13 / 71
贄の神子の誕生
十二
しおりを挟む
「ふあー!おわった!」
拝殿から使者たちの気配がすっかり消えた頃、緊張の糸が切れたすばるは解放感でいっぱいだった。皓月の膝から飛び降りて短い手足をぐんと伸ばして笑っている。
「すばる、よくやった。立派だったぞ」
「ほんと?うれしー!」
求めた以上のことをやってのけたすばるを褒め、ふさふさの尻尾で顔と言わず頭と言わずくしゃくしゃになる勢いで撫でまわす。すばるもふわふわのそれに包まれて喜び、きゃらきゃらと笑って抱きしめた。
「ねー、おじさん、なんかくれたね。なにかな?」
一頻りもふもふに塗れた後再び皓月の膝の上に座らされ、冷えた茶で喉を潤している時にふと思い出す。色々言い募っていたので内容は全く覚えていないが確か何か色々くれたはずだと。
「見に行ってみるか?気に入る物があれば使うといい」
「あい!」
元気よく返事をしたすばるに微笑み、手を繋いで西の棟へと向かう。勿論少し前に使者たちが神域を出たことは確認済だ。
「わ!すごー!」
西の棟にある待ち合いに二人仲良く足を踏み入れるとそこには幾つもの高級そうな箱を並べ、一つ一つ中を検めている篝と蛍が待っていた。
「随分と多いな」
「すばる殿に目通りが叶わぬからとわれにあれやこれやと侍従が喋り倒して帰りましたよ……あれ、これはおいしそうなよい紅玉。食べてもよろしゅうございますか?」
小さな箱に納められた真っ赤なルビーを見つけてキラキラした目で皓月を見る篝。火の精霊である彼女は火山性の宝石が大好物なのだ。欲望に忠実な篝の行動にこれは全てすばるに用意された物なのだが、と呆れて溜息を吐いた。
「すばるが不要なら許可する」
「すばる殿~!この石われにくださいませ!」
「いーよ!」
「かたじけのうございます!」
「いや早!ちょっと、ほんとにいいんすか神子さん」
即決だった交渉に思わず突っ込みを入れる蛍。嬉しそうに宝石箱を袂に入れる篝を横目で見つつ、何でもない顔をしているすばるに問いかけた。
「かがりちゃほしいでしょ?いいよー」
問われて当たり前のようにそう答える。見せられたルビーは確かに綺麗だと思ったが、手元に置いておきたいと思ったわけではない。だからすばるは篝のお願いを聞き入れた。本人としてはそれだけのことである。
「んもー、いい子だねこの子は!」
「すばるいいこ!」
えへん、と胸を張るすばるを三人が代わる代わる褒める。人ならぬ者たちは無垢な人間の幼子が可愛くて仕方がない。神は人の子を等しく愛しているが、手塩にかけて育てる幼子は格別可愛いものである。無邪気に笑みかけるだけでその慈愛の心が溢れ零れるようだった。
「せっかくだ、寄越した反物で新しい着物を仕立てよう。紙と筆、硯も勉強に使えるな」
「べんきょー?なに?」
「神子としての務めを学ぶことだ。話しただろう?」
「あー」
なるほどそれが勉強と言うのか、とすばるは頷く。
「まずは自分で自分の力を知るところからだ。難しいかもしれないが、少しずつ学んでいくといい」
「あい!」
皓月の言葉に素直に応えを返すすばる。彼の渦巻く星空の瞳は未知なるものへの期待できらきらと輝いていた。
「じゃあね、これ、すばるの?さわっていい?」
「勿論っす!これで、まずは神子さんの名前書いてみましょうね」
「おなまえかく!あのね、すばるってかくね!」
蛍が筆と硯の箱をよく見えるように目の前に置いてやると、すばるは早速筆を手に取ってはしゃいだ声を上げる。
すばるは自分の中に自分の知らない凄いものがあると知ってわくわくしていた。早くそれを知りたいと好奇心でいっぱいだった。訓練も勉強も楽しみで仕方がなくて、いつもは汚れるからと触らせてもらえない硯や筆が自分の物になるのも嬉しかった。
これらの贈り物はすばるが神子だからくれたもの。そして贈ってくれたのはとても偉い人らしい。そんな人がこんなにも多くの物をくれると言うことは、神子という存在はきっと凄いものなのだろうと幼心にすばるは思う。
「すばる、がんばるね」
平穏そのものだった毎日に変化を告げる風が吹く。
これが『贄の神子』すばるの始まりであり、喜びと苦痛の始まりでもあった。
拝殿から使者たちの気配がすっかり消えた頃、緊張の糸が切れたすばるは解放感でいっぱいだった。皓月の膝から飛び降りて短い手足をぐんと伸ばして笑っている。
「すばる、よくやった。立派だったぞ」
「ほんと?うれしー!」
求めた以上のことをやってのけたすばるを褒め、ふさふさの尻尾で顔と言わず頭と言わずくしゃくしゃになる勢いで撫でまわす。すばるもふわふわのそれに包まれて喜び、きゃらきゃらと笑って抱きしめた。
「ねー、おじさん、なんかくれたね。なにかな?」
一頻りもふもふに塗れた後再び皓月の膝の上に座らされ、冷えた茶で喉を潤している時にふと思い出す。色々言い募っていたので内容は全く覚えていないが確か何か色々くれたはずだと。
「見に行ってみるか?気に入る物があれば使うといい」
「あい!」
元気よく返事をしたすばるに微笑み、手を繋いで西の棟へと向かう。勿論少し前に使者たちが神域を出たことは確認済だ。
「わ!すごー!」
西の棟にある待ち合いに二人仲良く足を踏み入れるとそこには幾つもの高級そうな箱を並べ、一つ一つ中を検めている篝と蛍が待っていた。
「随分と多いな」
「すばる殿に目通りが叶わぬからとわれにあれやこれやと侍従が喋り倒して帰りましたよ……あれ、これはおいしそうなよい紅玉。食べてもよろしゅうございますか?」
小さな箱に納められた真っ赤なルビーを見つけてキラキラした目で皓月を見る篝。火の精霊である彼女は火山性の宝石が大好物なのだ。欲望に忠実な篝の行動にこれは全てすばるに用意された物なのだが、と呆れて溜息を吐いた。
「すばるが不要なら許可する」
「すばる殿~!この石われにくださいませ!」
「いーよ!」
「かたじけのうございます!」
「いや早!ちょっと、ほんとにいいんすか神子さん」
即決だった交渉に思わず突っ込みを入れる蛍。嬉しそうに宝石箱を袂に入れる篝を横目で見つつ、何でもない顔をしているすばるに問いかけた。
「かがりちゃほしいでしょ?いいよー」
問われて当たり前のようにそう答える。見せられたルビーは確かに綺麗だと思ったが、手元に置いておきたいと思ったわけではない。だからすばるは篝のお願いを聞き入れた。本人としてはそれだけのことである。
「んもー、いい子だねこの子は!」
「すばるいいこ!」
えへん、と胸を張るすばるを三人が代わる代わる褒める。人ならぬ者たちは無垢な人間の幼子が可愛くて仕方がない。神は人の子を等しく愛しているが、手塩にかけて育てる幼子は格別可愛いものである。無邪気に笑みかけるだけでその慈愛の心が溢れ零れるようだった。
「せっかくだ、寄越した反物で新しい着物を仕立てよう。紙と筆、硯も勉強に使えるな」
「べんきょー?なに?」
「神子としての務めを学ぶことだ。話しただろう?」
「あー」
なるほどそれが勉強と言うのか、とすばるは頷く。
「まずは自分で自分の力を知るところからだ。難しいかもしれないが、少しずつ学んでいくといい」
「あい!」
皓月の言葉に素直に応えを返すすばる。彼の渦巻く星空の瞳は未知なるものへの期待できらきらと輝いていた。
「じゃあね、これ、すばるの?さわっていい?」
「勿論っす!これで、まずは神子さんの名前書いてみましょうね」
「おなまえかく!あのね、すばるってかくね!」
蛍が筆と硯の箱をよく見えるように目の前に置いてやると、すばるは早速筆を手に取ってはしゃいだ声を上げる。
すばるは自分の中に自分の知らない凄いものがあると知ってわくわくしていた。早くそれを知りたいと好奇心でいっぱいだった。訓練も勉強も楽しみで仕方がなくて、いつもは汚れるからと触らせてもらえない硯や筆が自分の物になるのも嬉しかった。
これらの贈り物はすばるが神子だからくれたもの。そして贈ってくれたのはとても偉い人らしい。そんな人がこんなにも多くの物をくれると言うことは、神子という存在はきっと凄いものなのだろうと幼心にすばるは思う。
「すばる、がんばるね」
平穏そのものだった毎日に変化を告げる風が吹く。
これが『贄の神子』すばるの始まりであり、喜びと苦痛の始まりでもあった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ワープ!×ワープ!
七賀ごふん
BL
「俺、君に攫われるならそれも良いかなって思ったんだよ」
主の命令で地上から誘拐してきた人は、とても嬉しそうにそう言った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈
冥王の妻となる為冥府に連れ去られた青年×毎夜人攫いを続ける冥王の従者のお話。
表紙:七賀
BLove様主催コンテスト受賞作
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる