贄の神子と月明かりの神様

木島

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苛むもの

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 正直納得はしていない。けれどすばるが神子の機能ではなく個人を見てほしいと願うなら、今の九朗にこれ以上言えることはなかった。

「わかったよ……でもマジで、無理だけはすんなよ。お前は大事なダチなんだから、何かありゃ普通に心配すんだよ」
「ダチ……!」
「ん?」

 もどかしさを誤魔化すように頭をぐしゃぐしゃと掻き回しながら告げれば何故かすばるが嬉しそうな顔をする。一気に場の空気が軽くなって、妙にキラキラ輝いている瞳に九朗と皓月は首を傾げた。

「嬉しそうだな」
「あい。ダチって、とっても仲のいい友達みたい!うふふ、嬉しいです」

 不思議そうに皓月が問えばすばるはそう答える。稚い子供のような言葉に皓月は苦笑し、同意を表すようにその頭を優しく撫でてやった。
 九朗が自分で言った癖に『友達』で大喜びされて複雑な気持ちになっていると皓月に勝ち誇ったかのような顔で見下ろされる。『残念だったな』と無言の煽りを受けて、九朗は引き攣り笑いを浮かべながら己の袂に手を突っ込んだ。
 そっちがその気ならこっちにも手はあるのだと。

「じゃあ、そのダチから贈り物だ」
「なになに、なんですか?」
「お前と俺の共同作業」
「きょう……なんだと?」

 皓月が怪訝な顔をしているのを無視して取り出した木箱をすばるの前に置く。ピンときたすばるはあっと声を上げて手を叩いた。

「帯留め!仕上がったんですね!」
「ああ、綺麗にできたぜ」

 木箱の蓋をそっと外せば中に収まっているのはあの日すばるが作った桜の細工が施された帯留め。金粉が撒かれ、綺麗に上塗りを施されたそれは小さな木箱の中でキラキラと輝いていた。

「うわぁ……!凄い!とてもきれいです」
「触ってみろよ」
「あい」

 促されて木箱の中から帯留めを取り出すと掌に乗せたそれをいろんな角度からとっくりと眺める。手を加えたのはほんの一部分だが、自分の手で作り上げたものが一つの形として存在している。そのことに酷く感動してすばるは喜びで薄らと目元を朱に染めた。
 喜んでもらえたようでよかったと、ついでにめちゃくちゃ可愛いなと思いながら九朗も頬を弛める。

「見て、皓月。これね、九朗と一緒に作ったんです」
「ああ、以前言っていたな」

 上機嫌で帯留めを皓月の掌に乗せるすばる。手渡された皓月も丁寧な仕草で摘まみ、顔の近くに寄せたり光に翳してみたりと興味深げに観察している。

「下地や仕上げは俺がやったけど、貝を貼って金粉乗せたのはすばるですよ。綺麗なもんでしょう」
「そうだな。初めてとは思えん」
「そうですか?九朗が手伝ってくれたからですよ」

 ね、と笑いかけられて心臓がキュッとする。笑顔が眩しい。そしてその横から刺すような視線を感じる。肝が冷える。最初に挑発してきたのは皓月だろうに。

「ありがとうございます。大事にしますね」
「おう。またやりたくなったら言ってくれや。師匠もいつでも来ていいってよ」
「いいんですか?じゃあ、是非また。あっ、団子屋と草子屋にもまた行かなくちゃ」

 すばるが最後に町に出たのはこの帯留めを作った時だ。二月近く間が空いて、そろそろ馴染みの店の人たちが恋しくなってきた。
 途中蛍が出してくれた茶と茶菓子を摘まみながらすばるは九朗との雑談に花を咲かせる。暫く会わなかった分言いたいことが沢山あったのか話が尽きない。いつの間にか日が傾き始め、それでも話足りないと言った様子の九朗は名残惜しそうに帰っていった。

「今は仕事も落ち着いてるし、またすぐ来るからな。身体、大事にしろよ」
「あい。九朗も気をつけて」

 そう言って笑顔で見送ってくれたすばるは七日後に再び神域へ訪れた時、しばらく歩けなくなったと人形のように力なく垂れる両足を見せてきた。

「足が治るまで外には行けそうにないんです……残念」

 呆然とする九朗にそう言ってつまらなさそうに唇を尖らせるすばる。まるで悲観した様子のないその姿に、やはりあの時言葉を飲み込むべきではなかったと九朗は後悔した。
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