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 もしかしたら俺は一生この世界から抜け出せないのかもしれない。
 衝撃の情報を得て、俺は一時頭が真っ白になってしまった。ここ数日色々ありすぎて今まであえて後ろ向きなことを考えないようにしていたけど……これはダメだ。

 順応してるように見えたかもしれないけど、俺だって本当は不安なんだよ。

 何の説明もなく、ただ返事をしただけの俺を異世界へ放り込んで音信不通の創造神ユーミル。彼女が生み出した世界は現代日本で生まれ育った俺には厳しい世界だ。今は王宮に置いてもらえているから衣食住恵まれているが、そうじゃなければ右も左もわからないこの世界で生きていけるとは思えない。急激に何もかもが恐ろしくなって、その後自分が何を言って何をしたのか記憶が曖昧だ。シグルドやアトラ君が何か声をかけてくれていた気がするがそれもはっきりとは覚えていない。
 気がつくとすでに夜は更け、俺は自室のベッドの上で大の字になって転がっていた。

「俺、だって」

 ぼんやりと見るでもなくアラベスク柄の天井を見てぽつりと呟く。

「俺だって親とか友達とか会社とか、大事なもの色々あるんだけどな……」

 普通、求められることをこなせば帰してもらえると思うだろ?それがもしかしたら、願い通り世界の危機を回避しても帰れないかもしれないなんて。
 何度でも言うが女神は俺に何の説明もしていない。ただ『私の世界を救ってくれ』と言っただけ。加護やスキル、ステータス表示やアイテムの売買と、この世界で必要なものは与えてくれたのかもしれない。でも肝心のところは丸投げのまま。
 そんな無責任な話があるか?全て納得して来たならまだしも、この状態で一生ここで暮らすなんて受け入れられるわけがない。

「帰れない……?そんな馬鹿な話があるかよ。そんな身勝手なこと、許されてたまるか」

 なんか、考えてたらだんだん腹が立ってきた。
 こんなの誘拐のうえ異世界に監禁の強制労働だ!責任者!ちゃんと説明責任果たさんかい!
 俺はその勢いのままベッドから跳ね起きて応接テーブルに置きっぱなしの異界人に関する資料を手に取った。一度目を通したものだがもう一度隅々まで読み返す。何かヒントはないだろうか、例えば女神との交信の仕方とか。

「あ……ヤカ国の異界人はまだ生きてるのか。頼めば話を聞かせてくれるかも!」

 資料を読みながら、ヤカ国の異界人に没年がないことに気付いて希望を抱く。記録では彼はドラゴンの災いを防いだ後、ヤカ国の田舎に土地を貰って第二の人生を農家として生きているらしい。流行りのスローライフかな?

「よし、手紙を書こう」

 善は急げと早速ヤカ国の異界人に手紙を認める。
 相手が日本人とは限らないし、と書き出しに悩んだが、書き始めてみると何故かこの国の言語で書くことができた。読み書きに関して困らないのは正直ありがたい。完成したら後でシグルドにチェックしてもらおう。

 俺も女神ユーミルに召喚されたこと。西暦何年生まれなのか。LoDという言葉を知っているか。回避したドラゴンの災害について。女神との交信はどうしていたのか。何故元の世界に戻らなかったのか、あるいは戻れなかったのか。何もわからない状態だからアドバイスがほしいこと。書きたいこと、聞きたいことがありすぎる。

 俺は混乱する頭の中を整理するように手紙を書き綴る。
 ここは俺が住んでいた場所と違って夜は本当に物音ひとつしない。カリカリとペンが紙を滑る音だけが響く静かな空間で俺は手紙に想いを込める。少し時間はかかったが、書き終える頃には少し頭がスッキリして気持ちも落ち着いていた。

「この状況でネガティブに寄るとドツボにハマるに決まってるもんな。今はできることを一つずつこなしていこう」

 書き上げた手紙を封筒に大切にしまい、願いを込めてそっと撫でる。

 今、不安や恐怖に足を掴まれたらきっと俺は動けなくなる。でも立ち止まるような時間はない。
 俺の目標は可能な限り早くエンプリオの復活を阻止し、五体満足で生き残ること。帰還の件はその後ゆっくり考えても遅くない。
 ひとまず当初の予定通り進むことを決意したところで、俺を起こすべく部屋を訪れたアトラ君がドアを叩く音が響いた。
 窓の外はすでに明るい。どうやら徹夜してしまったみたいだ。

「はーい、どうぞー」
「起きてらっしゃったんですね、おはようございま……?!オークラ様、酷いお顔の色です!」
「え?そう?」
「まさか寝てなかったんですか?あぁ、昨日のことが尾を引いて……お労しい……とにかくまずはベッドで休んでください。さあさあ!」
「え?え?そんなに?」
「そんなにです!」

 翌日の俺の顔色はどうやら最悪だったようで、一目見たアトラ君に半ば強引にベッドに寝かされる。話を聞いた鬼教官シグルドも流石に気を使って丸一日休みにしてくれた。
 そんな彼に徹夜で書いた手紙を渡してベッドに寝転がった俺。一仕事終えたらようやく眠くなってきた。

「三十過ぎたら徹夜はやっぱキツいかぁ……ふぁあ」

 やっぱり十代の頃とは違うなぁと実感しながら緊張が解けた俺は睡魔に誘われ眠りの世界へ。
 俺はそこから健やかに半日寝た。起きたらたらふく飯を食って、心配そうな顔をしている二人を前にからから笑った。
「お前は繊細なのか図太いのかよくわからんな」とは後日話を聞いたアルフォンス談。まあ昔から切り替え早い方なんで、俺。

 それと、今回の件で心に決めたことがひとつある。

 女神とコンタクトが取れたらまず殴ろう。相手が神様とか関係ない。俺の不安を理解するまで何時間でも語り尽くしてやる。覚悟しろよユーミル!
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