贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

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 ぎこちないながらも優しく頬を撫でる皓月。しかし幼いすばるはかけられた言葉の意味が分からずただじっと皓月を見つめている。
 その様子に小さく苦笑し、皓月はすばるの身体を抱き上げた。
「皓月だ。すばる」
「こーつ……?」
 まだ齢一つ程だ、言葉は上手く話せないのだろう。すばるは目の前の男が名を名乗っているのだと何となく理解したものの、その名をまともに紡げなかった。だが皓月はすばるに見つめられ、名を呼ばれたことに歓喜する。
 すばるが皓月の存在を認識した。守るべき存在が己を見ていると言うことに、皓月の心は喜びで震えたのだった。
「そう、皓月だ。私は今ここでお前に誓おう。お前は、私が命に代えても必ず守る」
 腕に抱き抱えた命を守ること。皓月は喜びを持ってそれを受け入れた。
 言葉の意味などわかっていないであろうすばるに誓いの言葉を紡ぎ、小さな額に己の額を合わせる。
「んー!」
 すばるは嫌がる素振りなど見せず、それどころか皓月の頬に自ら触れてきた。紅葉のように小さな掌が、皓月の頬に添えられる。
「こぅー?」
 ことり、と至近距離で首を傾げられた。無邪気に、舌足らずに呼ぶ名も相俟って皓月は己の身が小刻みに震えるのを感じる。

 怒りでも恐れでもなく、喜びとは少し違う、ぎゅっと胸を締め付ける何かで。

「ああ……子と言うものがこれ程穏やかに私を包んだことは未だ嘗てなかった!お前は何と愛らしい子か!」
「うあ」
 右に左にわさわさと大きく尾を揺らし、感極まった皓月はすばるの身体を強く抱きしめた。小さな身体を力いっぱい抱きしめられて、すばるは苦しそうにパタパタとその肩を叩く。
「あ、愛らしい……!」
 だがその仕草でさえも皓月の琴線に触れるのだろう。更に腕の力が強まった。ぎゅうと全身が締め付けられてすばるは息苦しさに喘ぐが感極まっている皓月は気付かない。
「ふぇ」
大きな目が涙で滲み、今にも泣きだしそうに歪んだその時。

「ちょーっと落ち着いて皓月さぁん!」

 馬鹿でかい声はこっそり渡り廊下で聞き耳を立てていた蛍にも届いたのだろう。言葉を伝えられないすばるに代わり、慌ててすっ飛んできた蛍が皓月の頭をべしりと叩いた。
「いきなり何だ!」
「何だじゃないでしょ!そんな力一杯抱きしめて、神子さま窒息させる気っすか?」
 呆れ顔で言われ、皓月ははっとした。人は神より弱い。幼子であれば猶更だ。腕の中でけほけほと小さく咳き込むすばるに慌ててその背を撫でてやる。
「すまない!つい……!」
「えぅ~……」
 先程とは真逆に、優しくそっと背を撫でてやるとすばるは涙に滲んだ瞳で皓月を見上げてきた。守るべき子に痛みを与えてしまったと、自分本位な振舞いに自己嫌悪に陥る。元気よく揺れていた三本の尾はしんなりと床に落ち、気落ちした様子が手に取るようにわかった。
「全く、力加減考えてくださいよ。子供なんて何もかも脆いんだからさぁ」
「そう、だな。反省している」
 浮足立った態度から一転、しゅんと落ち込み耳を垂れてしまった皓月を見て蛍は呆れと共に安堵の混じった息を吐く。力加減に関しては追々教えていかなければならないが、皓月自身にはすばるを守り育てる意思がしっかりとあるようだ。
「まぁ、六花様直々のお願いだし暫くは俺ここにいますからね。困ったことがあったら何でも聞いてください」
 落ち込んでぺったり伏せた皓月の獣の耳が気になるのか、解放された手を無邪気に伸ばしてくるすばる。その頭を優しく撫でて蛍は皓月に笑いかけた。
 それに皓月も頷く。
「すまないが、よろしく頼む」
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