贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

十二

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「ふあー!おわった!」

 拝殿から使者たちの気配がすっかり消えた頃、緊張の糸が切れたすばるは解放感でいっぱいだった。皓月の膝から飛び降りて短い手足をぐんと伸ばして笑っている。

「すばる、よくやった。立派だったぞ」
「ほんと?うれしー!」

 求めた以上のことをやってのけたすばるを褒め、ふさふさの尻尾で顔と言わず頭と言わずくしゃくしゃになる勢いで撫でまわす。すばるもふわふわのそれに包まれて喜び、きゃらきゃらと笑って抱きしめた。

「ねー、おじさん、なんかくれたね。なにかな?」

 一頻りもふもふに塗れた後再び皓月の膝の上に座らされ、冷えた茶で喉を潤している時にふと思い出す。色々言い募っていたので内容は全く覚えていないが確か何か色々くれたはずだと。

「見に行ってみるか?気に入る物があれば使うといい」
「あい!」

 元気よく返事をしたすばるに微笑み、手を繋いで西の棟へと向かう。勿論少し前に使者たちが神域を出たことは確認済だ。

「わ!すごー!」

 西の棟にある待ち合いに二人仲良く足を踏み入れるとそこには幾つもの高級そうな箱を並べ、一つ一つ中を検めている篝と蛍が待っていた。

「随分と多いな」
「すばる殿に目通りが叶わぬからとわれにあれやこれやと侍従が喋り倒して帰りましたよ……あれ、これはおいしそうなよい紅玉。食べてもよろしゅうございますか?」

 小さな箱に納められた真っ赤なルビーを見つけてキラキラした目で皓月を見る篝。火の精霊である彼女は火山性の宝石が大好物なのだ。欲望に忠実な篝の行動にこれは全てすばるに用意された物なのだが、と呆れて溜息を吐いた。

「すばるが不要なら許可する」
「すばる殿~!この石われにくださいませ!」
「いーよ!」
「かたじけのうございます!」
「いや早!ちょっと、ほんとにいいんすか神子さん」

 即決だった交渉に思わず突っ込みを入れる蛍。嬉しそうに宝石箱を袂に入れる篝を横目で見つつ、何でもない顔をしているすばるに問いかけた。

「かがりちゃほしいでしょ?いいよー」

 問われて当たり前のようにそう答える。見せられたルビーは確かに綺麗だと思ったが、手元に置いておきたいと思ったわけではない。だからすばるは篝のお願いを聞き入れた。本人としてはそれだけのことである。

「んもー、いい子だねこの子は!」
「すばるいいこ!」

 えへん、と胸を張るすばるを三人が代わる代わる褒める。人ならぬ者たちは無垢な人間の幼子が可愛くて仕方がない。神は人の子を等しく愛しているが、手塩にかけて育てる幼子は格別可愛いものである。無邪気に笑みかけるだけでその慈愛の心が溢れ零れるようだった。

「せっかくだ、寄越した反物で新しい着物を仕立てよう。紙と筆、硯も勉強に使えるな」
「べんきょー?なに?」
「神子としての務めを学ぶことだ。話しただろう?」
「あー」

 なるほどそれが勉強と言うのか、とすばるは頷く。

「まずは自分で自分の力を知るところからだ。難しいかもしれないが、少しずつ学んでいくといい」
「あい!」

 皓月の言葉に素直に応えを返すすばる。彼の渦巻く星空の瞳は未知なるものへの期待できらきらと輝いていた。

「じゃあね、これ、すばるの?さわっていい?」
「勿論っす!これで、まずは神子さんの名前書いてみましょうね」
「おなまえかく!あのね、すばるってかくね!」

 蛍が筆と硯の箱をよく見えるように目の前に置いてやると、すばるは早速筆を手に取ってはしゃいだ声を上げる。
 すばるは自分の中に自分の知らない凄いものがあると知ってわくわくしていた。早くそれを知りたいと好奇心でいっぱいだった。訓練も勉強も楽しみで仕方がなくて、いつもは汚れるからと触らせてもらえない硯や筆が自分の物になるのも嬉しかった。
 これらの贈り物はすばるが神子だからくれたもの。そして贈ってくれたのはとても偉い人らしい。そんな人がこんなにも多くの物をくれると言うことは、神子という存在はきっと凄いものなのだろうと幼心にすばるは思う。

「すばる、がんばるね」

 平穏そのものだった毎日に変化を告げる風が吹く。
これが『贄の神子』すばるの始まりであり、喜びと苦痛の始まりでもあった。


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