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 一気に場は静まり返り、俺の荒い息遣いだけが聞こえる。どうやらあの一瞬で勝負は決したらしい。俺は恐る恐る地面からちょっとだけ顔を上げると、目と鼻の先に皮のブーツと倒れ伏したイビルボアが見えた。
 き、危機一髪……本当に危なかったんだな俺。

 俺はなるべくイビルボアの死骸を見ないように視線を上に上げる。血とかなるべく見たくないもん。それに、助けてくれた剣士っぽい人の様子も確認したかった。
 助けてくれたお礼も言わなきゃならないし、ここがどこかも聞きたい。俺はあまりの恐怖にすっかりここが夢だという結論を忘れ去っていた。

 なんとか仰向けになってから地面に座り込む。そうして改めて見た俺の命の恩人はどうやら男のようだった。
 深い紺色の軍服っぽいものを着ていて、腰に無骨な長剣履いている。足が長くてはちゃめちゃにスタイルがいい。紫紺の長い髪を低い位置で一つに束ねている。目鼻立ちのくっきりとした西洋人風の顔立ちで、瞳の色は紺碧色。ちょっとキツそうな目元をしているが、男の俺から見てもびっくりするくらいの男前。

 ん?待てよこの顔どっかで……

 男前の顔にどこか既視感を覚えていると、イビルボアの死を確認していた男前は徐に振り返る。そして未だ地面と仲良しこよしを続けている俺を見下ろして呆れたような声をあげた。

「全く、どこへ行ったのかと思ったらこんな所で油を売って……しかもなんです?イビルボア如きに追いかけ回されるなんてあなたらしくもない」
「へ……?」

 何、この人俺のこと知ってるの?確かに俺もなんか見たことある顔だな、とは思ってるけどその程度だ。まるで俺を以前から知っているように話しかけられて俺は頭の中がはてなでいっぱいだった。

「何をしに外へ出たのか知りませんけど、さっさと帰りますよ。政務は山ほどあるんですからね」

 俺の混乱を他所に目の前の男前は淡々と話しを進めている。完全に俺を誰かと勘違いしている。勘違いした上でどこかへ連れて行こうとしているようだ。これは早急に誤解を解かないといけないと、俺は小鹿のようにプルプル足を震わせながらなんとか立ち上がった。
 男前の身長は俺と同じくらいか。視線が同じ位置にある。

「あの、助けてくれてありがとうございます。でも俺、あなたとは初めて会ったと思うんですけど」
「はぁ?」

 礼儀としてまずお礼。その後勘違いを指摘。俺にも既視感があるから初対面じゃないかもしれないが、少なくともこの男前と親しく話すような関係じゃないはずだ。勘違いされたままホイホイついて行って後で騙されたとか言われたら溜まったもんじゃないからな。トラブルの元は早めに対処。これ社会人の鉄則。

 しかし、俺の反応を見た男前は勘違いに気づくどころか不快そうに顔を顰めて見せた。

「何をおっしゃっているんですか?殿下。そんなバカなことを言っても政務は減りませんよ」

 渋面を浮かべた男前はそう言う。おいおい男前は顰め面も男前だなって待って今なんて言った?

「で、殿下?殿下って王子様とかそういう系の?俺が?」
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてません!人違いです!俺はただの一般人!その辺のサラリーマンです!」

 目をひん剥いて問いかければ凍りつくような冷たい声が返ってくる。えっ、めっちゃ怒ってる。俺がしらばっくれてるその王子様とやらに見えてんの?!
 俺は何とか誤解を解こうと必死になるが、男前の顔は変わらない。むしろどんどん剣呑な空気を醸してくる。

「俺、気が付いたらここにいて。ここがどこだかも知らなくて。だからあなたの言う殿下では絶対にないです!」
「殿下ではない……?」
「はい。人違いです……」

 まだまだ疑惑の眼差しではあるが、ほんの少し相手の空気が弛む。多分相手の知っている殿下とやらとまるで違う行動をしているんだろう。別人だから当然だ。
 誤解を解いて、その上で助けてもらえないだろうか。でも別人なら知らねーって放置されるかな。できれば人里まで付き添ってもらいたい。右も左もわからない場所で独りになったら今度こそ俺は死ぬと思う。

「確かに……殿下にしては言動が奇怪だが……こんなにも同じ姿の他人がいるとは……もしや記憶が?」

 男前が腕を組んでブツブツ言っている。ええ……その王子様と俺どんだけ似てるの。
 いくら平凡を絵に描いたような顔の俺でもまるきり同じ顔の人間には会ったことないぞ。なんか俺も王子様のこと気になって来ちゃったじゃん。
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