中で一際金色に輝く、一点の光が縦横無尽に羽ばき黒い点達と合戦えていた。
――あの光は、ニハルだ!!
ニハルは三等星の守護星ニーバールの力を借り、一際大きく強く光り輝いている。
黒い点に見える海賊達を幾ども薙ぎ払い、地に陥れている。
しかしよく見れば、海賊達に立ち向かっているのは大きな光一つだけであった。
つまり、無数の海賊に対し、ニハルがたった一人で立ち向かっているのである。
――そんな……! ニハルは騎士団長とはいえ、何十何百人相手に独りで戦っているなんて自殺行為だ……!
だからか。ニハルが一瞬悲しみに打ちひしがれる瞳をしたのは、初めからこの戦況を覚悟していたというわけか。
ニハルは自分の命に代えてもケルメスを逃し、生きて欲しかった。あの時の必死な言葉は、この為にあったのだ。
全てはケルメスを助ける為の優しさだった。
剣を突き立てた時の充血した瞳、あれはニハルの別れの涙であった。
ニハルが残したローブに身を包み、ケルメスはうずくまって号泣した。
ほんのり温もりが残っている。ローブの首元は、微かだが自分とは違う匂いがついている。
既に懐かしい。これはニハルの匂いだ。少し汗ばんだ匂いが愛おしく、まるで未だすぐ側に居るような錯覚に陥る。
――ニハル……!! 逢いたい……逢いたい……!
だがその時、空に瞬く巨大な星から全世界を覆う程の閃光が一瞬だけ光差し、直後に凄まじい衝撃波と大爆発の轟音が鳴り響いた。
――――なにっ!?
雪犬達もその威力に怯んで走りを止め、大爆発の方角を見つめて即座にうずくまる。
――ま、まさか。
ケルメスは青い顔で屋根から這い出し、雪山にあるはずの光と、頭上に瞬く守護星ニーバールの存在を探した。
――見当たらない……!!
雪山の上を飛んでいた筈の金色の大きな光が無くなっている。それに守護星ニーバールが位置していた空に、大きな星雲と白く小さな星骸が残っている。つまり、ニハルの命が絶え、その核と連動する守護星も超新星爆発を起こして死に向かったという証だった。
――そんな……そんな……!! ニハルゥゥゥ!!
指先ほどまで小さくなった雪山では、もはや海賊達の黒い点も小さすぎて目視できない。だが多勢に対したった一人の戦いだ。勝ち目など、最初から無いに等しかった。
――――お願い……死なないでぇ……!!
ニハルが死んでしまったのか……海賊から私を護る為に……私のせいで死んでしまったのか……。
ケルメスは絶望して立ちすくみ、国境の壁門が見え始めた所で雪車から転げ落ちた。
雪車が突然軽くなり、新たな主人を失った雪犬達が異変を感じて雪原にうずくまるケルメスへと駆け寄る。
雪犬達が「起きて!」「乗って!」とキャンキャン吠えている。しかしケルメスは身を投げ出したまま横に首を振り、優しい眼差しで四頭の犬達の頭をそれぞれ撫でてあげた。
――ごめんね、雪犬達。君たちはこのまま国境へ行って、誰かの助けになっておくれ……。私は……もう……いいんだ……。
リーダー犬のお尻を一度だけ「パン!」と強く叩き、行きなさいと視線で指示をした。
雪犬達は最初こそ戸惑っていたが、ケルメスの笑顔を見届けると、そのまま後ろ髪を引かれるように再び雪車を引いて国境へと走っていった。
――これでいい。これでいいんだ。
ケルメスが転げ落ちた雪原の先に、巨大な氷の亀裂がある。彼は腕と膝の力だけでズリ動き、その亀裂へジリジリと歩み寄っていった。
やはりニハルは、死を覚悟しての最後の逢瀬だった。先ほどの大爆発でニハルが死んだのだと嫌でも理解してしまった。愛した人は自分に生きて欲しいと懇願したが、自分のせいで愛する人を失って、その傷を負ったままどうやって生きる事が出来るのか。
あなたが好きだから、心の奥底から愛していたから、洞窟に閉じ込められようが蔓に手首を縛られようが、ずっと恋焦がれて待っていられた。
そしてどんなに時間が経とうとも、必ずあなたはこの死の地へ逢いにきてくれた。
それがずっと続くと思っていたのに……。刺客に追われない、愛する人との時間を約束できる。それだけで十分幸せだと思っていたのに……。
――ニハル、ごめんね。最後だけあなたに反抗させて……。
自分が死ねば、この国が海賊から狙われる理由もなくなる。この国も民も心安らぐ時が訪れるだろう。
今までは手首を繋がれてそれすらもニハルに許して貰えなかったが、今は違う。
ケルメスはようやく亀裂に辿り着いて淵へ手を掛けると、そのまま腕を引いて闇が待ち受けるクレバスの底へ身を投げたのであった。
――天上で再会したら、ニハルは驚いて怒るだろうか。それとも、ずっと一緒に居られると喜んで逞しい胸元の中に包んでくれるだろうか。
ずっと言えなかった事がある。
もし再び会えたなら、今度こそ、必ず、自分の脚で側へ駆け寄ろう。そして一日に何度も、聞き飽きても尚、自分の声でこう伝えるのだ。
「ニハルを心の底から愛しています。ずっと、あなたの側に居させてください……」――と。
ケルメスの守護星『深紅の星』の最期は、三等星ニーバールの超新星爆発とは違ってとても静かなものだった。
深紅の星が核を失うと、やがて燃え尽きて赤黒くなり、墨のような漆黒の星に移り変わっていった。
深紅の星にしか与えられない終末期、『黒色矮星』だ。黒色となった星骸は光を失ってもそのまま永遠に残り、ケルメスの思念も同じ様に漂い続ける。
思念はニハル会いたさに彼の姿を探し続けるだろう。しかし現実はとても非情で、その想いが報われる事など有りはしない。
永い永い年月を経た思念は、やがて寂しさを埋める為に思い出の地へ集まっていく。いつしかその場所にひっそりと紅い星の華を咲かせ、過去の思い出に浸りながら、想いビトとの逢瀬を待ち続けるのであった。
ニハルの腕の中で細い体が魚のように飛び跳ねる。ニハルもその反応に雄の潮流が漲り、しゃぶられる宮を容赦なく揺さぶる。ケルメスはこれ以上ない絶頂を感じ取り、視界は光に満ちてもがく様に天を仰いだ。
――イクッ!! イクゥッ!! ――――ンァァァァァアア!!
「奥宮がまたジュウジュウ吸い付いて……!! 俺の精を存分に飲み込め!!」
二人のうねる腰が最速となった瞬間、腹の奥でビュルビュルと愛液を出されているのを感じた。それと同時に絶頂から意識を解き放ち、ケルメスは悦びの叫びを上げた。
その叫びと共に、握っていたケルメスの塔から噴水のように水が噴き上がる。
精水だ。最高の絶頂の先にある幸せの扉を開いた者にしか、その精水は噴き上げられない。そしてこの精水は生命力の純度が非常に高く、浴びた者の肌に即座に浸透し活力の源となっていく。
「ケルメス……!! こんなに悦んでいるとは!! あぁ、精水で身体が熱くなる……力が漲っていく……!!」
ケルメスの精水を浴びるたび、ニハルの濡れた肌がすぐに蒸発して雄の笑みを浮かべていた。
最早ケルメスの蜜壺はタガが外れ、少しでも扱かれ揺さぶられれば、即座に絶頂へと意識を飛ばされる。
ケルメスの表情は虚な目で焦点が合っていない。涎も垂れて身体の力も失われてニハルの腕だけで支えられている。しかし自身の塔を扱く右手だけはしっかりと握り、素早く上下に動かして何度も精水を噴かせている。
――もう、だめ……。だめぇぇ……。イき過ぎて身体が跳ぶ。頭が跳ぶ……。こんなに気持ち良くて光に包まれる感覚……死んでも忘れない……。
彼は深く深く絶頂し、天を仰いで恍惚な叫び声を上げた。そのまま蜜壺内の太い塔を千切れる程強く締め付けると、体内に出される精液を感じて後ろに倒れ込んでしまった。
「っぐ! ――おっと!! ケルメス……? もしや絶頂し過ぎて意識を飛ばしたか……?」
ぐったりと倒れたケルメスの蕾は、未だキュウキュウと塔を締め付け粘膜をうねらせている。それをニハルが静かに揺さぶりながら少しずつ抜き出し、白い精と粘液に塗れた塔を引き抜けば、ドロリと愛合部から大量の精液が漏れ出した。
「ハァハァ……貴方もだが、俺も何度絶頂したか。最期に相応しい最高の、いやそれ以上の天にも昇るような愛慈だった……」
気付けば、ニハルは自身の汗とケルメスの精水で滝を浴びた様に濡れていた。今まで身体が火照っていたものが、途端にひんやりと冷たい風が身体を撫でる。
それほどまでに二人で愛おしさを交わしたのだ。それがこの寒さで焦がれた時間も終わってしまったのだと静かに伝えてくる。
ニハルは同じく絶頂で汗に濡れたケルメスを、ゆっくり大事にそうに抱えて厚手のローブの上に寝かせてあげた。そして清潔な白い布を取り出し、丁寧に汚れた汗や精を拭う。
「……。やはり貴方は美しい。どれだけ見つめていても永遠に飽きないだろう」
そう呟く彼の瞳は、微かに赤みがかっていた。
瑞々しい白い肌に、まだ絶頂の火照りが消えていない。地面に広がる紅い髪が火照る肌と相まって艶めかしく、思わず透明な氷の中に閉じ込めてしまいたくなる。
そんな想いで心が締め付けられながら、ニハルの端正な顔が歪み、緑の瞳が悲しみの色を含んだ。
もう時は来てしまった。これ以上は海賊達がやってきて、今度こそケルメスを攫ってしまう。
それだけは阻止せねば……。
ニハルは涙を堪えるように天を見上げ、ゆっくりと背中の大剣を翳したのだった。
* * *
どれだけ時が経ったのか分からない。
空からやたらと大勢の威勢が聞こえて、ケルメスはうっすらと瞼を上げた。
――――っ? ――――ッッ!? 生きてる!?
自分が殺されていないのか、それとも残像として蘇ったのか分からず、ケルメスは周りを見回して自分の腹や腕の感触を確かめた。肌も温かく柔らかい。という事は、自分はまだ生きているという事だ。
気づけば、自分は雪車に寝かされている。ニハルの白いローブを羽織らされ、小さな屋根が目隠しになってその中で眠っていた様だ。
前には雪犬達が真っ直ぐ北の方角へ走っている。
いや、なぜ北の方角と分かった? ケルメスは景色を見回してとある異変に気付いた。
死の雪山と言われる所以である外の猛吹雪が止んでいる。ケルメスはその為にごく自然に空を見上げ、天に瞬くオリオン座を見て方角を判断したのだ。
――――まさか!?
何かに気付いたケルメスは、腕の力だけで屋根の外へ顔を出し、後方の景色を確認した。
雪山は拳大ほどの大きさになって遠ざかっていた。その白い山の頭上では無数の黒い点が勢いよく飛び交っている。
その中で一際金色に輝く、一点の光が縦横無尽に羽ばき黒い点達と合戦えていた。
――あの光は、ニハルだ!!
ニハルは三等星の守護星ニーバールの力を借り、一際大きく強く光り輝いている。
黒い点に見える海賊達を幾ども薙ぎ払い、地に陥れている。
しかしよく見れば、海賊達に立ち向かっているのは大きな光一つだけであった。
つまり、無数の海賊に対し、ニハルがたった一人で立ち向かっているのである。
――そんな……! ニハルは騎士団長とはいえ、何十何百人相手に独りで戦っているなんて自殺行為だ……!
だからか。ニハルが一瞬悲しみに打ちひしがれる瞳をしたのは、初めからこの戦況を覚悟していたというわけか。
ニハルは自分の命に代えてもケルメスを逃し、生きて欲しかった。あの時の必死な言葉は、この為にあったのだ。
全てはケルメスを助ける為の優しさだった。
剣を突き立てた時の充血した瞳、あれはニハルの別れの涙であった。
ニハルが残したローブに身を包み、ケルメスはうずくまって号泣した。
ほんのり温もりが残っている。ローブの首元は、微かだが自分とは違う匂いがついている。
既に懐かしい。これはニハルの匂いだ。少し汗ばんだ匂いが愛おしく、まるで未だすぐ側に居るような錯覚に陥る。
――ニハル……!! 逢いたい……逢いたい……!
だがその時、空に瞬く巨大な星から全世界を覆う程の閃光が一瞬だけ光差し、直後に凄まじい衝撃波と大爆発の轟音が鳴り響いた。
――――なにっ!?
雪犬達もその威力に怯んで走りを止め、大爆発の方角を見つめて即座にうずくまる。
――ま、まさか。
ケルメスは青い顔で屋根から這い出し、雪山にあるはずの光と、頭上に瞬く守護星ニーバールの存在を探した。
――見当たらない……!!
雪山の上を飛んでいた筈の金色の大きな光が無くなっている。それに守護星ニーバールが位置していた空に、大きな星雲と白く小さな星骸が残っている。つまり、ニハルの命が絶え、その核と連動する守護星も超新星爆発を起こして死に向かったという証だった。
――そんな……そんな……!! ニハルゥゥゥ!!
指先ほどまで小さくなった雪山では、もはや海賊達の黒い点も小さすぎて目視できない。だが多勢に対したった一人の戦いだ。勝ち目など、最初から無いに等しかった。
――――お願い……死なないでぇ……!!
ニハルが死んでしまったのか……海賊から私を護る為に……私のせいで死んでしまったのか……。
ケルメスは絶望して立ちすくみ、国境の壁門が見え始めた所で雪車から転げ落ちた。
雪車が突然軽くなり、新たな主人を失った雪犬達が異変を感じて雪原にうずくまるケルメスへと駆け寄る。
雪犬達が「起きて!」「乗って!」とキャンキャン吠えている。しかしケルメスは身を投げ出したまま横に首を振り、優しい眼差しで四頭の犬達の頭をそれぞれ撫でてあげた。
――ごめんね、雪犬達。君たちはこのまま国境へ行って、誰かの助けになっておくれ……。私は……もう……いいんだ……。
リーダー犬のお尻を一度だけ「パン!」と強く叩き、行きなさいと視線で指示をした。
雪犬達は最初こそ戸惑っていたが、ケルメスの笑顔を見届けると、そのまま後ろ髪を引かれるように再び雪車を引いて国境へと走っていった。
――これでいい。これでいいんだ。
ケルメスが転げ落ちた雪原の先に、巨大な氷の亀裂がある。彼は腕と膝の力だけでズリ動き、その亀裂へジリジリと歩み寄っていった。
やはりニハルは、死を覚悟しての最後の逢瀬だった。先ほどの大爆発でニハルが死んだのだと嫌でも理解してしまった。愛した人は自分に生きて欲しいと懇願したが、自分のせいで愛する人を失って、その傷を負ったままどうやって生きる事が出来るのか。
あなたが好きだから、心の奥底から愛していたから、洞窟に閉じ込められようが蔓に手首を縛られようが、ずっと恋焦がれて待っていられた。
そしてどんなに時間が経とうとも、必ずあなたはこの死の地へ逢いにきてくれた。
それがずっと続くと思っていたのに……。刺客に追われない、愛する人との時間を約束できる。それだけで十分幸せだと思っていたのに……。
――ニハル、ごめんね。最後だけあなたに反抗させて……。
自分が死ねば、この国が海賊から狙われる理由もなくなる。この国も民も心安らぐ時が訪れるだろう。
今までは手首を繋がれてそれすらもニハルに許して貰えなかったが、今は違う。
ケルメスはようやく亀裂に辿り着いて淵へ手を掛けると、そのまま腕を引いて闇が待ち受けるクレバスの底へ身を投げたのであった。
――天上で再会したら、ニハルは驚いて怒るだろうか。それとも、ずっと一緒に居られると喜んで逞しい胸元の中に包んでくれるだろうか。
ずっと言えなかった事がある。
もし再び会えたなら、今度こそ、必ず、自分の脚で側へ駆け寄ろう。そして一日に何度も、聞き飽きても尚、自分の声でこう伝えるのだ。
「ニハルを心の底から愛しています。ずっと、あなたの側に居させてください……」――と。
ケルメスの守護星『深紅の星』の最期は、三等星ニーバールの超新星爆発とは違ってとても静かなものだった。
深紅の星が核を失うと、やがて燃え尽きて赤黒くなり、墨のような漆黒の星に移り変わっていった。
深紅の星にしか与えられない終末期、『黒色矮星』だ。黒色となった星骸は光を失ってもそのまま永遠に残り、ケルメスの思念も同じ様に漂い続ける。
思念はニハル会いたさに彼の姿を探し続けるだろう。しかし現実はとても非情で、その想いが報われる事など有りはしない。
永い永い年月を経た思念は、やがて寂しさを埋める為に思い出の地へ集まっていく。いつしかその場所にひっそりと紅い星の華を咲かせ、過去の思い出に浸りながら、想いビトとの逢瀬を待ち続けるのであった。
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