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「んん?何だその格好は。もしかして嫌だったか?」
「殿下、ハグはやり過ぎだったのでは」
「ありゃ、そうか。そりゃ悪いことしたなぁ」

 推しの笑顔と優しさは心の栄養。ご馳走様ですありがたやと思わず拝んでいるとアルフォンスは俺のポーズに首を傾げた。しかもシグルドに咎められて罪悪感まで抱いている。
 そうか、ここはナルグァルド。異世界では合掌して拝む意味は伝わらないか。ハッとした俺は慌てて首を横に振った。

「とんでもない!これは俺たちのコミュニティにおける祈りとか感謝のポーズです!溢れる感謝の気持ちが俺をこうさせています」

 ざっくり説明して俺は再び顔の前で合掌してみせる。それを見てアルフォンスとシグルドは奇妙なものを見るような目で顔を見合わせていた。

「感謝?いや感謝してるのはこっちだったんだが」
「その感謝してくれることを感謝しています」
「ははっ、なんだそれ」
「意味がわかりません」

 たぶん、理解し難いことを言っているであろう俺にアルフォンスが笑う。呆れたような、でも面白がるような笑いだが別に嫌な気はしない。推しが俺のことで笑っている。そのことに俺の心臓はまたキュンとなって、それがまるで新しい扉をノックしている音のようだ。

 でも多分それ、安易に触っちゃならないおデリケートな心の扉のような気がするなぁ~、俺。心臓よ静まりたまえ。

「まあいいや。それで、その頑張り屋のオークラにはこの先もっと頑張ってもらわなきゃならないわけだが……」
「覚悟はしてます」
「うん、ありがとう。なら早速準備しないとな。シグルド」
「手配は進めております。敵の本拠地に乗り込むようなものですからね。オークラ様には彼らに怪しまれない最低限の知識、自衛の手段を身に付けていただかないと」

 アルフォンスの言葉を受けてシグルドがさらりと答え、それに俺も頷く。確かに異世界3日目で右も左もわからない俺には準備が必要だ。俺ははい、と授業よろしく手を挙げた。

「それはつまり具体的には?」
「はい。オークラ様には早急に我が国の標準教育と護身術の訓練を受けていただくことになります」
「最低限必要なのは下級貴族と王宮官吏に必要な知識と振る舞い、低級の魔物が捌ける武術に緊急時の対人護身・戦闘術だな。本来なら幼少期から最低十年はかけて身に付けるものだが今回はそうも言っていられん。詰め込み教育は覚悟してくれ」
「おぉ……」

 思った以上に盛り沢山の内容に目を剥いて二人を見る。が、冗談ではないようで揃って大真面目な顔で頷いていた。
 俺、大丈夫かな。勉強なんて大学以来だし、運動は高校の頃に野球と、今はジムでちょっとした筋トレくらいしかしてないんだけど……

「任せておけ、ド短期でも身につくように最高の教師を連れてきてやる。俺も教わった信頼の置ける人物だ」
「護身術についてはお任せを。騎士である私がみっちり訓練させていただきますよ」

 不安が顔に出ていたのか二人は安心しろと力強い笑みを向けてくれる。しかし、これはこれで不安が募る言葉である。
 これ絶対スパルタじゃん。王室の家庭教師と王宮騎士の剣術指南なんて考えなくてもスパルタ待った無しじゃん!三十路男に何やらせんのよぉ!

「合間にスキルの訓練もしましょうね。あなたのスキルはいざという時必ず役に立つでしょうから」
「あう」

 その上スキルの訓練まで!いやマジでやること多くない?いつまでに?1、2ヶ月?それ本気で言ってる?あそう。
 などと思っても必要なのは間違いない。言い出しっぺは俺。二人は俺が生き残るために最善を考えてくれたに過ぎない。それでも治らない嫌な予感に頬を引き攣らせながら、俺は何とか笑顔を見せた。

「な、なるほどぉ~……がんばりまぁ~す」

 そうして挑んだ研究所立ち入り検査までの日々。それは俺が考えていた以上に過酷で、過酷で、それでいて過酷な地獄の日々だった。
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