贄の神子と月明かりの神様

木島

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苛むもの

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 訪れた時の高揚感が嘘だったかのように帰りの足は重かった。
 目に焼き付いてしまった恐ろしい傷跡、耳にこびりついた悲痛な叫び声。今まで見てきたすばるの姿を揺るがす光景に九朗の心は千々に乱れた。これまでも傷を負っていたり臥せっていることもあったが、すばるはいつも大したことはないと笑っていた。実際長く患うこともなかったから、身代わりになってもすぐに傷は癒えるのだと九朗は思っていたのだ。
 愚かで浅はかだった自分に吐き気がする。

「兄ちゃん、どうしたの?」
「あやめ……」

 家に帰ってきても上手く切り替えられず九朗の表情は沈んだまま。あやめにも勘付かれ心配そうに顔を覗き込んできた。


「今日、すばる兄ちゃんに会いに行ったんでしょ?どうしてそんな悲しそうなの?帯留め気に入ってもらえなかった?」

 無意識に握りしめていた箱には渡すはずだった帯留めが入っている。すばるに渡すはずの物を持っていることで、帯留めを貰ってもらえなかったから落ち込んでいると思ったのだろう。

「いや、今日は会えなかったんだ。ちょっと調子が悪いらしくてな」
「ええっ!大丈夫なの?!」
「暫く安静にしたら治るって。だからコレは持って帰ってきた」
「そうなんだ……心配だね」

 そう言われてあやめは直ぐにそれを信じた。兄が暗い顔をしているのも心配ゆえだと思ったのだろう。早く良くなるといいねと言ったきりそれ以上踏み込んで聞いてはこなかった。
 自室に戻り一人になって、すばるの姿を思い出す。
 今までの傷や体調不良もあんな風に苦しんでいたのだろうか。彼が見ず知らずの誰かのために傷付いて苦しんでいる時に、素知らぬ顔で過ごしてきたのかと思うと罪悪感で胸が潰れてしまいそうだった。

「あんな酷え怪我、本当にすぐ治んのかよ……」

 普通の怪我とは違うことは九朗でもわかった。あれは恐らく呪いとか祟りとかそういう類のものだ。呪いや祟りを受けた人間は苦しみ藻掻いて命を落とすと祖母の昔語りで聞いたことがある。いくら神や精霊が傍にいるとは言え、九朗の胸には不安と心配ばかりが浮かんでは消えた。

「半月後……」

 蛍は半月ほど様子を見ると言った。半月後、どんな顔をして会いに行けばいいだろう。すばるはどんな顔をしているだろう。
 泣き叫ぶ姿を見て怖気づいたのは間違いない。だが九朗に会わないという選択肢はなかった。すばるに会って安心したい。いつものように朗らかな笑顔を見せてほしい。そしてできれば、彼の抱える役目について話をしたいと思った。

 そして半月後、九朗はもう一度すばるに会うために神域のある森へと向かう。
 森はいつもの穏やかな空気を取り戻しており、途中神域へ食材を運び入れる出入りの商人ともすれ違った。流石に参拝者は見当たらないが前回のような重苦しさや不気味さは感じない。きっとこれはいい知らせと思い、九朗は半月ぶりの神域に足を踏み入れた。
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