贄の神子と月明かりの神様

木島

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自覚と自戒

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「私はすばるを愛している。神としてではなく、ただの男として。あの子を愛している」

 夜。月明かりに照らされた自室で皓月は独り呟く。
愛と名付けてしまった想いは思った以上にしっくりと馴染み違和感がない。当然といえば当然だ。自覚がなかっただけでこの気持ちは既に皓月の中にあったのだから。
 すばるを愛おしいと慈しむことも、自分だけを見ていてほしいと望む強い独占欲も彼を愛しているからこそ。特に傷を癒すための舐める行為には今更ながら激しい羞恥と後悔に苛まれた。もう純粋な癒しの気持ちだけであの行為は行えない気がする。これは神として相応しくない、身を亡ぼすと禁じられた感情だ。

 皓月は鏡に映る自身の姿を見る。鋭く光る金の瞳に銀鼠の髪と大きな狐の耳と三本の尾。鋭い犬歯に長い爪も、獣に変じることのできる力もこの身が人に非ざる者の証だ。人の何千何万倍も強い力があって、悠久の時を生きる。神として遍く人を愛する心をたった一人に向ければ息苦しい程に重くなることは想像に難くない。全てにおいて人であるすばるや九朗とは全く違うこの身は人と番って生きるのには向いていないのだ。そんなことは誰に言われずともわかっていた。
 ならば皓月はこの気持ちを抱えてどうしていくのか。答えは決まっている。

「私は月光の神。そして贄の神子の守護者。あの子が最後まで笑顔で満たされた、穏やかな終わりを迎えるその日まで私が傍で守るのだ。あの子が誰を愛そうと、誰も愛さなかったとしても。私がすることは何一つ変わらない……変えてはならない」

 鏡に向かって自分自身に言い聞かせるように言葉を音にする。
 皓月は自身の中にある愛の形に気付いても何かを変えるつもりはなかった。自らは神であり、与えられた役割を全うすることが使命なのだ。その道を外れることは許されない。
 翌日、皓月の自覚に気付いた蛍に問いかけられても彼は同じ言葉を返した。

「どうして?あんたなら両立できるかもしんないっすよ?」
「いや、無理だ」
「そうっすかぁ?」
「私は己の本質というものを理解しているつもりだ」
「本質って?」

 皓月の発言に眉を顰める蛍。皓月は頷き言葉を続けた。

「私の本質は獣。すばるを求めてしまえば私は何をしてもあの子を手に入れようとするだろう。そして今以上にあの子に溺れ、己が役割も忘れた愚者となる。堕落は魂を穢す。それはあの子も私も望むところではないはずだ」
「な、なるほど……そう考えちゃうわけね……」

 皓月の答えを聞いて蛍はひくりと頬を引き攣らせる。蛍は二人がお互いを想い合っていることを知っている。普段からあれだけべったりで比翼連理のような二人だ。どちらかが一歩踏み出せばその想いは実ると言うのに、真面目過ぎる二人はお互いを慮って口を閉ざすことを選んでしまった。そのままならなさに思わず天を仰ぐ。
 皓月はそんな蛍の態度を横目に見つつ、もう一度自らを戒めるかのように自身の決意を口にした。

「お前たちの望み通り私は“気付いて”しまった。だからと言って心のままに振舞うことは許されない。私にとってもすばるにとっても、このままでいることが一番望ましいのだ」

 今以上を望まない。似た者同士が出した答えに蛍の尻尾は複雑にぐにゃぐにゃとうねっていた。
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