贄の神子と月明かりの神様

木島

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箱入り神子と星空と

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 月の輝きは成りを潜め、小さな星の光が無数に瞬いている。白く光る星、黄色い星、赤い星。小さな星達が集まって、輝く星の河を作り上げているところもある。
 空一面に広がる星々の世界に、すばるは言葉を失った。

「どうだ?気に入ったか?」

 暫くじっと魅入っていたすばるがほう、と感歎の息を吐く。それに合わせて皓月はすばるの肩に手を置いた。
 くるりと振り返ったすばるの瞳は、とろりと溶けてしまっている。

「すごい……きれい……」

 とろけるように甘く微笑むすばるの笑顔は愛らしい。皓月も予想以上の反応を見せるすばるの姿に嬉しさが込み上げる。
 それと、ほんの少しの嫉妬心も。

「皓月はこんなに素敵なものにすばるの目を例えてくれたんですね……」
「ああ、お前の瞳に似て美しいだろう?」
「あい。とってもきれい!」

 ふわふわと、夢見心地な瞳で再び空へと視線を移すすばる。空と同じ星屑の瞳が恋い慕うように数多の星を見上げている。
 今は皓月の存在さえも霞んでしまっている。そのことに気付いて一抹の寂しさを抱いた皓月はそっとすばるに手を伸ばした。

「皓月……?」

 後ろから抱き寄せてその場に座り込む。膝の上にすばるの身体を乗せると、いつものように小さなその身体を抱きしめた。

「どうしたんです?お腹空いた?」
「違う」

 からかうような言葉に皓月は首を振った。だが、素直に星に嫉妬したなどと言える訳がない。誤魔化すように懐から櫛を取り出して、風で乱れたすばるの髪を梳る。

「お月さまがなければお星さまがよく見えるけど、すばるはさっきみたいに明るい満月も好きです。どっちも一緒に見られればいいのに」

 髪を梳かれるのを気にした様子もなく再び空を見上げてすばるは残念そうに呟いた。
 薄ぼんやりと輪郭だけが見える月。星をすばるに見せようと、満月の輝きは月光の神である皓月の権能で全て吸い取ってしまった。

「同じ場所で、輝くことはできないんでしょうか」

 月の光を奪う。月光を司る皓月にとってそれは容易いことだ。だがすばるは星も月も同じように愛でたいと言う。残念がるすばるを慰めるように皓月はその頭を優しく撫でた。

「月にも満ち欠けがあり、月明かりも一定ではない。満月でなければ星と共に愛でることもできよう」
「そっか、そうですね。猫の爪みたいなお月様の時はそんなに明るくありませんでした。そう言う時は一緒に観られますね」

 今度は満月以外の時にも来よう、とすばるは無邪気に誘う。自然と次を強請る様子に皓月は柔らかく口元を弛め頷いた。

「あっ、そうだ!ご飯、ご飯も食べましょう。お外でご飯なんて初めてです!」

 暫く皓月の膝の上でぽっかり口を開けて満天の星空を見上げていたすばるが唐突に大きな声を上げる。腕の中にしっかりと抱え込んでいた籠の存在を急に思い出したのだ。

「蛍がね、お弁当が冷めないようにって籠に術をかけてくれたんです。火の神様のご加護なんですって」

 ごそごそと籠を手探りする手元を皓月の狐火が照らす。温かな橙色をした狐火を頼りに大きなおにぎりと小さなおにぎりを一つずつ取り出すと、大きな方を皓月の口元に差し出した。
 このまま食えと言うことだろうか。

「はい、どうぞ」
「いや、自分で」
「たーべーてー」

 ぐい、と押しつけるように口元におにぎりを突き付ける。
 そのままじっと見つめられ、動く様子のないすばるに皓月は早々に降参した。何といってもかわいい。この星空以上に愛して止まないすばるの瞳に見つめられて断れるはずがない。皓月は素直に口を開いておにぎりを頬張る。そのまま全てすばるの手から食べきってしまった。それに満足げにすばるは笑う。

「ふふ」

 最後にぺろりと米粒のついた小さな指先を舐め取ると、皓月は小さなおにぎりを手にとってすばるの口元に差し出した。

「お前も食べろ」
「んん、自分で食べます」

 やんわりと拒否するが皓月は聞かなかった。お返しだとでも言うように、小さなおにぎりは皓月の手で口元に突きつけられている。

「もう、仕方ないですね」

 諦める様子のない皓月にすばるも折れた。小さな口を大きく開けて蛍手製のおにぎりに齧り付く。

「焼き鮭が入ってる。おいしい」
「それはよかった」

 術のお陰で握りたてと変わらぬ温かさと柔らかさのおにぎりにすばるは顔を綻ばせる。幸せそうに皓月の手からおにぎりを頬張り、合間に差し出される卵焼きにも喜んで齧りついた。

「ふう、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」

 じゃれ合いのような夕食を摂った後も二人は暫く星を見て過ごした。
 時間と共に少しずつ様相を変える星空をすばるは飽きもせず眺め続けている。皓月は時々あの星はこう言う名だ、これとこれはこう言う星座だと解説を付けてやる。
 すばるはそれに楽しげに耳を傾けていたが、夜も更けてくるとうつらうつらと船を漕ぎだしていた。
皓月の声は低く穏やかに染み渡り、心地よい眠りへと誘われていく。

「夜空に星は幾千万と輝き、名も持たぬものが殆どだ。それが故に新しく神籍を得た者はまず星の冠位を授かる。幾千万の星の座のうちの一つにお前は今座っているのだ」

 すばるが大神より戴いた冠位の由来を話して聞かせるが、腕の中にいる存在からの返事はない。空を見上げていた皓月は首を傾げてすばるの顔を覗きこんだ。

「すばる?」

 すばるは皓月の星語りを寝物語にして、すやすやと寝息を立てて寝入ってしまっていた。

「眠ってしまったか……」

 皓月は寒さを感じさせないように眠るすばるの身体を抱え直した。起こさないようにゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。

「月と星を共に愛でたい、か」

 小さく呟くと皓月は再び己の身を獣身へ変えた。尾を一本使って器用に背中のすばるを支えて空を駆ける。
 駆ける空には、満月が煌々と輝いていた。
 すばるは目覚めることなく屋敷へと帰り着き、そのまま布団の住人となる。皓月は眠るすばるの頬を優しく撫でて額にそっと口づけを落とすと部屋を後にした。
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