22 / 71
恋の芽生え
二
しおりを挟む
朝餉を終えたら次は本格的な神子としての仕事の準備である。
後片付けを篝が、参拝者の案内を蛍が行っている間にすばるは皓月と参拝者との面会に向けて支度を始めた。
普段は動きやすい恰好を好み装飾品も着けないすばるだが、参拝者と顔を合わせる時は少し装いを派手にしている。それは子供だからと舐めた態度を取られるわけにはいかない、という皓月や蛍の主張に寄るところが大きいが、実際すばるが子供と知った途端に懐疑的な顔をする者も一定層いるのでその主張は強ち間違ってもいないだろう。
因みに成長する毎に目鼻立ちのくっきりした美しい顔立ちになりつつある彼を着飾り、華やかで神聖な姿に仕立て上げることは皓月の密かな楽しみでもあったりする。
「今日はどれにする」
「ううん、どうしましょう……もう春も終わりですし、少し夏っぽいのがいいかなぁ」
白い小袖と緋袴は変わらず、上に一枚上等な打掛を重ねるのが最近の装いだ。殆ど貢物のそれを部屋に広げて今日に一番良いものを選ぶ。
「あ、さっき言ってた簪はどんなのですか?それに合わせましょう」
「ああ、それがいいな。そうしよう」
そう言って皓月が取り出した簪は銀でできた大ぶりな柳の簪だった。頭に沿うように柳の枝が這う櫛と、枝垂れ柳のように動く度揺れる細工が施された簪の二つで一揃いになっている。繊細な細工のそれに、すばるは目を輝かせた。
「うわぁ……!きれい!」
「だろう?ところどころ橄欖石で葉を作っていてなかなか趣味がいい」
「皓月、これにしましょう。この簪と、この萌黄色の透き通ってるやつ!」
銀細工の柳の簪を見てすぐにすばるは一枚の打掛を手にする。柳の一部に使われている橄欖石(ペリドット)の色に合わせた萌黄色の紗の着物だ。手を通すと下が透けて見えるような薄手の織物で、軽く涼しげに見える。
「ふむ、そうだな……では紅と目元は濃い赤を差そうか。緑と赤は相性がいい」
「あい。決まりですね」
衣装が決まれば後は皓月の仕事だ。すばるの目元と唇に朱を差し、器用な手つきで長い黒髪を結い上げていく。
今でこそ軽々とやってのけているがこれもすばると過ごした日々の賜物である。後れ毛の一本もなく編み込んで纏めた髪に柳の櫛と簪を差し、萌黄色の着物を着せ掛けて支度が整った合図にそっと肩を撫でる。
すばるは姿見で全身を眺め、しゃらしゃらと簪を揺らして機嫌よくくるりと回ってみせた。
「どうですか?」
「よく似合っている。愛らしいぞ」
「えっへへ」
柔らかく笑みを浮かべた皓月に褒められて嬉しそうにふにゃりと笑う。そしてその笑顔のまま小さな手で皓月の手を引いた。
「さあ、次は皓月の番です。座って座って」
「ああ、よろしく頼む」
「任せてください!」
参拝の時間までまだ少し時間がある。すばるは約束通り皓月の銀鼠の髪を梳り、柔らかな耳の毛を丁寧に撫でた。特に耳に生えた毛はいっとう滑らかで手触りがいいせいか、ついついいつまでも触ってしまいがちだ。くすぐったいのか時折振り払うように細かく動く耳が可愛くて、悪戯に突いてしまう。
「こら、すばる。そろそろ時間だぞ」
楽しげに笑いながら大きな狐の耳を撫でていると、皓月の言葉と共に左右からもふもふの洪水がやってきた。皓月の尻尾だ。
「ん、ふふ!あい、まいります……もう、擽ったい!」
「仕返しだ」
「やぁ、も、お化粧取れちゃいます……!」
ふふん、と得意げに笑う皓月にすばるもけらけらと笑う。
こうやってじゃれ合って遊ぶのは参拝の前の恒例行事で、大なり小なり傷を負うすばるの緊張を解すためでもある。もう慣れたとすばるは言うが気負いがないわけではない。
恐れは力の均衡を崩す。すばるが不必要に傷つくことがないように皓月はいつもすばるの精神状態を気にかけていた。
「さあ、かわいいすばる。行こうか」
「はぁ……あい。行きましょう」
一頻りじゃれた後、皓月はすばるを抱え上げて己の腕に座らせると米神にそっと口づける。今日も一日この愛おしい神子が恙無く役目を終えることができるよう祈りながら、参拝者の待つ拝殿へと向かった。
後片付けを篝が、参拝者の案内を蛍が行っている間にすばるは皓月と参拝者との面会に向けて支度を始めた。
普段は動きやすい恰好を好み装飾品も着けないすばるだが、参拝者と顔を合わせる時は少し装いを派手にしている。それは子供だからと舐めた態度を取られるわけにはいかない、という皓月や蛍の主張に寄るところが大きいが、実際すばるが子供と知った途端に懐疑的な顔をする者も一定層いるのでその主張は強ち間違ってもいないだろう。
因みに成長する毎に目鼻立ちのくっきりした美しい顔立ちになりつつある彼を着飾り、華やかで神聖な姿に仕立て上げることは皓月の密かな楽しみでもあったりする。
「今日はどれにする」
「ううん、どうしましょう……もう春も終わりですし、少し夏っぽいのがいいかなぁ」
白い小袖と緋袴は変わらず、上に一枚上等な打掛を重ねるのが最近の装いだ。殆ど貢物のそれを部屋に広げて今日に一番良いものを選ぶ。
「あ、さっき言ってた簪はどんなのですか?それに合わせましょう」
「ああ、それがいいな。そうしよう」
そう言って皓月が取り出した簪は銀でできた大ぶりな柳の簪だった。頭に沿うように柳の枝が這う櫛と、枝垂れ柳のように動く度揺れる細工が施された簪の二つで一揃いになっている。繊細な細工のそれに、すばるは目を輝かせた。
「うわぁ……!きれい!」
「だろう?ところどころ橄欖石で葉を作っていてなかなか趣味がいい」
「皓月、これにしましょう。この簪と、この萌黄色の透き通ってるやつ!」
銀細工の柳の簪を見てすぐにすばるは一枚の打掛を手にする。柳の一部に使われている橄欖石(ペリドット)の色に合わせた萌黄色の紗の着物だ。手を通すと下が透けて見えるような薄手の織物で、軽く涼しげに見える。
「ふむ、そうだな……では紅と目元は濃い赤を差そうか。緑と赤は相性がいい」
「あい。決まりですね」
衣装が決まれば後は皓月の仕事だ。すばるの目元と唇に朱を差し、器用な手つきで長い黒髪を結い上げていく。
今でこそ軽々とやってのけているがこれもすばると過ごした日々の賜物である。後れ毛の一本もなく編み込んで纏めた髪に柳の櫛と簪を差し、萌黄色の着物を着せ掛けて支度が整った合図にそっと肩を撫でる。
すばるは姿見で全身を眺め、しゃらしゃらと簪を揺らして機嫌よくくるりと回ってみせた。
「どうですか?」
「よく似合っている。愛らしいぞ」
「えっへへ」
柔らかく笑みを浮かべた皓月に褒められて嬉しそうにふにゃりと笑う。そしてその笑顔のまま小さな手で皓月の手を引いた。
「さあ、次は皓月の番です。座って座って」
「ああ、よろしく頼む」
「任せてください!」
参拝の時間までまだ少し時間がある。すばるは約束通り皓月の銀鼠の髪を梳り、柔らかな耳の毛を丁寧に撫でた。特に耳に生えた毛はいっとう滑らかで手触りがいいせいか、ついついいつまでも触ってしまいがちだ。くすぐったいのか時折振り払うように細かく動く耳が可愛くて、悪戯に突いてしまう。
「こら、すばる。そろそろ時間だぞ」
楽しげに笑いながら大きな狐の耳を撫でていると、皓月の言葉と共に左右からもふもふの洪水がやってきた。皓月の尻尾だ。
「ん、ふふ!あい、まいります……もう、擽ったい!」
「仕返しだ」
「やぁ、も、お化粧取れちゃいます……!」
ふふん、と得意げに笑う皓月にすばるもけらけらと笑う。
こうやってじゃれ合って遊ぶのは参拝の前の恒例行事で、大なり小なり傷を負うすばるの緊張を解すためでもある。もう慣れたとすばるは言うが気負いがないわけではない。
恐れは力の均衡を崩す。すばるが不必要に傷つくことがないように皓月はいつもすばるの精神状態を気にかけていた。
「さあ、かわいいすばる。行こうか」
「はぁ……あい。行きましょう」
一頻りじゃれた後、皓月はすばるを抱え上げて己の腕に座らせると米神にそっと口づける。今日も一日この愛おしい神子が恙無く役目を終えることができるよう祈りながら、参拝者の待つ拝殿へと向かった。
10
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説


傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる