贄の神子と月明かりの神様

木島

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自覚と自戒

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「九朗……貴様」
「え、何々?なんですかいきなり?!」

 状況について行けていないすばるを抱きしめたまま鋭い目を更に吊り上げて九朗を睨みつける皓月。本来ならばその眼光に縮み上がっているだろう九朗も今日ばかりは平気だった。皓月がようやっと「気付いた」のだとわかったから。

「なんですか二人とも。どうしたんですか?九朗?」
「何でもねえよ。皓月様がようやく同じ土俵に上がってきてくれたってだけ」
「土俵?どういう意味……」
「すばる、気にするな。こちらの話だ」
「ええ?気になるんですけど」

 この状況で気にするなと言うのは無理があるのでは、とすばるは思う。それなのに納得のいかない様子のすばるを置いて二人はどんどん話を進めていく。

「わかっちゃいたけど分が悪そうだなぁー。あのまま気が付かねえでいてくれりゃよかったのに」
「抜かせ。態と気付かせようとしたくせに何を言うか」
「わかりました?」

 不敵に笑う九朗。一世一代の告白を邪魔されたにしてはその表情は明るい。逆に皓月は憎々しげに唇を歪めていて、すばるは間に挟まれて困惑している。
 九朗が何かとてつもなく大事なことを言おうとしていた気がするのにそれがどこかへ行ってしまった。急に飛んできた皓月も意味がわからないし、今もお構いなしにすばるにわからない話をしている。気に食わないと唇を尖らせていると、そこに別棟にいた蛍と篝が呆れ顔でやってきた。

「ちょっとちょっとぉ。神子さん間に挟んで二人だけの話しちゃダメっすよ~」
「然様にございますな。すばる殿にもちゃあんとわかるようにお話して差し上げねば」
「お前たちいつの間に……」
「あれだけ殺気を飛ばせば気が付くに決まっておりましょう。流石に慌てたではありませぬか」

 二人は別棟にいても伝わってきた殺気にとうとう皓月が九朗を害したのではと慌ててすっ飛んできたのだ。だが飛んできた先で見た三人の様子は心配するような状況ではなさそうで。蛍は気まずそうにそっと視線を逸らす皓月に溜息を吐き、九朗の方へ近寄って肩を叩いた。

「九朗もさぁ、挑発するのはいいけど後先考えろよ?とんでもないことになったかもしれないんだぞ」
「いやあ、俺も一瞬早まったかと思いました」
「すばる殿、大事ありませぬか?」
「あい。僕は何も……というか何がなんだか」

 途中からやってきた割に当たり前のように事情を汲み取っている蛍。彼はすばるにはわからない九朗の行動を咎め、九朗もそれをへらりと笑って認めている。さっきまで九朗はすばると楽しく話をしていたはずなのに。ますます自分が置いてけぼりにされている気がしてすばるの機嫌は急降下していく。

「皓月殿も、気が逸るのはわかりますが九朗は人間にございます。下手なことはなさいませんよう」
「そんなことはわかっている。するわけがないだろう」
「どうでありましょうなぁ」

 篝がすばるの身を案じたと思ったらそのまま何も説明せずに皓月を咎め始めている。揶揄うようににやにやと笑っている彼女の表情は楽しげだ。すばるは何も楽しくない。俯いたすばるの異変に気付き、皓月が声をかけた時にはもう遅かった。

「すばる?」
「僕にだけ!わからない話を!しないでください!」
「すまない。そんなつもりは」
「ふーんだ。いいですよ僕だけ仲間外れにして皆で楽しくお喋りしてればいいじゃないですか。僕なんていてもいなくても一緒でしょ。部屋に帰ります」

 つん、とそっぽを向いたすばるは狼狽える皓月の腕を振り払って皆に背を向ける。そのまま一直線に部屋へと向かっているすばるにその場にいた全員が顔を見合わせた。さっと蛍が前に回って両手を広げ、九朗と篝が後ろからその手を片方ずつ掴む。

「待って待って!行かないで神子さん!」
「悪かった!もうやんねえから!」
「もうやらないってなんですか?なんかその言い方も嫌です!」
「すばる殿~相済みませぬ~!」

 慌ててすばるを全力で宥め始めた三人。因みにこの間皓月は手を振り払われた体勢のまま目を見開いて置物のように固まっている。

「ちょっと皓月さん、あんたもちゃんと神子さんに話を……?」
「皓月様?」

 蛍たちがいつもなら一番に飛んでくる皓月の反応がないことに気付いて振り返り、様子のおかしい皓月に眉を顰める。それに思わずすばるも振り返って、急に耳も尾もぺしゃんこになっている皓月に目を丸めた。

「すばるが、私の手を……手を振り払っ」

 青い顔でわなわなと細かく頼りなく震える小さな声。それは皓月の心情を察して余りあるもので、すばるを除いた三人は溜息を吐いて天を仰いだ。

「ダメだわありゃ。使い物になんねー」
「皓月殿はすばる殿の拒絶に慣れておりませんからなぁ」
「あっ、すばる待てって」

 衝撃に動けないでいる皓月を見て一瞬は躊躇したすばるだったが、結局はそのまま四人を振り切って自室へと戻っていく。その後を追う篝と九朗の後姿を目で追いながら皓月は名を付けてしまった感情に戸惑い、硬く拳を握りしめた。
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