贄の神子と月明かりの神様

木島

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変調の兆し

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「すばる、話がある」
「?あい」

 朝まで酒盛りをしてすばるに呆れられたその日の午後、皓月はすばるを部屋に呼んだ。
 二人膝を突き合わせて座り、皓月は険しい表情ですばるを見つめる。常にない彼の表情に何を言われるのかとすばるはどきどきしながら同じように皓月を見ていた。

 そのまましばし無言の時間が続く。

「ええと、あの……?」
「今から話すことは、あまりいい話ではない。が、お前が知りたかったことでもある……と思う」

 たまらず声をかけると同時に口を開いた皓月。その深刻な表情に自然とすばるの背筋は伸びた。

 皓月は昨夜蛍たちと話し合ったことを包み隠さずすばるに告げた。
 病神の反乱、そしてそれに伴う病の増加。浄化の神と精霊が幽世に向かったことで現世が荒れ、病がこれからも増えていくであろうこと。淡々と告げる皓月の言葉をすばるも静かに聞いていた。

「病神が現世に出ることは我々が全力で阻止する。一時お前の手を求める者は増えるだろうが、どうか今まで通りに過ごしてほしい」

 そう締めくくりすばるを見る。その目に映るすばるの表情は不思議なほど凪いでいて皓月は眉を顰めた。

「あまり驚いていないようだな」
「ええ、まあ。知っていましたから」
「は?何故知って……まさか、六花様か」

 はっとした皓月にすばるは頷く。

「あい、文で六花様に教えていただきました。少し前から、病神のことについては知っています」
「では、何故何も言わなかったのだ?」
「待ってたんです。皓月が話してくれるのを」
「待っていた?」

 すばるの意図が理解できず鸚鵡返しすることしかできない皓月。ただただ驚いている様子の皓月にすばるは苦く笑って顔を俯けた。

「皓月が僕のことを考えて今日まで言わずにいたのはわかっています。でも僕は話して欲しかった。だって僕は贄の神子で、それなりに大人で、もうただ守られてばかりの子供じゃないから」

 だから六花から病神の話を聞いてもすぐに皓月に説明を求めようとはしなかった。すばるを一人前の大人だと思ってくれているならいつかは話をしてくれるだろう。そう信じて待つことにしたのだ。
 それでも皓月のことだ、もう暫く、本当に隠しきれない状況になるまで秘密にされるかと思っていたがその日は思ったより早くやってきた。その点についてはすばるは驚いている。

 すばるは俯いたままじっと掌にある傷を見つめる。これだけではなく、衣服の下には消えずに残った傷がいくつもある。それはすばるにとっての勲章で、自分が今まで戦ってきた証だった。それを皓月も知っているはずだ。
 ぐっと強く拳を握る。

「この力はかつて神と共に戦うために授かった力。僕はその血を継ぐ神子。その志もまた継いでいると思っています。ならこの非常時にいつも通りなんて無理に決まってる。僕は皓月に宝物みたいに守られていたいわけじゃない。神と共に戦う神子として、皓月たちと一緒に戦いたいんです」
「すばる……」

 顔を上げたすばるの星空の瞳は固い決意に彩られていた。一切の揺らぎのないその瞳に見つめられて皓月は言葉を詰まらせる。

 年齢だけを見れば齢千年を超える皓月にとって十八のすばるは赤子同然。男として彼を愛しているのだと自覚した後も、どこか彼を子供だと思っている自分がいた。守るのは自分で、戦う力のない彼は後ろで守られていてくれればいい。そう思っていたことを本人に指摘されて皓月は己を恥じた。
 戦う力がないなどとんでもない。すばるは初めからずっと全力で戦っていた。

「皓月からすれば人間の僕はまだまだ頼りないと思います。でもあなたの力になりたいんです。このまま無知な子供でなんかいたくないんです」

 改めてすばるの姿を見れば、今まで自分は何を見てきたのかと我が目を疑ってしまう。
 蛍とそう変わらない背丈、流麗な顔立ちに強い決意を込めた瞳。自分の足で立ち、自分の意思で贄の神子として歩み続けている彼のどこが守られるだけの子供だと言うのだろうか。

「これは分不相応な、我が儘な願いですか?」

 怯むことなく見てくる直向きな視線は強く輝いている。
 こんな風に己の意思で共に並び立ち戦うと言ってくれる彼を否定することなどどうしてできよう。皓月は首を横に振った。

「いいや。いいや。その志がただの我が儘などであるものか」

 皓月は膝を立てすばるに手を伸ばす。頬に触れて顔を上向けると、星屑の渦巻く瞳がじっと皓月を見上げた。
 すばるの言うように、彼はもう自分の意思で選び取ることができる。ずっと支え続けていた手を離す時がきたのだ。皓月は惜しむようにそっと頬を撫でて柔らかく微笑んだ。

「私も、お前可愛さに目を眩ませていたようだ。いつの間にか……こんなにも立派になっていたんだな」

 一抹の寂しさを湛えながらもすばるの成長を喜ぶ皓月。皓月もまた彼の覚悟に応えなければならないと一つ覚悟を決めた。
 真っ直ぐ見上げる目元を優しく撫でてから手を離し、再び二人向き合って座る。

「病神が誅滅されるか捕らえられるまで、まだこの状況は続くだろう。浄化の神が幽世にかかり切りの分お前に求められる負担は重くなる。それを承知で、我々の助けとなってくれるか?」
「皓月……!」

 その言葉を耳にして、すばるの星空の瞳が輝きを増す。ようやくこの声が届いたのだとすばるは何度も頷いた。

「もちろんですとも!僕は贄の神子として、皆と共に戦います」

 力強く応えるすばるに皓月もゆっくりと頷く。
 背に庇うだけでなく、これからは共に支え合い困難を乗り越える。千年前に神々と人がそうしたように。不安がないわけではないが、皓月もすばるの決意に応えたかった。
 すばるがそう決めたのなら皓月もまたやり方を変えねばならない。月光の神として少しでも現世を浄化する。そのために何をするべきか。皓月は思案を巡らせた。
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