贄の神子と月明かりの神様

木島

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恋の芽生え

十四

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「優しいんですね、垂氷様は」
「はぁ?何言ってるの」
「だって、垂氷様はすばるに聞かせてくれました。すばるに分からせるためとはいえ、主を失った時の話をするのは辛いことだったでしょう?」
「神子ちゃん……」

 聴いているだけでも垂氷の言葉の端々から彼が心から水神を敬愛していたことが伝わってきた。大切な人を失った過去を思い出すのも語るのもきっと辛かった筈なのに、古傷を抉ってまですばるに忠告しようとしてくれたのだ。そんな彼が優しくないはずがない。
 予想外の反応を返してきたすばるに、垂氷は毒気を抜かれたような心地になった。注いだはずの毒が端から溢れていたような徒労を感じて、思わず笑ってしまう。

「僕は君に嫌われるつもりでいたんだけどなぁ。どう考えたって難癖付けて人の恋路を邪魔するヤな奴じゃん。優しいなんて言われると思ってなかった」
「優しいですよ。だって、心配してくれてるじゃないですか」
「僕が心配なのは皓月様だよ。正直君はどうだっていい」

 つん、とそっぽを向く垂氷。その突き放すような言葉を受けても不思議と彼に悪感情を抱くことはなかった。

「大体さあ、君はそれ以前の問題だからね!まず、皓月様と恋仲になれるなんて思わないでほしいな」
「うっ」

 それはそうだ。現実を突きつけられて思わず呻く。

「いい?考えてもみなよ。親愛以上の気持ちはないけどずっと一緒に住んでて、この先一生一緒にいなきゃいけない相手に好きとか愛してるとか言われるのがどれだけ気まずいか」
「まあ、それは……確かに……」
「最初に言ったけどああ見えて皓月様は子供好きで情深い方だからさぁ、凄く悩むし心を痛めるはずなんだよね。応えられるわけないのに傷つけたくなくて苦しんでしまうだろうね」

 次から次へと話し続ける垂氷に相槌を打つことしかできない。彼が予想する皓月の反応はすばるにも容易に想像ができる。皓月はすばるに殊更に甘い男なので、きっとすばるの気持ちを無下にすることはできないだろう。
 垂氷は頑是ない子供に言い聞かせるようにゆっくりと語りかけた。

「わかる?いずれにせよ、君がこの先も皓月様に守られ続けることは変わらないんだよ?」
「あ……」

 そう指摘されて初めてすばるはそのことに気付いた。すばると皓月は神子と守護者。例え気まずくなろうが嫌悪を抱こうが、主から命を受けた皓月はすばるが死ぬまで傍を離れることはできないのだ。
 すばるは治りかけた頬の爛れを撫でながら、無心に傷を癒そうとしてくれた皓月の姿を想う。
 物語の登場人物のように愛し愛される関係に憧れていた。秘密だ、誰にも言えないと思っていても、心のどこかに彼の特別になりたいと思う気持ちがあった。けれどこの恋は、この愛は禁忌なのだと彼は言う。例え実ることがなかったとしても知られるだけで皓月を困らせ、苦しめる。今のこの心地好い関係を破綻させるきっかけにも成り得る。

 ずきりと胸の奥が痛んだ。

「すばる!」

 考え込んでいると焦ったようにすばるを呼ぶ皓月の声が聞こえる。はっとして顔を上げた視線の先、拝殿側の渡り廊下には強張った顔をした皓月が立っていた。

「皓月」
「皓月様……あれ、なんか怒ってる?」

 遠目からでもわかる皓月の硬い表情に口元を引き攣らせる垂氷。対称的に探しに来てくれたことに気付いたすばるの表情はぱっと華やいだ。直後に先程までの話を思い出して僅かに逡巡したが、振り切るように立ち上がると皓月に向かって駆けていった。

「あら。行っちゃった」

 わざと嫌な話をして揺さぶりをかけ、実際動揺もしていた。それなのに彼は皓月の姿を見た途端にその全てを振り払って行ってしまった。彼にこちらの言葉は響かなかったのだろうか。垂氷は大袈裟なほどに大きな溜息を吐き、皓月に頭を下げるすばるの姿を憮然とした表情で見つめる。

「さっきはごめんなさい。急に顔を舐められたからびっくりしてしまって」

 今もしくしくと小さく胸が痛む。けれどすばるは先程の話を一旦意識の隅に追いやって、己の些細な反抗の謝罪を口にする。すると皓月はほっとしたように硬かった表情を緩めてすばるの肩に触れた。

「ああ、そうだったのか。驚かせてすまなかったな。次からは気をつける」
「あい」

 和解ができて安心したのか、いつものように微笑むすばるの顔に皓月は漸く息を吐く。あんなに顔を赤くして怒りを露にしたすばるを見るのは初めてで実際のところかなり混乱していたのだ。直ぐに追いかけることもできずに呆けていたのがいい証拠だろう。
 ようやく立ち直って探しに出てみれば、見つけたすばるは何故か松の木の下で垂氷と座り込んで何事かを話しているではないか。
 焦った皓月は何も考えずにすばるの名を呼んでいた。

「すばる、大事ないか?おかしなことを言われていないだろうな」

 無事を確かめるようにぺたぺたと体を触り顔色を窺う。警戒心を剥き出しにしている皓月にむっとして、流石の垂氷も立ち上がって抗議の声を上げた。

「ちょっとぉ、さっきからそうやって僕を不審者にするのやめてよね。ちょっと世間話してただけじゃん。ねえ、神子ちゃん」
「あい」
「世間話?」

 不審そうに問えば二人揃って頷いている。しかしそれ以上話の内容を告げるつもりはないようで、物言いたげな皓月の視線に敢えて気付かないふりをした。
 内容を話してしまえばすばるは自身の恋心を知られてしまうことになる。それは二人の望むところではないのだ。

「さあ、もうそろそろ夕餉もできる頃合いでしょうし東の棟に参りましょうか」
「うん?そ、そうか?そうだな」

 話を逸らしてにこりと笑ったすばるが皓月の背を押して早く行こうと急かした。その空気に押され頷いてしまった皓月はすばるに押されるがまま歩き出す。その後ろを垂氷が楽しげに笑いながら追いかけた。

「蛍の作るご飯美味しいんだよねぇ。久しぶりだから楽しみ~!」
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