贄の神子と月明かりの神様

木島

文字の大きさ
上 下
18 / 71
箱入り神子と星空と

しおりを挟む
「それじゃ二人とも、楽しんできてくださいね!」
「行ってらっしゃいませ」

 二人仲良く出かけて行く背を蛍と篝は明るい声で見送った。
 それに立ち止まって振り返り、すばるは小さく手を振る。その間にすばるの隣にいた皓月は己の身を獣身へと変えた。
 月夜にきらきらと輝く銀鼠の毛並みに馬よりも大きな身の丈と三本の尾。ゆらゆらと揺れる金の瞳の狐はすばるの横に静かに伏した。
 乗れ、と言うことだろう。

「少し遠出するからな。この方が早い」

 驚き戸惑うすばるに、銀鼠の獣は言葉をかけた。それを聞いてすばるはおっかなびっくりと言った様子で大きな背によじ登る。

「しっかり掴まっていろ」

 荒事のない比較的穏やかな生活において獣身が必要な場面はあまりない。常に傍にいるすばるでさえ獣の姿を取った皓月を見るのは年に数度しかなく、しかもその背に乗るなど初めての体験だ。鞍もない剥き出しの獣の背に、すばるは緊張した面持ちで跨った。
 しかし、掴まれと言われても掴むところがない。

「大丈夫だ。毛を掴んでくれていい」
「え、でも……」
「お前一人分の力など可愛いものだ。遠慮はいらないよ」

 躊躇うすばるにくつくつと皓月は笑う。まがりなりにも神様なので、本当に大したことではないのだ。

「わ、わかった。痛かったら言ってくださいね」
「ああ」

 皓月に促され、振り落とされないようにすばるはその背をぎゅっと握り締める。それを確認した皓月は、少しの揺れも感じさせない軽さで宙へと飛んだ。
 皓月の身体は一度の跳躍で軽々と巨木を越え、森を遥か下に見る高さまで跳ねる。そしてそのまま宙を駆けだした。

「わぁぁ!凄い!皓月は空も飛べるんですね!」
「ふふ、これ位容易いことだ」

 形のない空気を踏み締めながら空を駆ける皓月にすばるは歓声をあげる。
 褒められて気分が良くなった皓月は得意げに首を振ると駆ける足を早くした。くん、と後ろに引かれる様な感覚がしたのは一瞬で、速さを増しても少しもすばるは苦にならなかった。
 眼下に広がる村々の明かりや、頭上の真ん丸な月を楽しむ余裕すらある。

「怖くはないか」
「あい、楽しいです」

 空を駆けるのは楽しかった。頬を打つ風や、遮る物のない視界。眼下に広がる野山に田畑。夜空は後でじっくり見るからとすばるは流れていく地上の景色を眺めて楽しむ。初めて見るものばかりでも少しも恐ろしいと感じることなく、あっという間に目的地に着いてしまった。
 舞い降りるようにふわりと皓月の巨体が地に足を着ける。それが少しすばるには残念だった。

「さあ、着いたぞ」

 その言葉と共に皓月は再び人身を取った。背に乗っていた筈のすばるは人身を取った皓月の腕に抱かれている。
 優しく地に下されるとそこは開けた小高い丘の上だった。遮る木々もなく空が良く見える。本に描かれたような満天の星空の期待を胸に、すばるはいざと顔を上げた。
 しかし、その空に星は余り見えない。

「あ……月が……」
「うん?ああ、今宵は満月だったか」
「そうみたいです……」

 そう、今宵は満月だった。月明かりが強すぎて星々の小さな明かりは人の目には酷く見え辛かったのだ。
 肩を落とすすばるの悲しそうな表情に皓月は空を見上げた。満月で煌々と輝く月は、確かに星明かりを消し去っている。

「少し待て」

 そう言うと、皓月は空を見上げたまま目を細める。するとどうだろう、徐々にその金色の瞳が濃くなり明るく輝き始めたのだ。

「皓月、それ……」

 突如変化した皓月の瞳にすばるの視線は奪われる。
 皓月の黄金の瞳は満月の光を吸い取り、闇夜に煌々と輝き神秘的な美しさを放っていた。

「もういいぞ」
「え?」

 空を見上げていた視線がすばるに向けられる。その瞳が見たこともないくらい強く黄金に輝いていて、そしてそれ以外の物が暗く見えることにすばるは首を傾げる。さっきまではお互いの顔も着物の柄もわかるくらい明るかったのに、今は目を凝らしてもはっきりしない。
 その原因を探すように、すばるは視線を泳がせ空を見上げた。

「あ……」

 頭上には満天の星空が広がっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

処理中です...