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贄の神子の誕生
二
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冬の神、六花の元を辞した皓月はすばるを連れて神殿の外に出た。
六花の住まう神殿と神域は深い万年雪に埋もれ、樹氷や氷柱がきらきらと陽光や月光を受けて光る幻想的な世界である。命の息吹を感じさせない程に静かで冷たく美しい世界。訪れる者は須くその美しさに目を奪われ息を呑む。そして、その中で見える美しき神に再び言葉を失うのだ。
皓月は誰もが感嘆するだろう六花の神域に背を向ける。すばるが寒さを感じることがないようしっかりとその身体を懐に抱き込み、一面の銀世界を飛ぶように駆けた。
今まで温かな場所にいたすばるは急に晒された冷気に身動ぎ、可愛らしいくしゃみを零す。
「すばる、寒いのか?」
顔を顰めて小さくむずかるすばるに声をかけ、せめて寒さを減らしてやろうとその体に己の尾を一本くるりと巻き付けた。少し走りにくいが致し方ない。するとふわふわとした感触に寒さも和らいだのだろうすばるは険しい顔を弛めてぐずるのを止めた。
「良い子だ」
その様子に皓月は安堵し再び軽やかに地を駆けた。暫く走ると深い雪に埋もれていた景色はゆっくりと姿を変えていく。六花の神域を抜けたのだろう。身を埋もれさせるほどの雪は土を薄ら隠す程度に減っていた。そうすると人里もちらほらと見えてくる。この人里を越えれば、皓月の目指す場所がある。
すばるが今日から住む場所。それは大神より加護を与えられた神子のための神殿だ。そこですばるは神子として生きる。そして皓月は神子、すばるの命を守る守護者としてそこで寝食を共にすることになるのだ。
六花の神域を離れてより数十里。幾つもの人里を越えた先の広大な森の中に目的の場所はあった。
森の奥深くに分け入ると大きな泉と神木と呼ばれる一際大きな巨木が聳えた一角がある。ぱっと視界の開けたその場所がこの森の神域であった。
泉と巨木に挟まれるように建てられた建物が五つ。正面が拝殿、西に渡り廊下で拝殿と繋がった小さな棟が一つ、独立した大小の棟が東に二つ。更に拝殿の奥にも渡り廊下で繋がった本殿があり、本殿は神木に半分埋め込まれるような形で建っていた。
拝殿と本殿、西の棟は神子の務めとそれに関する雑事に使われるもので、東の棟二つが日常生活に使われる場となっている。
「さぁ、ここが今日から私たちの家だ」
屋敷へと足を踏み入れる前に一度立ち止まり皓月はすばるに語りかけた。すばるは覚醒に近づいているのか、皓月の腕の中で大きな欠伸を一つした。その様子に硬かった皓月の表情は僅かに綻ぶ。
「寒かっただろう。屋敷は暖かいから安心するといい」
寒さに紅潮した頬を柔らかく撫で、皓月は歩みを進める。閉め切られていた拝殿の妻戸を開いて一歩踏み込めば、屋敷は冬の寒さを感じさせない暖かさで二人を迎えた。
六花の住まう神殿と神域は深い万年雪に埋もれ、樹氷や氷柱がきらきらと陽光や月光を受けて光る幻想的な世界である。命の息吹を感じさせない程に静かで冷たく美しい世界。訪れる者は須くその美しさに目を奪われ息を呑む。そして、その中で見える美しき神に再び言葉を失うのだ。
皓月は誰もが感嘆するだろう六花の神域に背を向ける。すばるが寒さを感じることがないようしっかりとその身体を懐に抱き込み、一面の銀世界を飛ぶように駆けた。
今まで温かな場所にいたすばるは急に晒された冷気に身動ぎ、可愛らしいくしゃみを零す。
「すばる、寒いのか?」
顔を顰めて小さくむずかるすばるに声をかけ、せめて寒さを減らしてやろうとその体に己の尾を一本くるりと巻き付けた。少し走りにくいが致し方ない。するとふわふわとした感触に寒さも和らいだのだろうすばるは険しい顔を弛めてぐずるのを止めた。
「良い子だ」
その様子に皓月は安堵し再び軽やかに地を駆けた。暫く走ると深い雪に埋もれていた景色はゆっくりと姿を変えていく。六花の神域を抜けたのだろう。身を埋もれさせるほどの雪は土を薄ら隠す程度に減っていた。そうすると人里もちらほらと見えてくる。この人里を越えれば、皓月の目指す場所がある。
すばるが今日から住む場所。それは大神より加護を与えられた神子のための神殿だ。そこですばるは神子として生きる。そして皓月は神子、すばるの命を守る守護者としてそこで寝食を共にすることになるのだ。
六花の神域を離れてより数十里。幾つもの人里を越えた先の広大な森の中に目的の場所はあった。
森の奥深くに分け入ると大きな泉と神木と呼ばれる一際大きな巨木が聳えた一角がある。ぱっと視界の開けたその場所がこの森の神域であった。
泉と巨木に挟まれるように建てられた建物が五つ。正面が拝殿、西に渡り廊下で拝殿と繋がった小さな棟が一つ、独立した大小の棟が東に二つ。更に拝殿の奥にも渡り廊下で繋がった本殿があり、本殿は神木に半分埋め込まれるような形で建っていた。
拝殿と本殿、西の棟は神子の務めとそれに関する雑事に使われるもので、東の棟二つが日常生活に使われる場となっている。
「さぁ、ここが今日から私たちの家だ」
屋敷へと足を踏み入れる前に一度立ち止まり皓月はすばるに語りかけた。すばるは覚醒に近づいているのか、皓月の腕の中で大きな欠伸を一つした。その様子に硬かった皓月の表情は僅かに綻ぶ。
「寒かっただろう。屋敷は暖かいから安心するといい」
寒さに紅潮した頬を柔らかく撫で、皓月は歩みを進める。閉め切られていた拝殿の妻戸を開いて一歩踏み込めば、屋敷は冬の寒さを感じさせない暖かさで二人を迎えた。
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