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贄の神子の誕生
十
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すばるに贄の神子の話をした五日後、夢見の神子の使いはやってきた。
使者を拝殿まで案内する担当は蛍だ。彼は相手の立場に配慮して比較的仕立ての良い着物を纏い、特徴的な耳と尾は隠した。蛍は神へと変じる修業の身とはいえ分類上はまだ妖。才のある者がいれば気付くだろうし、気付かれて騒がれるのは面倒だった。
「事前に文にも記した通り神子はまだ幼く、神域の者以外と顔を合わせることにも慣れておらぬ。本日は挨拶のみとし、かつ手短にお願い致す」
そう告げると蛍は一行をまず篝の待つ西の棟に通し、すばるに目通りする者三名を選ぶ。
篝もまた髪と目の色を濃い茶色に変えて人間に擬態している。篝は西の待ち合いで待機する者たちの監視役だ。
「では、代表の者と連れの者二名は私の後に着いて参られよ。後の者はここで待つように」
「贈り物は如何いたしましょう。是非神子様にご覧頂きたいのですが」
「そのままで。後程我々が検めて神子殿にお渡しする」
「然様でございますか……」
普段の親しみやすく明るい態度はなりを潜め、淡々と対応する蛍。壮年のころの使者は見るからに年下の蛍の威圧的にも取れる態度に一瞬、不愉快そうに眉を顰めた。
「ではこちらへ。お嬢様、ここはお願いいたします」
「相分かった」
素知らぬ顔でこの場を篝に託し、身を翻して拝殿へと繋がる渡り廊下へ歩き出す蛍。その後を指名された三名は慌てて追いかける。
初めて足を踏み入れた贄の神子の屋敷は使者たちが思っていた以上に広く、そして静かだった。
屋敷は上位貴族と比べても遜色のない広さを持っているし手入れも行き届いている。さぞや多くの使用人が立ち働いていることだろうと思うのだが、不思議なことに人の気配というものを全く感じられない。木々のざわめきと鳥の囀りに、自分たちが歩く衣擦れの音。細やかな音だけが空間に広がって、三人の緊張感を否が応でも高めていく。
そしてとうとう、神子の待つ拝殿へと辿り着いた。格子は全て開け放たれており、軽く覗けば奥まで見えそうだ。誘惑に駆られそうになるが、もう少しの辛抱だとぐっと気持ちを堪える三人の使者たち。
彼らは蛍に促されるまま、一度廊下で膝を突き頭を伏せた。
「夢見の神子、章子殿の使者三名。お連れ致した」
「これへ」
応答したのは男の声だった。低く鋭い声。贄の神子は幼子と聞いていたので、恐らく声の主は侍従かまたは後見人か。三人は緊張した面持ちでゆっくりと頭を上げた。
拝殿の中に人影はなく、奥に几帳に包まれた空間がある。恐らくはあの中に先程の声の主と神子がいる。使者たちは几帳にほど近い位置まで通されると、再び首を垂れた。
案内を済ませた蛍が脇に控えると、几帳の中から再び男の声がする。
「発言を許す」
その声に促され、使者の代表である男は頭を伏せたまま言葉を紡いだ。
「贄の神子様にご挨拶申し上げます。私は緋の国が皇帝、藤綱陛下のご息女であり夢見の神子で在らせられる章子様の使いにて罷り越しました。名を左膳と申します。贄の神子様のご誕生、誠にめでたきこと。我が国一同心よりお祝い申し上げます」
左膳に続いて左右に座る使者も名を名乗り、漸く頭を上げる許可が出る。しかし眼前の几帳が取り除かれる様子はなく、神子の姿は見えないままだ。
「祝いの言、ありがたく頂戴する。他にあるか」
「はい!心ばかりの贈り物を皇帝陛下及び章子様よりお預かりしております。我が国屈指の機織りが誂えた反物、一流の職人が金銀の細工を施した装飾品、世界有数の鉱山から採掘された宝石、我が国特産の珍しい食べ物、硯、筆、紙、全て超一流のものを持参して参りました。後程ご覧いただき、是非ともお役立てくださいませ!」
左膳の右に座る使者がそう言ってにこりと笑う。
本来なら従者が祝いの品を全て運び入れ、目の前に広げて見せる算段だった。しかしそれは叶わなかったため、使者は自分たちが持参した物がいかに素晴らしいかを熱心に語る。なにか少しでも琴線に触れるものがないかと几帳越しの気配に全神経を集中した。彼らは自国がいかに贄の神子の誕生を喜び、尊んでいるかを強調して印象を良くしようと必死なのだ。
贄の神子を囲い込めば国難をその身で贖わせることができる。外国の侵攻から守られ、飢餓から守られ、疫病から守られる。
贄の神子の命さえあれば。
「贄の神子様は国の宝。これを機に、我が国と末永く良き関りをお持ちいただきとう存じます」
最後に欲に塗れた本心を作り物の微笑でひた隠し、使者たちは再び首を垂れる。その様子を几帳の内側で共に見ていた皓月は、難しい顔をして真剣に彼らの言葉を聞いていたすばるの背を叩き、練習の成果を見せる時だと声をかけた。
「神子よ、これなるものたちに其方の声を聴かせてやるがいい」
「あい」
漸く出番、ときゅっと眉を吊り上げて気合十分に頷く。すばるは几帳越しに薄らと影となっている三人の使者を見つめ、ゆっくりと深呼吸して口を開いた。
使者を拝殿まで案内する担当は蛍だ。彼は相手の立場に配慮して比較的仕立ての良い着物を纏い、特徴的な耳と尾は隠した。蛍は神へと変じる修業の身とはいえ分類上はまだ妖。才のある者がいれば気付くだろうし、気付かれて騒がれるのは面倒だった。
「事前に文にも記した通り神子はまだ幼く、神域の者以外と顔を合わせることにも慣れておらぬ。本日は挨拶のみとし、かつ手短にお願い致す」
そう告げると蛍は一行をまず篝の待つ西の棟に通し、すばるに目通りする者三名を選ぶ。
篝もまた髪と目の色を濃い茶色に変えて人間に擬態している。篝は西の待ち合いで待機する者たちの監視役だ。
「では、代表の者と連れの者二名は私の後に着いて参られよ。後の者はここで待つように」
「贈り物は如何いたしましょう。是非神子様にご覧頂きたいのですが」
「そのままで。後程我々が検めて神子殿にお渡しする」
「然様でございますか……」
普段の親しみやすく明るい態度はなりを潜め、淡々と対応する蛍。壮年のころの使者は見るからに年下の蛍の威圧的にも取れる態度に一瞬、不愉快そうに眉を顰めた。
「ではこちらへ。お嬢様、ここはお願いいたします」
「相分かった」
素知らぬ顔でこの場を篝に託し、身を翻して拝殿へと繋がる渡り廊下へ歩き出す蛍。その後を指名された三名は慌てて追いかける。
初めて足を踏み入れた贄の神子の屋敷は使者たちが思っていた以上に広く、そして静かだった。
屋敷は上位貴族と比べても遜色のない広さを持っているし手入れも行き届いている。さぞや多くの使用人が立ち働いていることだろうと思うのだが、不思議なことに人の気配というものを全く感じられない。木々のざわめきと鳥の囀りに、自分たちが歩く衣擦れの音。細やかな音だけが空間に広がって、三人の緊張感を否が応でも高めていく。
そしてとうとう、神子の待つ拝殿へと辿り着いた。格子は全て開け放たれており、軽く覗けば奥まで見えそうだ。誘惑に駆られそうになるが、もう少しの辛抱だとぐっと気持ちを堪える三人の使者たち。
彼らは蛍に促されるまま、一度廊下で膝を突き頭を伏せた。
「夢見の神子、章子殿の使者三名。お連れ致した」
「これへ」
応答したのは男の声だった。低く鋭い声。贄の神子は幼子と聞いていたので、恐らく声の主は侍従かまたは後見人か。三人は緊張した面持ちでゆっくりと頭を上げた。
拝殿の中に人影はなく、奥に几帳に包まれた空間がある。恐らくはあの中に先程の声の主と神子がいる。使者たちは几帳にほど近い位置まで通されると、再び首を垂れた。
案内を済ませた蛍が脇に控えると、几帳の中から再び男の声がする。
「発言を許す」
その声に促され、使者の代表である男は頭を伏せたまま言葉を紡いだ。
「贄の神子様にご挨拶申し上げます。私は緋の国が皇帝、藤綱陛下のご息女であり夢見の神子で在らせられる章子様の使いにて罷り越しました。名を左膳と申します。贄の神子様のご誕生、誠にめでたきこと。我が国一同心よりお祝い申し上げます」
左膳に続いて左右に座る使者も名を名乗り、漸く頭を上げる許可が出る。しかし眼前の几帳が取り除かれる様子はなく、神子の姿は見えないままだ。
「祝いの言、ありがたく頂戴する。他にあるか」
「はい!心ばかりの贈り物を皇帝陛下及び章子様よりお預かりしております。我が国屈指の機織りが誂えた反物、一流の職人が金銀の細工を施した装飾品、世界有数の鉱山から採掘された宝石、我が国特産の珍しい食べ物、硯、筆、紙、全て超一流のものを持参して参りました。後程ご覧いただき、是非ともお役立てくださいませ!」
左膳の右に座る使者がそう言ってにこりと笑う。
本来なら従者が祝いの品を全て運び入れ、目の前に広げて見せる算段だった。しかしそれは叶わなかったため、使者は自分たちが持参した物がいかに素晴らしいかを熱心に語る。なにか少しでも琴線に触れるものがないかと几帳越しの気配に全神経を集中した。彼らは自国がいかに贄の神子の誕生を喜び、尊んでいるかを強調して印象を良くしようと必死なのだ。
贄の神子を囲い込めば国難をその身で贖わせることができる。外国の侵攻から守られ、飢餓から守られ、疫病から守られる。
贄の神子の命さえあれば。
「贄の神子様は国の宝。これを機に、我が国と末永く良き関りをお持ちいただきとう存じます」
最後に欲に塗れた本心を作り物の微笑でひた隠し、使者たちは再び首を垂れる。その様子を几帳の内側で共に見ていた皓月は、難しい顔をして真剣に彼らの言葉を聞いていたすばるの背を叩き、練習の成果を見せる時だと声をかけた。
「神子よ、これなるものたちに其方の声を聴かせてやるがいい」
「あい」
漸く出番、ときゅっと眉を吊り上げて気合十分に頷く。すばるは几帳越しに薄らと影となっている三人の使者を見つめ、ゆっくりと深呼吸して口を開いた。
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