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恋の芽生え
五
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「それは……恋では?」
思わずまろびでそうになるその言葉を篝と蛍は口に手を当て飲み込んだ。
二人揃って同じ動きで固まる姿に仲がいいなと首を傾げ、すばるは続けて言葉を紡ぐ。
独りで考えても埒が明かないと判断したすばるは皓月が不在の日を狙い篝と蛍に突撃した。多目的用の部屋に二人を座らせて真剣な様子でこれまでのことを話して聞かせ、二人に助言を乞うているのだ。
「今までずうっと一緒にいたのに、急にそんな風に胸が苦しくなるのっておかしくないですか?皓月の態度が変わったわけでもないし、すばるだって特別何かした覚えもないし……」
篝と蛍には明確に答えがわかる。然し、限られた相手としか過ごしてこなかったすばるはその気持ちに付ける名前を知らないのだろう。二人に相談しながら自身もうんうんと頭を捻り懸命に思案している。
「あのね、神子さん」
「あっ!」
そうして閃いた!とばかりに目を輝かせて身を乗り出した。
「もしかしてこれも誰かの災いを貰ってしまったんでしょうか?!」
「それだけは違うと思うっす」
「違うんですか……」
即座に否定されてすとん、と残念そうに腰を下ろす。
再び独りで考え始めたすばるを一先ず置いて篝と蛍は頭を寄せ合った。悩んでいるすばるに聞こえないように、小声でこそこそと話し合う。
「蛍、色恋についてというのは普通何を見て学ぶものぞ?」
「ええ?学問じゃあるまいし、体験するしかないんじゃないっすか?」
「体験していてもわかっておられぬではないか」
「ちょっと、二人だけで話さないでください!何なんですか?すばるのコレ、なんなのかわかるんですか?」
思いっきり顔を逸らしてこそこそしている二人に気付いてすばるが非難の声を上げる。四つ這いでにじり寄ってきて、仲間に入れろと頬を膨らませた。
さてどうするか。二人に残された選択肢は二つ。教えるか教えないかだ。
「あぁ~ええっと~その~」
「あ!」
話すまで諦めないと詰め寄られて視線を泳がせる蛍。その隣で篝は唐突にさっきまで読んでいた書物の存在を思い出した。手に持ったままだったそれを見て、これならばと頷いてすばるに差し出す。
「すばる殿、ひとまずこれをお読みください」
「これは?」
「人向けの娯楽本です。きっと今のすばる殿のお役に立つはず」
「娯楽本……」
篝から差し出された書物を手にして首を傾げる。
すばるにとって書物とは教養を高めるための教本であり、ただの娯楽として消費するものとは無縁だった。もっと幼い頃は幼児向けの絵巻物も読んでいたが、恐らく渡されたこれは絵巻物とはまた違った手合いのものだろう。
書物をぱらぱらと捲っていると蛍も納得がいったかのように頷いている。
「確かに、本から始めんのがいいかもっすね。神子さんは普段俺達としか接してないから、その辺の手本になるような奴がいないんっすよ」
「これを教本と思えばいいんですか?」
「そのように大層なものではございませぬよ。あくまでこれは娯楽本です」
すばるの言葉に篝は微笑んで首を横に振る。
すばるの知らない恋というものは、教本のような理路整然とした書物からは読み取れないものだ。人の心に寄り添い、感情を揺さぶるために書かれた物にこそ心を読み解く要素が隠れているだろう。
「きっと、すばる殿のお心を解く助力となりましょう」
篝からまるで姉のように優しく諭されて、すばるは一度目を通してみようと与えられた書物を持って自室へと戻っていった。
その背を見送り、すっかり気配の消えた頃に篝は隣に控える優秀な世話係の名を呼ぶ。
「蛍」
「はい?」
「皓月殿への気持ちを自覚するのは、あの方にとってよいことなのであろうか」
いつも快活な声で話す篝にしては珍しく、問いかける声は酷く静かなものだった。
普段は子供の肉体とすばるという存在に引き摺られて幼い言動が目立つが、生きてきた年月だけを言えばもうすぐ百を超える。僅か十年余しか生きていないすばるに見えないものが見えるし、彼の知らないことを知っている。
篝は神と恋をすることが何を意味するかを知っていた。
「相手が誰だろうと恋すること自体は悪いことじゃねえっすよ。嬢ちゃんもだからあの本渡してあげたんでしょ?」
「それは……そうなのだが」
誰かを恋い慕うことに悪いなんてことはない。その気持ちが何であるかを知る権利があるし、知ったうえでどう向き合うのかも彼の自由だ。他人に口を挟める問題ではない。わかっていても、篝の胸に不安は過ぎる。
「われはすばる殿がかわいい。あの方が泣く様なことになってほしくはないのだ」
彼自身に自覚はないだろうが、神籍を与えられていてもすばるは人だ。千年を超えて生きる神との隔たりは大きい。変わらないように見えて本当は何もかも違うのだ。
いつかきれいな夜空の色をした瞳が涙に濡れる日が来るかもしれない。蛍はそう悲しげに目を伏せる主人の肩を優しく抱き、そっと己に引き寄せた。
慰めるように頭に口付けて肩を撫でてやる。
「どうなるのが幸せかは誰にもわかんないっすよ。俺達にできるのは、どうなろうと二人の支えになることだけ」
恋を知ったすばるがどう出るのか。そもそも皓月の溺愛はどこから来るのか。わからないことばかりだが、不安を抱く篝とは逆に蛍の心は穏やかだった。
あの神子と守護者は何よりも強い絆で結ばれているような気がしてならないのだ。
「案外あの二人なら、なんとかなるかもしれないっすよ」
思わずまろびでそうになるその言葉を篝と蛍は口に手を当て飲み込んだ。
二人揃って同じ動きで固まる姿に仲がいいなと首を傾げ、すばるは続けて言葉を紡ぐ。
独りで考えても埒が明かないと判断したすばるは皓月が不在の日を狙い篝と蛍に突撃した。多目的用の部屋に二人を座らせて真剣な様子でこれまでのことを話して聞かせ、二人に助言を乞うているのだ。
「今までずうっと一緒にいたのに、急にそんな風に胸が苦しくなるのっておかしくないですか?皓月の態度が変わったわけでもないし、すばるだって特別何かした覚えもないし……」
篝と蛍には明確に答えがわかる。然し、限られた相手としか過ごしてこなかったすばるはその気持ちに付ける名前を知らないのだろう。二人に相談しながら自身もうんうんと頭を捻り懸命に思案している。
「あのね、神子さん」
「あっ!」
そうして閃いた!とばかりに目を輝かせて身を乗り出した。
「もしかしてこれも誰かの災いを貰ってしまったんでしょうか?!」
「それだけは違うと思うっす」
「違うんですか……」
即座に否定されてすとん、と残念そうに腰を下ろす。
再び独りで考え始めたすばるを一先ず置いて篝と蛍は頭を寄せ合った。悩んでいるすばるに聞こえないように、小声でこそこそと話し合う。
「蛍、色恋についてというのは普通何を見て学ぶものぞ?」
「ええ?学問じゃあるまいし、体験するしかないんじゃないっすか?」
「体験していてもわかっておられぬではないか」
「ちょっと、二人だけで話さないでください!何なんですか?すばるのコレ、なんなのかわかるんですか?」
思いっきり顔を逸らしてこそこそしている二人に気付いてすばるが非難の声を上げる。四つ這いでにじり寄ってきて、仲間に入れろと頬を膨らませた。
さてどうするか。二人に残された選択肢は二つ。教えるか教えないかだ。
「あぁ~ええっと~その~」
「あ!」
話すまで諦めないと詰め寄られて視線を泳がせる蛍。その隣で篝は唐突にさっきまで読んでいた書物の存在を思い出した。手に持ったままだったそれを見て、これならばと頷いてすばるに差し出す。
「すばる殿、ひとまずこれをお読みください」
「これは?」
「人向けの娯楽本です。きっと今のすばる殿のお役に立つはず」
「娯楽本……」
篝から差し出された書物を手にして首を傾げる。
すばるにとって書物とは教養を高めるための教本であり、ただの娯楽として消費するものとは無縁だった。もっと幼い頃は幼児向けの絵巻物も読んでいたが、恐らく渡されたこれは絵巻物とはまた違った手合いのものだろう。
書物をぱらぱらと捲っていると蛍も納得がいったかのように頷いている。
「確かに、本から始めんのがいいかもっすね。神子さんは普段俺達としか接してないから、その辺の手本になるような奴がいないんっすよ」
「これを教本と思えばいいんですか?」
「そのように大層なものではございませぬよ。あくまでこれは娯楽本です」
すばるの言葉に篝は微笑んで首を横に振る。
すばるの知らない恋というものは、教本のような理路整然とした書物からは読み取れないものだ。人の心に寄り添い、感情を揺さぶるために書かれた物にこそ心を読み解く要素が隠れているだろう。
「きっと、すばる殿のお心を解く助力となりましょう」
篝からまるで姉のように優しく諭されて、すばるは一度目を通してみようと与えられた書物を持って自室へと戻っていった。
その背を見送り、すっかり気配の消えた頃に篝は隣に控える優秀な世話係の名を呼ぶ。
「蛍」
「はい?」
「皓月殿への気持ちを自覚するのは、あの方にとってよいことなのであろうか」
いつも快活な声で話す篝にしては珍しく、問いかける声は酷く静かなものだった。
普段は子供の肉体とすばるという存在に引き摺られて幼い言動が目立つが、生きてきた年月だけを言えばもうすぐ百を超える。僅か十年余しか生きていないすばるに見えないものが見えるし、彼の知らないことを知っている。
篝は神と恋をすることが何を意味するかを知っていた。
「相手が誰だろうと恋すること自体は悪いことじゃねえっすよ。嬢ちゃんもだからあの本渡してあげたんでしょ?」
「それは……そうなのだが」
誰かを恋い慕うことに悪いなんてことはない。その気持ちが何であるかを知る権利があるし、知ったうえでどう向き合うのかも彼の自由だ。他人に口を挟める問題ではない。わかっていても、篝の胸に不安は過ぎる。
「われはすばる殿がかわいい。あの方が泣く様なことになってほしくはないのだ」
彼自身に自覚はないだろうが、神籍を与えられていてもすばるは人だ。千年を超えて生きる神との隔たりは大きい。変わらないように見えて本当は何もかも違うのだ。
いつかきれいな夜空の色をした瞳が涙に濡れる日が来るかもしれない。蛍はそう悲しげに目を伏せる主人の肩を優しく抱き、そっと己に引き寄せた。
慰めるように頭に口付けて肩を撫でてやる。
「どうなるのが幸せかは誰にもわかんないっすよ。俺達にできるのは、どうなろうと二人の支えになることだけ」
恋を知ったすばるがどう出るのか。そもそも皓月の溺愛はどこから来るのか。わからないことばかりだが、不安を抱く篝とは逆に蛍の心は穏やかだった。
あの神子と守護者は何よりも強い絆で結ばれているような気がしてならないのだ。
「案外あの二人なら、なんとかなるかもしれないっすよ」
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