贄の神子と月明かりの神様

木島

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苛むもの

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 九朗はその後やけにすっきりとした表情をして帰っていき、今度は皓月が胸にもやもやを抱えるハメになった。
 いつものように四人で食卓を囲む間もどこか上の空で、珍しくぼんやりしている皓月にすばるたちは不思議そうな視線を送る。そしてそれにさえ皓月は気が付かなかった。この中で最も実力のある皓月が、である。異常事態だ。

「皓月、どうしました?体調でも悪いんですか?」
「ん?いや、特に変わりはないが」
「そうっすか?なんかさっきからぼんやりしてるっすよ」
「そうか?」

 心配そうに問われた意味がわからず首を傾げる皓月。どうやら本人にも自覚がないようだ。

「すばる殿、今日のお勤めで何か変わったことがございましたか?」
「いいえ特には。今日はまだ軽いくらいでした」

 今日の勤めは普段通りに始まり恙なく終わった。嘔吐したことも疲れて仮眠を取ったのも珍しいことではない。変わったことと言えば唯一、九朗が見学していたくらいだ。

「あ、もしかして九朗になんか言われたんすか?」
「……いや」

 ピンときた蛍が尋ねればわかりやすく反応が悪い。これは何かあったなとすばるたちは無言で視線を交わし合った。

「宣戦布告でもされましたか」
「せんせんふこく?」
「違う」

 合点がいったとでも言いたげな顔の篝の言葉を否定する。否定するが、思い返せば喧嘩を売られたような気がしないでもない皓月である。
 皓月の座を譲れと九朗は言った。言われてみれば宣戦布告かもしれない。皓月は急に胸の内が不快になり眉を顰めた。

「もしかして九朗と喧嘩でもしたんですか?いつもあんなに仲良さそうなのに」
「は?仲いいと思ってたんすか?マジで?」
「特に親しくした覚えはないが」
「えっ?」

 皓月と蛍から否定が飛んできて目を丸めるすばる。二人は互いに当たり障りのない態度を取り合っていただけなのだが、すばるにはそれが友好的なやり取りに見えていたらしい。

「特段九朗と何事かあった訳ではない。お前が気にすることは何もないから、早く夕餉を食べてしまいなさい」
「あやしゅうございますなぁ」
「くどいぞ、篝」

 完全に箸を止めてしまったすばるを促すように言えば、横から篝がにやにや笑いながら茶々を入れてくる。きろりと睨みつけると『怖や怖や』と冗談めかして言いながら肩を竦めた。
 納得のいかない様子の三人の視線を無視して食事を再開する。季節の実りである栗を炊き込んだご飯はほんのり甘く、すばる好みの味だ。食べないのかと視線で促して漸く諦めたすばる達も膳に箸をつけ始めた。

「そう言えば、今日は九朗の土産を食べ損ねておりますね。痛んでもいけませんし、夕餉の後に食べませぬか?」

 九朗の話題が出て、厨に置いたままの土産の存在を思い出す。あれもまた甘味が好物のすばるのために毎度せっせと持ってくる求愛の証だ。本人には今ひとつ伝わっていないが。

「あっ、そうでした。食べます!」
「そっか、お勤めの後寝てたっすもんね。笹団子でしたっけ」
「あい、お路さんのところの笹団子は本当に美味しいんです。みんなで食べましょう」

 九朗は背中に傷を負ってから町へ行けていないすばるのためにお気に入りの笹団子を買ってきてくれたのだ。みんなと一緒にその味を味わいたいすばるは機嫌よく笑うと隣で黙々と箸を動かしている皓月を仰ぎ見た。

「皓月も食べますよね」
「ああ、いただこう」
「あい」

 すばるが共にと言うのなら何でも食べる。皓月は素直に頷いて、ついでに『お路さんの笹団子』を頭の中に刻み込んだ。もちろん、今度町へ出てすばるへの土産に買うためだ。
 普段は一人前の夕餉で満腹になるすばるだが甘味となれば話は変わる。串に三つの団子が刺さり、たっぷり餡の乗った笹団子を二本も食べてもけろりとしていた。皓月は機嫌よく団子を頬張るすばるの姿を見ているだけで胸にあたたかなものが広がってゆくのを感じる。

「うまいか?すばる」
「あい。笹団子はここが一番です!」

 これは確かに好意には違いないだろう。けれど九朗が思うような恋情からくるものではなく、長年傍で守り育ててきた親心のようなものだ。そうに違いない。いや、そうでなければならない。神が一人の人間を特別に愛することは許されてはいないのだから。
 己の胸に刻み込むようにそう何度も考えて、皓月は渡された団子に一口齧りついた。

「甘いな……」
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