贄の神子と月明かりの神様

木島

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変調の兆し

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 すばるたちには日常的に参拝者から様々な供物が捧げられているが、日々使う細々とした日用品は町の商人が御用聞きとして定期的に訪れるようになっている。今日はその商人が秋に使う衣類や備蓄の食べ物を持ってきたのだが、何故か九朗も一緒になって商人の荷車を押してやってきた。
 来る途中で商人の荷車と遭遇し、行先は一緒だからと手伝ったのだと言う九朗は皓月が荷下ろしを確認している隙にさっさとすばるの元へと向かう。今日のすばるは厨がある東の棟の濡れ縁に座っていた。

「ようすばる、調子はどうだ?」
「九朗?いらっしゃい。大塚屋さんかと思った。一緒に来たんですね」

 迎えたすばるは荷下ろしをしている商人たちの姿を遠目に見ながらのんびり茶を啜っている。その様子を見るに、今日は休日のようだ。

「ん?」

 ひらひらと手を振って迎えたすばるの顔には見慣れないものがついていて九朗は思わず足を止めた。
 すばるの両眼を覆うように丸く削られた木枠に透明な何かが嵌ったものが二つ並んでいる。すばるの隣に腰かけながら九朗は初めて見るそれを不思議そうに見つめた。

「どうしたんだそれ。見たことねえもん着けてんな」
「これ?眼鏡って言うんですって。緋の国の貴族の方からいただいた最新式の舶来物らしいんですけど、これをかけると目が良く見えるんです」
「目が?」
「あい。昨日からちょっと目が見えにくくて。おかしくなった目の働きをこれで補助するらしいですよ」

 見てみますか、と気軽に外して手渡された未知の道具「眼鏡」は思ったより重い。滑らかに削って黒く塗装された木の枠に二つの硝子のようなものがはめ込まれている。試しにすばるがかけていたように目元に翳してみると硝子を通した視界はぐにゃりと妙に歪み、目の奥がぎゅうと締め付けられるような不快感に襲われてほんの数秒も耐えられずに視線を逸らした。

「なんだこれ。全然見えねえじゃん」
「目に問題がないとそうなるんですって。本来は目の調子に合わせて細かく調整するものらしいんですけど、僕の場合は一時的なものなのでこれでいいかなって。でも案外よく見えますよ」
「へぇー」

 ということはだ。今日のすばるは誰かの不調を贖ったお陰で目が見えていないということだ。見えにくいと言うだけで完全に見えない訳ではないようだが、今日も今日とて彼は万全な体調ではないらしい。

「世の中には凄えもんがあるんだな」
「本当にそうですねぇ」

 しみじみ言うすばるに眼鏡を返す。すかさず眼鏡をかけ直したすばるは九朗の顔を見て「よく見えます」と言って笑った。その無邪気な笑顔に九朗の心臓はきゅんとして自然に笑みがこぼれる。
 よく見れば眼鏡をかけたすばるもいつもと違う雰囲気がしてなかなかいい。目が見えにくいのはよろしくないが、装飾品としてすばるの魅力を引き立てているような気がしなくもない九朗であった。

「でも結構似合ってるよ、それ」
「眼鏡がですか?喜んでいいのかなそれ」
「うん。ちょっと雰囲気変わってさ。なんか新鮮でいい。かわいいよ」
「かっ……もう!またそんなこと言う!」
「ははは!」

 正直な感想を言えばすばるが頬を染めている。九朗は頬杖をついてにやにやとその様子を眺めた。
 九朗はすばるが好きだ。そしてその気持ちは既に本人に伝えている。残念ながらすっぱりと振られたうえに皓月への好意を明かされてしまった九朗であったが、諦めきれずに度々こうやって告白めいたことを続けているのだ。

「皓月も似たようなこと言ってましたよ。全く、あの人は僕が何しても可愛いとか愛らしいとかしか言わないんだから」
「そりゃあ、俺もあの人もお前のことが好きだからな。好きな奴は何しても可愛く見えるんだよ」
「勝手なこと言って。九朗の好きと皓月の好きは違うでしょ?」
「どうかなぁ?案外一緒かもしれないぜ」
「まさか!」

 にやりと笑って軽口を叩けば絶対にないと激しく手を振って否定される。九朗としては確信のある言葉なのだがこれだけは何度言っても信じてもらえない。
 皓月は恋敵には違いないが、ここまで否定されるとちょっと不憫にも思える。

「それより、今度はいつ出かけますか?」
「ん?そうだなぁ……」

 皓月の愛情について議論の余地もなくあっさりと話を変えてきたすばる。これもいつものことなので九朗も深追いせずに話題に乗ることにした。
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