贄の神子と月明かりの神様

木島

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苛むもの

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「は?なんだいきなり」

 唐突に尋ねられて皓月は九朗に視線を移す。九朗は小さく首を傾げていて、ただ純粋に思った事を口に出しただけのようだった。

「だってそれ、まるで恋人同士みたいじゃないですか」

 それ、と言われて皓月は己とすばるを見る。穏やかに眠るすばるを膝に乗せ、尻尾で全身を包み込み長く伸びた黒髪を手で梳いて寝顔を眺めるこの体勢。幼い頃からの習慣の一つともいえるそれをおかしいと指摘され皓月は眉を顰めた。
 言うに事欠いて恋人に例えるなどあり得ない、と。

「恋人?何を馬鹿なことを。すばるは私の庇護者であり愛し子。人の尺度で物を語るな」
「本当ですか」
「ああ。当然だ」
「ふぅん」

 念を押すように問いかけられて、迷うことなく是と返す。九朗は何かを見極めるようにその顔をじっと見つめ、皓月に向かってぐっと身を乗り出した。

「じゃあ俺、すばるの恋人に立候補します。すばるのこと、本気で好きなんで」
「何?」

 九朗の言葉に瞠目する皓月。
 九朗がすばるを憎からず思っていることは知っていた。知ってはいたが、今まで表に出すことのなかった想いを彼が急に言葉にしたことは少なからず皓月に衝撃を与えた。
 何故か激しい動揺が胸に広がって、無意識にすばるを抱く腕に力が籠る。

「好きに、すればいいだろう。だが選ぶのはすばるだ。お前が望んだとて同じ言葉が返ってくるとは限らない」
「そんくらいわかってますよ。まあフラれても諦める気ねえけど」

 内心の動揺を押し隠して告げれば当たり前だと九朗も答える。それで想いが叶わずとも諦める気はないと笑って言うのだ。出会ってまだ一年も経っていないが九朗は自覚した恋心が本物だと確信している。贄の神子の役割や考え方はまだ理解できないが、それでも九朗はすばるに寄り添いたい、傍にいたいと思っていた。災いに苦しむ人々の手を取り、言葉を聞き、苦しみに寄り添おうとしていたすばるのように。

「俺はこいつに、贄の神子だけが生きる価値だなんて言わせたくない。他人のために傷付かなくても、ただ笑っているだけで……思うまま生きてるだけでどんな宝物より価値ある存在なんだと思ってほしいんです」

 九朗は穏やかな寝息を立てるすばるを愛おしげに見つめる。その言葉は皓月にとって聞き捨てならないもので、応える語気は強くならざるを得なかった。

「そんなものは当たり前だ。すばるの価値はその能力だけではない。ただ健やかに生きているだけで輝かしいほどの価値ある。誰だそのような世迷言を言う者は」
「誰って、自分で言ったんですよ。これが自分に与えられた役割で生きる価値だって」

 驚きで見開かれる皓月の金色の瞳。初めて聞いたような反応を見せる皓月に九朗は意外に思ったが、彼らにはこの生活が当たり前すぎてそんな話題に触れたことがなかったのかもしれないと考え直す。皓月も知らないその心の内を見せてくれたのだと思うと、その内容はともかく少しの優越が胸を擽った。

「俺は『ただのすばる』に惹かれて、惚れたんだ。贄の神子なんかじゃなくたって十分魅力的なんだって、こいつ自身にもわかってほしいんですよ」

 今日すばるの働きぶりを見て九朗は思ったのだ。神子を通さずにすばるを見る者の存在がどれほど几帳なのか。人間たちは言わずもがな、神子であるからこそ彼を守り育てている皓月達だってすばるを『贄の神子』と言う役割を通して見ている。
 その重く立派な衣の中にいるすばるを愛したい。衣を脱ぎ捨てた彼自身の手を取る者でいたいと心の底から思ったのだ。

「こんなこと言うつもりなかったんだけどな……流れで言っちゃった。でもお陰で吹っ切れました」

 後ろに手をついて天を仰ぎながら九朗は言う。けれど妙にさっぱりした気持ちがあって、口元に挑戦的な笑みが乗る。
 言ってしまったものは今更どうにもできないので九朗はこれを前向きに捉えることにした。皓月は九朗の揺さぶりにも危ういながらも否定の姿勢を崩さなかったし、恋人ではないのは事実だろう。なら何も遠慮することはない。

「これからもどうか見守ってくださいね。皓月様」
「なに……を」

 にかっ、と明るく笑って宣言する。九朗の挑発的とも取れるその物言いにすばるを抱く腕に無意識に力が籠った。離すまい、渡すまいとすばるの姿を隠すように強く胸に抱き込んでいく。

 大事な大事な愛しい子。
 お前を私以外の何者の隣にも立たせるものか。
 お前のその美しい星空の瞳に映るのは、私だけでいい。私だけがいい。

私はお前を。

「うぐ……くるしい……も、なに」
「っ、すまない。すばる」

 すばるの呻き声ではっとして慌てて腕の力を弛める。宥めるようにふかふかの尻尾で頬を撫でてやれば寝ぼけ眼のすばるは再び眠りへと誘われていく。ほっとして肩の力を抜くと、その様子を胡乱な目つきで見ている九朗。何か言いたげな視線にどことなく気まずくなり、彼の視線も自分自身の考えも誤魔化すように皓月はひとつ咳払いをした。
 神として、すばるの守護者として九朗の決意に言えることは一つだ。

「すばるが望まぬ行為を強いたりせぬと言うのなら、好きにするがいい。私にそれ以上口を挟む理由はない」
「ええ、勿論!正面突破で落としてみせますよ」

 皓月の態度に疑いの眼差しを向けつつも九朗は問い詰めることはしなかった。これ以上藪を突くとよくないと察知したのだろう。ただ告げられた言葉に頷いて挑戦的な笑みを浮かべる。

「いつかその場所、譲ってもらいますからね」

 最もすばるに近い場所。すばるの隣に自分以外の誰かがいる姿を想像して、皓月の胸は軋んだ音を立てた。
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