贄の神子と月明かりの神様

木島

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広がる世界

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 その後初めての街への外出は上手くいったようで、夕方両手いっぱいの荷物を抱えて帰ってきたすばるはご満悦だった。
 なにせ自分で買い物すらしたことがなかった箱入り息子だ。町にはすばるの見たことのない屋台や店が建ち並び、これまた初めて見る商品がピンからキリまで揃っている。篝曰く銭を払うことさえ楽しくて仕方がない様子で糸の切れた凧のようにふらふらして大変だったらしい。

「これは大神さまへのお神酒で、これは蛍の好きなお酒のアテ。こっちは皓月の。これは篝ちゃんが好きなおやつで、この袋は参拝に来た皆様に配る用のお菓子です。あとこの手拭いはみんなに一枚ずつ。とっても触り心地が良くて気持ちいいんですよ!」

 ほくほく顔で買ってきたものを座敷に広げて一つずつ説明する様子は無邪気で愛らしい。楽しかったと全身で語っているようで、見守る三人の胸は温かい気持ちで包まれた。
 だが待てど暮らせど出てくるのはお土産ばかり。肝心のすばる自身のための買い物が出てこない。

「ねえ、神子さんのは?俺達のばっかじゃないすか」
「えっ?……あれ?」

 蛍に指摘されてきょとりと目を丸めた後、すばるは回りを見回し買い物袋をひっくり返した。しかし今座敷に並んでいるもの以外出てこない。

「ほんとだ!」
「うっそ、忘れたんすか?」
「だってどれもこれも素敵で決められなくって……」

 自分でも忘れたことに驚いたようで、恥ずかしげに空の買い物袋をくしゃくしゃにしている。そんなすばるに篝は笑ってすばるの着物の袂を突いた。

「すばる殿にはコレがありましょう?」
「あっ、そう!そうでした!これ、九朗が買ってくれたんです!」

 はっとしてすばるが袂から取り出したのは蝶の形を模した飴細工だった。

「こんなに繊細なものをほんのちょっとの時間で作ってしまうんですよ!もう本当に凄くって、見惚れてしまいました」

 すばるにとって飴は硬くて小さな菓子だ。それが鍋から出してすぐはあんなに柔らかく、自由自在に形を操れるものとは思ってもみなかった。火傷するほど熱いというそれを熟練の職人が瞬く間に様々な形に作り替えていく光景は圧巻の一言で、すばるの目は釘付けになったのである。

『どれがいい?好きなの買ってやるよ。俺の奢り』

 きらきらと目を輝かせるすばるに優しく微笑みかける九朗。この日九朗は誘ったのは自分だからと土産以外の出費を全て賄ってくれた。飴細工もそのうちの一つで、篝にも好きな形の飴を買ってくれている。

「われのは金魚の形のものを。九朗殿、案外と気の利く良き男ぞ」
「嬢ちゃんが買収されてる!」
「無礼な。買収ではなく彼の男の男気を買ったのだ!」

 初めて町に来たすばるを気遣い、まずは土地神への挨拶と神社へ案内。人通りの多い時間を避けて商店を回り、適宜足を休めるために茶屋や飯屋へ連れて行ってくれた。その間も話が尽きることがなく、すばるは終始笑っていたように思う。はしゃいで回るすばるを優しく見守る姿は好感の持てるもので、今回の外出で篝の中で九朗の株はぐっと上がった。
 これは女性にさぞかしモテるだろうと踏んだので今度こっそり訊いてみようと篝は思っている。

「楽しかったですね」
「ええ、楽しゅうございました」

 九朗に買ってもらった飴細工を手にしてきゃらきゃらと笑い合うすばると篝。その仲睦まじい姿はまるで本当の兄妹のようで、楽しかったようでなによりだと蛍は微笑んだ。
 だがすばるの隣に黙って座っていた皓月はその光景になぜかきらりと目を光らせている。そして徐に着物の袂に手を突っ込んで小さな小箱を取り出した。

「すばる」
「あい」

 呼びかけられて視線を移すと皓月から小箱を差し出された。艶のある綺麗な化粧箱に房の付いた組紐がかけられていて、一見して上等なものだとわかる。それを急に眼前に出されすばるは首を傾げた。

「これは?」
「あの後私も少し買い物に出た。その途中見つけて買ったものだ。受け取ってほしい」

 言われて思わず手を差し出すと手の上に小箱が乗せられる。持ってみたところあまり重さはない。中身はなんだろうかとすばるは改めて小箱に視線を落とした。

「開けてもいいですか?」
「勿論だ」

 そっと紐を解いて蓋を開ける。中に入っていたのは髪飾りだった。つまみ細工で作られた細かな花弁がぎっしりと詰まった菊の花。大きな白い菊と小ぶりな黄色の菊がひとつになった、とても繊細で美しいものだ。

「きれいですね……」

 おそるおそると言った様子で箱から髪飾りを取り出して掌に乗せる。布でできたそれはとても軽く、うっかり握りしめてしまえばすぐに壊れてしまいそうだ。

「お前に似合うと思った。使ってくれ」
「嬉しい……!ありがとうございます、皓月」

 参拝者からの貢物ではなく皓月自身がすばるのために選び購入したもの。髪飾りの美しさもさることながら、皓月からの贈り物と言う事実にすばるの胸はひどく高鳴った。心底嬉しいと頬を染めて喜びを口にすれば皓月も微笑んでくれる。

「着けてみていい?」
「是非とも」

 皓月が頷くと笑みを深めたすばるは早速髪飾りを付け替えた。今日は髪を横で結んで前へ流していたため、正面からでも髪飾りがよく見える。

「ああ、よく似合っている。思った通りだ」
「まことに。すばる殿の黒髪によう映えておりまする」
「えへへ、ありがとうございます」

 首元にぱっと咲いた大輪の花。満足げに金の目を細めている皓月に照れた笑みを浮かべつつ、すばるは甘えるように身を寄せた。皓月は当たり前のようにその肩に腕を回して腰に尻尾を一本巻き付ける。
 明らかに距離感がおかしい。けれどそれが通常の二人だ。そのまま睦まじく今日の出来事を報告する姿を不味いものでも食べたような表情で眺めつつ篝は口を開いた。

「蛍、あれはもしや」
「お察しの通りっす」

 皆まで言うなと蛍が首を振り、篝はため息を吐く。どうせそんなことだろうと思っていたのだ。あの過保護神がすばるの後をつけないわけがなかった。

「まあ、途中で乱入しなかったなら進歩っすよ。このまま順調に子離れしてくれりゃいいんすけど」
「それは……どうであろうな」

 べったりと身を寄せ合っている二人を見ると素直に頷けないところだ。寧ろ真逆の方向へ進んでいる気さえしてくる。

「どちらにせよ一度引っ掻き回して流れをよくした方がお互いのためになるんじゃないかなー。いやあ九朗がきてくれてよかったよかった」

 一人納得したように頷いている蛍。ただの獣に生まれ妖、神の眷属と転身し続けている男は時に神である皓月よりも物事が見えている節がある。その彼が言うならそうなのだろうと篝は素直に頷いた。

「で、嬢ちゃんから俺にお土産はないんすか?」

 それよりも、とにこりと笑って掌を差し出してくる蛍。篝は言われるがままその手に無言で飴玉の包みを置いた。

「主人に物を強請るとは、全く図々しい男よ」
「おお!マジっすか。あらやだ俺普通に嬉しい……!」

 篝はいつも忙しく立ち働く蛍のためにといつでも食べられるよう小さな飴玉を購入していた。掌に置かれた包み紙を見て、自分のことを考えて買ってきてくれたのだと気付いた蛍は嬉しいと素直に口にして微笑む。

「大事に食べますね」
「……うむ」

 蛍の慈愛の籠った微笑みが気恥ずかしくて思わず視線を逸らす。その仕草さえ愛おしむように蛍は笑い、飴玉を一つ取り出して口に放り込んだ。


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