贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

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 皓月は神の使い狐として生まれた幼い頃より、六花直属の部下として長く仕えていた。
 剣の才があり、体格にも恵まれた皓月は今までは神々による各地のいざこざを納めるための戦働きを主としていた。そのまま戦神として生きる道もあったが、彼が司る月光は夜を照らし人々を見守る役割を持つ。ならば戦だけでなく人々を優しく慈しむ術も学ぶべきであろう、と六花は皓月を守護役に指名したのだった。
 しかし皓月は前述のとおり子供に縁のない男。幼子を一人で育てさせることには六花も一抹の不安を抱き、助っ人として皓月と親交のあるイタチの妖、蛍を借り受けたのだった。

「蛍、われを置いて行くとは酷いではないか。われもすばる殿のお顔を拝見したいぞ!」

 何を隠そう火の神の跡継ぎである火の精、篝を乳飲み子の頃から育ててきたのは蛍だったからだ。子育て経験者が傍にいれば皓月も安心するだろうと考えてのことだ。因みに篝は神子の遊び相手になると自ら手を挙げて勝手に蛍に引っ付いてきたのである。

「あ、ごめんね嬢ちゃん」

 バタバタと足音をたてて篝が本殿へと入ってくる。そして皓月の目の前に座ると、期待に満ちた目ですばるを見つめた。うずうずそわそわと、顔と体が忙しなく動いている。

「皓月殿、すばる殿にわれを紹介して下さいませ!」

 無意識にすばるを隠すように己の尾を前に回した皓月に蛍は苦笑する。子供相手に大人げないことである。

「皓月殿、それでは見えませぬ」

 篝が抗議の声をあげると渋々と言った様子で皓月はすばるの前から尾を退けた。が、すばるの手がそれを追いかける。

「あーぅ!」

 懸命に伸ばされる手に気付いて皓月は己の尾をすばるの手に持たせた。ぎゅっと力一杯掴んで満足げにしている顔は心を和ませる。

「すばる、この童は篝だ。イタチは蛍と言う。この二人も暫くはお前と共に過ごすことになっている」

 暫くの同居人を紹介しつつ、尾に気を取られているすばるを抱え直して目の前の二人に視線を合わせる。

「篝と申します。よろしくお願い申し上げる」
「宜しくね。神子さん」

 親しげに笑いかければすばるもふわりと笑みを浮かべた。その愛らしい笑みに篝と蛍の心も和む。皓月が愛らしさに身悶える気持ちもわからなくはなかった。

「かぁい、ほあゆ」

 すばるは二人を指差しながら不安定な発語で名を紡いだ。それに皓月は満足そうな、優しい笑みを浮かべる。

「そうだ。篝と蛍。すばる、お前は覚えが良い。賢い子だな」
「あい!」

 すばるを褒めるようにもう一本の尾でその頬をくすぐる。それがこそばゆいのか、すばるはきゃっきゃと笑い声をあげた。

「いやマジでこの子頭いいっすよ。このくらいの人間の子はまだほとんど喋れないですもん」
「確かに。われなど未だに初めての方の名を覚えるのが苦手です」

 篝が本気で一歳児のすばるを感心して見ている。それに蛍は呆れたが、篝が人の顔と名前を覚えられないことは確かに多かった。

「この子は大神に見初められし子だ。利発であるのも当然だろう」

 ふん、と皓月は自慢げに鼻を鳴らした。まるで自分が褒められたかのような態度である。

「そう言えばこの子何の権能持ちっすか?まだ教えてもらってないんすけど」

 殊の外皓月の尾が気に入ったのだろう。頬を撫でられ、自らも尾を撫で時に口に含みすばるは楽しそうに笑っている。その頭を優しく撫でながら、皓月は蛍の言葉に答えた。

「すばるは贄の血を持つ人の子だ」
「はぁー、贄の血。そりゃあ、難儀な血に生まれついたもんっすね」

 皓月の端的な言葉に納得したように頷く蛍。篝は贄と言う言葉の意味が分からず蛍に問いかけた。

「蛍、贄とは?」
「大戦の折に大神が人に与えた権能の一つっすよ。今もいくつかその血筋が残ってんのは教えましたよね」
「うむ。だが贄の血は覚えがない。どのような権能ぞ?」

 人の中には遥か昔に先祖が神々から授かった異能を脈々と受け継いでいる血筋がいくつか存在している。贄の血もその一つだ。
 混沌の神との戦いで大地や生命の穢れを浄化できる神は率先して狙われ、それにより多くの浄化の神が命を落とした。浄化が追い付かぬ状況に人間の一人が自身にも浄化の能力をと望み、与えられたのが贄の力である。人の身に余る力を使う代償として己の身を削る。己の血肉を犠牲に人々の穢れや災いを贖うことを生業とした生贄の一族。すばるはその贄の血を引く最後の子供だった。

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