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広がる世界
二
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そこへひょっこりと篝が顔を出した。
「すばる殿、蛍が戻ってまいりましたよ。童の兄君もご一緒のようです」
「兄ちゃん?!」
「ああ、お待ちなされ。今こちらへ案内しておりまする……これ!」
篝が止めるのも聞かず立ち上がったあやめは一目散に駆けていく。廊下をばたばたと走っていく姿を追って座敷を出ると、程なくしてひしと抱き合う兄妹の姿が見えた。
「あやめ!」
「兄ちゃん!」
廊下の真ん中で再会を喜び合う二人。すばるはその様子に安堵しつつ戻ってきた蛍に礼を言った。
蛍の丸い耳と尾は妖術で隠されている。あやめの様子を見て、兄にも警戒されたりしないように配慮したのだろう。
「蛍、ありがとうございました」
「いえいえ。近くの町の子だったみたいっすね。枝拾いに来てはぐれたそうっす」
「そうなんですね。見つかってよかった……」
怪我はないかと兄の方があやめの体を触って確認している。彼はその背に枝を積んだ背負子を負っているが半分も積まれておらず、その割に纏った着物は酷く土で汚れていた。はぐれた妹を必死で探していたのだろう。
「待てと言うておりますのに。童と言うのは全く」
遅れて廊下に出てきた篝が呆れかえった様子で呟いている。大人びた口調でやれやれと首を振る篝の姿を見た蛍は僅かに瞠目した後、にやりといやらしい笑みを浮かべて口を開いた。
「あれぇ?嬢ちゃんだってちょっと前まであんな感じだったっすよね?」
「わ、われは森で迷子になるようなことは」
「溶岩流に流されて迷子になったことはあったっすね」
揶揄ってくる蛍にむくれてぷいと顔を逸らせば、在りし日の失態をしたり顔で暴露される。
火の神の神域に住む精霊の遊び場は火山だ。蛍は昔、噴火を起こした火山に突撃して溶岩流に押し流された篝を必死になって捜索したのを思い出す。山の麓で見つけた彼女は蛍を見ると飛びついてきて、怖かったとぴいぴい泣いていたのだ。
それも一度や二度のことではないので蛍的には忘れたとは言わせないぞ、という感じである。
「ええ?!篝ちゃんにもそんな時が!」
「ご、五十年も前の話にございまする!」
成長速度の関係で今やすばるよりも幼く見える篝だが、彼女は幼い頃からすばるの姉のように振舞ってきた。彼女のお転婆だった過去に目を丸めると、ずっと昔のことだと恥ずかしげに頬を染めている。
「いやぁ、今でも大して変わってないと思うんすけどねぇ。神子さんと初めて会った時なんてそりゃもうはしゃいでバタバタと煩いのなんの」
「蛍!」
「あの」
つい話し込んでしまう様子に躊躇いがちな声がかけられて、そんな場合ではなかったと三人ははっとする。兄妹に視線を移すと二人ともこちらの様子を窺っており、もうとっくに感動の再会は終了していたようだった。
「すみません!つい」
「いえ!こちらこそ話を遮ってすんません」
代表してすばるが頭を下げるとあやめの兄も慌てて頭を下げる。つられてあやめもぺこりと頭を下げた。
「俺は久坂で細工職人をしております九朗と申します。妹を保護して下さってありがとうございました」
そう言って顔を上げた九朗は大柄な青年で、肩より少し長い黒髪を一つに束ねている。顔の造作一つ一つが大きくくっきりとした相貌を持ち、凛々しい眉が印象的だ。あやめもくりくりとした大きな目をしているので歳は大きく離れているがよく似ていた。
久坂と言うのは土地の名で、九朗はそこで職人として働いているらしい。
「私はこの神域を預かる贄の神子で、名をすばると申します。この方は火の精霊で篝様、こちらへ貴方を案内してきたのは火の神の眷属で蛍と。九朗殿、ご兄妹が無事見つかってようございましたね」
にこりと笑って言えば目を合わせた九朗が固まる。暫く待ってみるが言葉はなく、しかし視線はずっと重なっていてすばるはことりと首を傾げた。
その瞳に陽の光が差し込んで星空の瞳がきらきらと輝く。
「綺麗な目だな……螺鈿細工みてえ」
「へ?」
九朗の心の声が漏れたかのようにぽろりと零れた言葉。きょとりと目を丸めたすばるに、九朗はようやっと礼を欠いたことに気付いて焦ったように再び頭を下げた。一介の職人が神子の挨拶にまともに返事をしないなど不敬と取られてもおかしくない。
「すんません!不躾にじろじろと見ちまって!あんまり綺麗な目だったもんで、つい……」
「き、綺麗ですか?ありがとうございます……」
申し訳なさそうに頭を掻きつつも九朗の視線はすばるの瞳に向いている。その素直な視線と言葉に晒されて、すばるは戸惑いつつもほんのりと頬を朱に染めた。
「おや、照れておられる」
「まあねぇ。あんな直球で褒められたら俺だって照れちゃいそう」
それも自然と零れ落ちた感じが嫌味っぽくなくて高得点だ。年若い青年たちが二人してもじもじしている様子はなかなか微笑ましい。そう思って眺めていると、ふいに蛍の着物の袖を引っ張る者がいた。
「ん?」
驚いて視線を下げると足元にいたのはあやめ。彼女の目から初めに見た緊張は消え去り、満面の笑みで蛍を見上げていた。
「イタチの兄ちゃん、兄ちゃん見つけてくれてありがとうね」
「どういたしまして!お嬢ちゃんがちゃーんと兄さんのこと教えてくれたからわかったんっすよー」
偉い偉い、としゃがみ込んであやめの頭を撫でてやる蛍。あやめもそれを楽しげに笑って受け入れていた。
その姿を見てこの男も大概子供が好きだなと篝は思う。主である火の神の命とは言え未だ成体に成れぬ篝を赤子から育て、続けざますばるの世話も焼いている。好きでなければやっていられないだろう。
「兄君も其方も、怪我もないようでようございまする。帰りはしかと手を繋いで帰るのですよ」
「うん!ぎゅーってして帰るね!」
「よーし、いい返事!」
篝の言葉に元気よく答えるあやめ。その素直な様子に篝もまた微笑ましい気持ちに包まれていると、横で九朗と話していたすばるが思いもよらない提案を投げかけていた。
「そうだ!お疲れでしょうし、一息ついていかれませんか?お茶もお菓子もご用意しますよ」
「えっ」
すばるはいいことを思いついたとばかりに笑っている。けれど九朗はその誘いに驚き、戸惑いの声を上げた。
「すばる殿、蛍が戻ってまいりましたよ。童の兄君もご一緒のようです」
「兄ちゃん?!」
「ああ、お待ちなされ。今こちらへ案内しておりまする……これ!」
篝が止めるのも聞かず立ち上がったあやめは一目散に駆けていく。廊下をばたばたと走っていく姿を追って座敷を出ると、程なくしてひしと抱き合う兄妹の姿が見えた。
「あやめ!」
「兄ちゃん!」
廊下の真ん中で再会を喜び合う二人。すばるはその様子に安堵しつつ戻ってきた蛍に礼を言った。
蛍の丸い耳と尾は妖術で隠されている。あやめの様子を見て、兄にも警戒されたりしないように配慮したのだろう。
「蛍、ありがとうございました」
「いえいえ。近くの町の子だったみたいっすね。枝拾いに来てはぐれたそうっす」
「そうなんですね。見つかってよかった……」
怪我はないかと兄の方があやめの体を触って確認している。彼はその背に枝を積んだ背負子を負っているが半分も積まれておらず、その割に纏った着物は酷く土で汚れていた。はぐれた妹を必死で探していたのだろう。
「待てと言うておりますのに。童と言うのは全く」
遅れて廊下に出てきた篝が呆れかえった様子で呟いている。大人びた口調でやれやれと首を振る篝の姿を見た蛍は僅かに瞠目した後、にやりといやらしい笑みを浮かべて口を開いた。
「あれぇ?嬢ちゃんだってちょっと前まであんな感じだったっすよね?」
「わ、われは森で迷子になるようなことは」
「溶岩流に流されて迷子になったことはあったっすね」
揶揄ってくる蛍にむくれてぷいと顔を逸らせば、在りし日の失態をしたり顔で暴露される。
火の神の神域に住む精霊の遊び場は火山だ。蛍は昔、噴火を起こした火山に突撃して溶岩流に押し流された篝を必死になって捜索したのを思い出す。山の麓で見つけた彼女は蛍を見ると飛びついてきて、怖かったとぴいぴい泣いていたのだ。
それも一度や二度のことではないので蛍的には忘れたとは言わせないぞ、という感じである。
「ええ?!篝ちゃんにもそんな時が!」
「ご、五十年も前の話にございまする!」
成長速度の関係で今やすばるよりも幼く見える篝だが、彼女は幼い頃からすばるの姉のように振舞ってきた。彼女のお転婆だった過去に目を丸めると、ずっと昔のことだと恥ずかしげに頬を染めている。
「いやぁ、今でも大して変わってないと思うんすけどねぇ。神子さんと初めて会った時なんてそりゃもうはしゃいでバタバタと煩いのなんの」
「蛍!」
「あの」
つい話し込んでしまう様子に躊躇いがちな声がかけられて、そんな場合ではなかったと三人ははっとする。兄妹に視線を移すと二人ともこちらの様子を窺っており、もうとっくに感動の再会は終了していたようだった。
「すみません!つい」
「いえ!こちらこそ話を遮ってすんません」
代表してすばるが頭を下げるとあやめの兄も慌てて頭を下げる。つられてあやめもぺこりと頭を下げた。
「俺は久坂で細工職人をしております九朗と申します。妹を保護して下さってありがとうございました」
そう言って顔を上げた九朗は大柄な青年で、肩より少し長い黒髪を一つに束ねている。顔の造作一つ一つが大きくくっきりとした相貌を持ち、凛々しい眉が印象的だ。あやめもくりくりとした大きな目をしているので歳は大きく離れているがよく似ていた。
久坂と言うのは土地の名で、九朗はそこで職人として働いているらしい。
「私はこの神域を預かる贄の神子で、名をすばると申します。この方は火の精霊で篝様、こちらへ貴方を案内してきたのは火の神の眷属で蛍と。九朗殿、ご兄妹が無事見つかってようございましたね」
にこりと笑って言えば目を合わせた九朗が固まる。暫く待ってみるが言葉はなく、しかし視線はずっと重なっていてすばるはことりと首を傾げた。
その瞳に陽の光が差し込んで星空の瞳がきらきらと輝く。
「綺麗な目だな……螺鈿細工みてえ」
「へ?」
九朗の心の声が漏れたかのようにぽろりと零れた言葉。きょとりと目を丸めたすばるに、九朗はようやっと礼を欠いたことに気付いて焦ったように再び頭を下げた。一介の職人が神子の挨拶にまともに返事をしないなど不敬と取られてもおかしくない。
「すんません!不躾にじろじろと見ちまって!あんまり綺麗な目だったもんで、つい……」
「き、綺麗ですか?ありがとうございます……」
申し訳なさそうに頭を掻きつつも九朗の視線はすばるの瞳に向いている。その素直な視線と言葉に晒されて、すばるは戸惑いつつもほんのりと頬を朱に染めた。
「おや、照れておられる」
「まあねぇ。あんな直球で褒められたら俺だって照れちゃいそう」
それも自然と零れ落ちた感じが嫌味っぽくなくて高得点だ。年若い青年たちが二人してもじもじしている様子はなかなか微笑ましい。そう思って眺めていると、ふいに蛍の着物の袖を引っ張る者がいた。
「ん?」
驚いて視線を下げると足元にいたのはあやめ。彼女の目から初めに見た緊張は消え去り、満面の笑みで蛍を見上げていた。
「イタチの兄ちゃん、兄ちゃん見つけてくれてありがとうね」
「どういたしまして!お嬢ちゃんがちゃーんと兄さんのこと教えてくれたからわかったんっすよー」
偉い偉い、としゃがみ込んであやめの頭を撫でてやる蛍。あやめもそれを楽しげに笑って受け入れていた。
その姿を見てこの男も大概子供が好きだなと篝は思う。主である火の神の命とは言え未だ成体に成れぬ篝を赤子から育て、続けざますばるの世話も焼いている。好きでなければやっていられないだろう。
「兄君も其方も、怪我もないようでようございまする。帰りはしかと手を繋いで帰るのですよ」
「うん!ぎゅーってして帰るね!」
「よーし、いい返事!」
篝の言葉に元気よく答えるあやめ。その素直な様子に篝もまた微笑ましい気持ちに包まれていると、横で九朗と話していたすばるが思いもよらない提案を投げかけていた。
「そうだ!お疲れでしょうし、一息ついていかれませんか?お茶もお菓子もご用意しますよ」
「えっ」
すばるはいいことを思いついたとばかりに笑っている。けれど九朗はその誘いに驚き、戸惑いの声を上げた。
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