贄の神子と月明かりの神様

木島

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恋の芽生え

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 朝餉を終えたら次は本格的な神子としての仕事の準備である。
 後片付けを篝が、参拝者の案内を蛍が行っている間にすばるは皓月と参拝者との面会に向けて支度を始めた。
 普段は動きやすい恰好を好み装飾品も着けないすばるだが、参拝者と顔を合わせる時は少し装いを派手にしている。それは子供だからと舐めた態度を取られるわけにはいかない、という皓月や蛍の主張に寄るところが大きいが、実際すばるが子供と知った途端に懐疑的な顔をする者も一定層いるのでその主張は強ち間違ってもいないだろう。
 因みに成長する毎に目鼻立ちのくっきりした美しい顔立ちになりつつある彼を着飾り、華やかで神聖な姿に仕立て上げることは皓月の密かな楽しみでもあったりする。

「今日はどれにする」
「ううん、どうしましょう……もう春も終わりですし、少し夏っぽいのがいいかなぁ」

 白い小袖と緋袴は変わらず、上に一枚上等な打掛を重ねるのが最近の装いだ。殆ど貢物のそれを部屋に広げて今日に一番良いものを選ぶ。

「あ、さっき言ってた簪はどんなのですか?それに合わせましょう」
「ああ、それがいいな。そうしよう」

 そう言って皓月が取り出した簪は銀でできた大ぶりな柳の簪だった。頭に沿うように柳の枝が這う櫛と、枝垂れ柳のように動く度揺れる細工が施された簪の二つで一揃いになっている。繊細な細工のそれに、すばるは目を輝かせた。

「うわぁ……!きれい!」
「だろう?ところどころ橄欖石で葉を作っていてなかなか趣味がいい」
「皓月、これにしましょう。この簪と、この萌黄色の透き通ってるやつ!」

 銀細工の柳の簪を見てすぐにすばるは一枚の打掛を手にする。柳の一部に使われている橄欖石(ペリドット)の色に合わせた萌黄色の紗の着物だ。手を通すと下が透けて見えるような薄手の織物で、軽く涼しげに見える。

「ふむ、そうだな……では紅と目元は濃い赤を差そうか。緑と赤は相性がいい」
「あい。決まりですね」

 衣装が決まれば後は皓月の仕事だ。すばるの目元と唇に朱を差し、器用な手つきで長い黒髪を結い上げていく。
 今でこそ軽々とやってのけているがこれもすばると過ごした日々の賜物である。後れ毛の一本もなく編み込んで纏めた髪に柳の櫛と簪を差し、萌黄色の着物を着せ掛けて支度が整った合図にそっと肩を撫でる。
 すばるは姿見で全身を眺め、しゃらしゃらと簪を揺らして機嫌よくくるりと回ってみせた。

「どうですか?」
「よく似合っている。愛らしいぞ」
「えっへへ」

 柔らかく笑みを浮かべた皓月に褒められて嬉しそうにふにゃりと笑う。そしてその笑顔のまま小さな手で皓月の手を引いた。

「さあ、次は皓月の番です。座って座って」
「ああ、よろしく頼む」
「任せてください!」

 参拝の時間までまだ少し時間がある。すばるは約束通り皓月の銀鼠の髪を梳り、柔らかな耳の毛を丁寧に撫でた。特に耳に生えた毛はいっとう滑らかで手触りがいいせいか、ついついいつまでも触ってしまいがちだ。くすぐったいのか時折振り払うように細かく動く耳が可愛くて、悪戯に突いてしまう。

「こら、すばる。そろそろ時間だぞ」

 楽しげに笑いながら大きな狐の耳を撫でていると、皓月の言葉と共に左右からもふもふの洪水がやってきた。皓月の尻尾だ。

「ん、ふふ!あい、まいります……もう、擽ったい!」
「仕返しだ」
「やぁ、も、お化粧取れちゃいます……!」

 ふふん、と得意げに笑う皓月にすばるもけらけらと笑う。
 こうやってじゃれ合って遊ぶのは参拝の前の恒例行事で、大なり小なり傷を負うすばるの緊張を解すためでもある。もう慣れたとすばるは言うが気負いがないわけではない。
 恐れは力の均衡を崩す。すばるが不必要に傷つくことがないように皓月はいつもすばるの精神状態を気にかけていた。

「さあ、かわいいすばる。行こうか」
「はぁ……あい。行きましょう」

 一頻りじゃれた後、皓月はすばるを抱え上げて己の腕に座らせると米神にそっと口づける。今日も一日この愛おしい神子が恙無く役目を終えることができるよう祈りながら、参拝者の待つ拝殿へと向かった。

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