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「うう、王様に会うなんて今から緊張で吐きそう……」
「まあまあ、気をしっかり持って。悪いようにはしませんから」

 無意識に胃のあたりを撫でているとシグルドが慰めるように肩を叩く。申し訳ないが全く安心できない。

「今から緊張してたら身が持たんぞ~。もっと気楽に考えていいから、今日のところはしっかり飯を食ってゆっくり寝て英気を養ってくれ」
「そんな!無理ですよ。何度も言いますけど俺はただの一般人で、王様に会うなんて一生に一度もないくらいなんですから!」
「はあ、今まさに王太子殿下と相対しているとは思えない発言ですね」
「あっ!」

 そう言えばそうだった!アルフォンスだって未来の国王様じゃん!推しと話すっていう別次元の緊張のせいで全く気にしてなかったわ。もしかして俺の今の発言、不敬罪とかそういうのになるのでは。恐る恐るアルフォンスの顔を見たら溢れ出る高貴な王子様オーラに気付いてまた胃がキリキリしてきた。

「うっ、ヤダ意識したらすげえ緊張してきた……」
「何だそりゃ!」

 アルフォンスの顔を見て胃のあたりを押さえた俺にアルフォンスは大口を開けて笑う。

「どのみちしばらくは王宮で生活してもらうからな。付き合う人間も生活もまるで違うと思うが、追々慣れていってくれ」
「はい……努力します」

 明るく笑うアルフォンスにそう力なく答えたところでマルクスさんが夕食の時間だと声をかけてきた。
 案内された食堂はやはり広い。真っ白なクロスと銀の燭台や花が置かれた大きなテーブルに6脚、ゆったりと余裕を持った間隔で置かれている。
 今回はシグルドも同席を許されていたようで三人でテーブルに着き、並べられた食事に舌鼓を打った。

 ナルグァルドでの食事は日本の旅館に似た給仕のようだ。予めいくつかの料理がテーブルに並べられ、温度が大事なものや直前の調理が必要なものはその都度追加される。食材に関しては肉も野菜も初めて見る物ばかりだったが、見た目はどことなく北欧の料理っぽい雰囲気だ。
 新鮮な生野菜のサラダに魚のムニエル、ミートボール、クリーム系のスープ。パンはちょっと黒くてライ麦パンに似ている。漂う芳しい香りと空腹に負けて恐る恐る口にしたが、食べたことのない味わいがありつつどれもこれも美味かった。

 ちなみにアルフォンスは食事中赤ワインのような色をした酒を飲んでいた。薦められたし正直めちゃくちゃ気になったが、異世界に来ていきなり酔っぱらうのが怖すぎて丁重に辞退する。推しからの誘いを断るのは非常に心苦しかったが仕方がない。

「全部凄くおいしかったです。ご馳走様でした」
「おう、そりゃよかった」

 異世界とかを抜きにしても、食べ物が口に合うかは生活するうえでかなり重要だと思う。その点は何の問題もなさそうで俺は胸を撫で下ろした。

「それじゃあ今日のところはここでお開きといこうか。オークラ、朝は侍女が起こしに行くまで寝てていいからな。ゆっくり体を休めてくれ」

 アルフォンスのその言葉を締めに晩餐はお開きとなり、まだ何か打ち合わせをするという二人を置いて先に部屋に帰らせてもらう。

「オークラ様、何か御用がありましたらいつでもお呼びください。お休みなさいませ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」

 案内してくれた侍女を見送って再び訪れる独りの時間。豪華で広くてきれいで、俺が普段過ごしている部屋とはまるで違う空間。独りになった瞬間ずっしりと体が重くなった気がして、俺はふらふらとベッドルームのドアを開けて広いベッドに向かってうつ伏せに倒れ込んだ。
 そしてすう、と息を深く吸い込んで。

「ああ~疲れた!飯は美味いし部屋はゴージャスで周りはいい人ばっかりだけど!疲れた!もう本当わけわからん!推しがいなかったら泣いてたぞこんちくしょうめ!夢ならいい加減覚めてくれ!」

 俺は目一杯叫んだ。

 誰にも言えない胸のうちがベッドに吸い込まれていく。
 なんだかんだと流されるまま来てしまったが気持ちが全くついて行かない。上がったり下がったり自分でも混乱するくらいに情緒が不安定だ。

 俺があの時軽率にいいよと答えなければ、俺は今日一日コスプレとイベントを楽しんでいたのだろうか。疲労感に包まれながらも心は満たされて、楽しかったという記憶と共にベッドに入ることができていたのだろうか。訪れるのは後悔ばかりだ。

「30超えた男に急な環境変化は正直キツイって……異世界転移なんてファンタジーに対応できるの、20代が限界……でしょ……」

 信じられないくらい肌触りがよくてスプリングの効いたベッドは疲れ切った俺の体を圧倒的な包容力で優しく包み込む。

 その柔らかさに身を委ね、俺はここにきて初めて完全に意識を手放した。

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