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恋の芽生え
十六
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「皓月!!」
自分の叫び声で目が覚める。
苦しいくらいに息が上がり、心臓は耳障りなほど脈打っている。天に向かって伸ばした両腕は恐怖に小さく震えていた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくて、そろりと視線を動かして辺りを見回す。
見えるのは夏の夜空を映し出す天井と布団に横たわる体。
「ゆ、め……?」
そっと体を起こして震える手で胸に触れる。心臓は未だ激しく脈打っているが、穴も開いていなければ血の一滴も流れてはいない。皓月の姿はなく、瘴気の気配もなかった。
己は夢を見ていたらしい。漸くそれを理解して細く長い息を吐く。落ち着かない気持ちは続いているが、ほんの僅かに体の力が抜けた。ゆっくりと身を起こし、微かに震える体を自分の腕で抱き締める。
「なんて、酷い夢」
皓月が穢れていくさまが何よりも恐ろしかった。自身が死ぬことよりもずっと。
愛情の行く先を奪われた皓月は人を呪った。垂水の主人であった水神のように憎しみと絶望を募らせ、神としての在り方を忘れてしまった。
すばるの愛が皓月を壊してしまった。
「すばる、すばる。大丈夫か?」
「っ!」
思わぬ声にびくりと体が跳ねる。驚いて寝台の帳を開くと、心配そうに眉を下げた皓月が立っていた。
「私を呼んだだろう?どうした、何かあったのか?」
皓月は膝を折り、目を見開いたまま動かないすばるの頬を撫でる。ゆらゆらと揺れる狐火が照らすその姿はいつもと何一つ変わらない。どこも穢れていない姿が現実であると確信したくて、すばるは彼の胸に飛び込んだ。
「こうげつ……!」
「震えているな……一体どうした」
すばるの体を難なく抱き留めた皓月が宥めるように優しく背を撫でる。その手の温かさに安堵し、すばるは漸く震える体に血が巡り始める心地がした。
「こわい、とてもこわい夢を見ました。それで、思わず声が」
全てを話すことはとてもじゃないができない。それでも身に迫る恐怖を消し去りたくてすばるは皓月に縋る。
そして皓月もすばるの願いを過たず受け取るのだ。
「ああ、そうだったのか。もう大丈夫だ。私が傍にいる。私の明かりで恐ろしい夢を遠ざけてやろう」
「本当……?そばに、いてくれますか?」
「勿論だとも。日が昇るまで傍にいるよ」
不安げに見上げるすばると視線を合わせて微笑む皓月。その姿に嘆き悲しむ夢の姿が重なって見えて、すばるは再び皓月の胸に顔を埋めた。
「あれは夢、ただの夢です」
夢で見た恐ろしい姿を振り切ろうとすばるは皓月の胸に額を擦り付ける。
皓月が皓月でなくなるかもしれないと思うと、あの美しい銀鼠の毛並みが失われ、満月の輝きが痛苦に染まるなど考えるだけで胸を掻き毟られるような心地だ。実際、耐え切れずに悲鳴を上げて跳び起きてしまった。
現実かと思うほどの生々しい感触に、夢は夢だと割り切ることはできなかった。
ほんの僅かでもその可能性がある、気付かされてしまったからには無視できない。一度生まれた不安は簡単に消えはしないのだ。
垂氷は失敗したと思ったようだが、彼の言葉は悪夢を見せるほどにすばるの胸に浸み込んでいた。
「皓月……」
「うん?」
すばるを布団に寝かせた後、枕元に腰を落ち着けた皓月に見下ろされる。子供をあやすように布団の上から胸を緩く叩く仕草に、ふいに涙が零れそうになった。
昔皓月がくれたすばるだけの特別な星空。皓月に見守られ、部屋中を星が埋め尽くす中ですばるは思う。
皓月の煌々と輝く金色の瞳。闇夜を明るく照らしてくれるすばるのお月様。物心つく前から傍にいて、ずっと一緒だと約束した一番大切な人。すばるの好きな人。
「いいえ、なんでも。おやすみなさい」
「おやすみ、すばる。私の明かりがお前の夢を照らすよう」
恐ろしい夢に怯えて、すばるは自身の幼い恋心を胸の奥に閉じ込めた。
自分の叫び声で目が覚める。
苦しいくらいに息が上がり、心臓は耳障りなほど脈打っている。天に向かって伸ばした両腕は恐怖に小さく震えていた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくて、そろりと視線を動かして辺りを見回す。
見えるのは夏の夜空を映し出す天井と布団に横たわる体。
「ゆ、め……?」
そっと体を起こして震える手で胸に触れる。心臓は未だ激しく脈打っているが、穴も開いていなければ血の一滴も流れてはいない。皓月の姿はなく、瘴気の気配もなかった。
己は夢を見ていたらしい。漸くそれを理解して細く長い息を吐く。落ち着かない気持ちは続いているが、ほんの僅かに体の力が抜けた。ゆっくりと身を起こし、微かに震える体を自分の腕で抱き締める。
「なんて、酷い夢」
皓月が穢れていくさまが何よりも恐ろしかった。自身が死ぬことよりもずっと。
愛情の行く先を奪われた皓月は人を呪った。垂水の主人であった水神のように憎しみと絶望を募らせ、神としての在り方を忘れてしまった。
すばるの愛が皓月を壊してしまった。
「すばる、すばる。大丈夫か?」
「っ!」
思わぬ声にびくりと体が跳ねる。驚いて寝台の帳を開くと、心配そうに眉を下げた皓月が立っていた。
「私を呼んだだろう?どうした、何かあったのか?」
皓月は膝を折り、目を見開いたまま動かないすばるの頬を撫でる。ゆらゆらと揺れる狐火が照らすその姿はいつもと何一つ変わらない。どこも穢れていない姿が現実であると確信したくて、すばるは彼の胸に飛び込んだ。
「こうげつ……!」
「震えているな……一体どうした」
すばるの体を難なく抱き留めた皓月が宥めるように優しく背を撫でる。その手の温かさに安堵し、すばるは漸く震える体に血が巡り始める心地がした。
「こわい、とてもこわい夢を見ました。それで、思わず声が」
全てを話すことはとてもじゃないができない。それでも身に迫る恐怖を消し去りたくてすばるは皓月に縋る。
そして皓月もすばるの願いを過たず受け取るのだ。
「ああ、そうだったのか。もう大丈夫だ。私が傍にいる。私の明かりで恐ろしい夢を遠ざけてやろう」
「本当……?そばに、いてくれますか?」
「勿論だとも。日が昇るまで傍にいるよ」
不安げに見上げるすばると視線を合わせて微笑む皓月。その姿に嘆き悲しむ夢の姿が重なって見えて、すばるは再び皓月の胸に顔を埋めた。
「あれは夢、ただの夢です」
夢で見た恐ろしい姿を振り切ろうとすばるは皓月の胸に額を擦り付ける。
皓月が皓月でなくなるかもしれないと思うと、あの美しい銀鼠の毛並みが失われ、満月の輝きが痛苦に染まるなど考えるだけで胸を掻き毟られるような心地だ。実際、耐え切れずに悲鳴を上げて跳び起きてしまった。
現実かと思うほどの生々しい感触に、夢は夢だと割り切ることはできなかった。
ほんの僅かでもその可能性がある、気付かされてしまったからには無視できない。一度生まれた不安は簡単に消えはしないのだ。
垂氷は失敗したと思ったようだが、彼の言葉は悪夢を見せるほどにすばるの胸に浸み込んでいた。
「皓月……」
「うん?」
すばるを布団に寝かせた後、枕元に腰を落ち着けた皓月に見下ろされる。子供をあやすように布団の上から胸を緩く叩く仕草に、ふいに涙が零れそうになった。
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「いいえ、なんでも。おやすみなさい」
「おやすみ、すばる。私の明かりがお前の夢を照らすよう」
恐ろしい夢に怯えて、すばるは自身の幼い恋心を胸の奥に閉じ込めた。
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