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第十話
しおりを挟む手配した馬車にナディアと共に乗り込むと馬車は動き出した。向かいに座ったナディアに「エルサは私を嫌っている割に、自分から沢山話し掛けて来るのだけど……どうしてかしらね?」と訊ねてみた。
「えっと……多分セラティーナ様に構ってほしいのかと」
「正面から大嫌いって昔言われたわよ? 一応、気にしてエルサにも接触しないよう注意を払っているのだけど」
「エルサ様は素直ではありませんから……」
素直ではない? とても素直だ。公爵家の娘として思った事をそのまま言葉にするのは頂けないが包み隠さずセラティーナへの敵意を隠さず、真正面からぶつけるエルサが何だかとても可愛い。悪意がないと言われると違うが、両親やセラティーナを馬鹿にする周囲と違って濃度が極端に薄い。悪者ぶっても完全に悪になれない。根が良い子なのだ、元から。
馬車が街の広場に停車するとすぐさまセラティーナは降り、慌てて降りたナディアに微笑んだ。
「ナディアはオペラを買って来て」
「セラティーナ様は?」
「私は用事があるの。長引くかもしれないから、オペラを買ったら馬車で待っていて」
「いけません、私が代わりに」
「いいえ。私が行かないと駄目よ」
ナディアが言葉を続ける前に令嬢らしからぬ速度でその場を離れたセラティーナ。お陰で目的地にはすぐに着いた。王国で最も大きな組合『グレーテル』。確か、初代マスターの名前がグレーテルだからと聞いた。中に入り、カウンターにいる受付嬢に声を掛けた。
「あの」
「どうされました? ご依頼は?」
「帝国の地理に詳しい方を紹介して頂きたいのですが」
「帝国の? 同行者をお探しで?」
「いえ。帝国に用があって、王都から帝都まで定期便があるのは知っていますが帝都の外となるとどう進んだらいいか分からないから……」
「でしたら、同行者を付けた方が宜しいのでは?」
見るからに裕福な娘が訳アリの空気を醸し出している。組合に入る前、髪の色を茶色に変え、顔も少し魔法で変えたので仕方ないかもしれない。鞄から多目のお金を出して受付嬢の前に置いた。
「代金はきちんと払います」
「そういう問題ではなく……」
困った。善意で言ってくれているのは承知しているがセラティーナからすると地理について教えてくれるだけでいい。どうしようかお互いに困り果てていると「どうしたー?」と男性の声が飛んで来た。
「ランスさん」
坊主頭で額に斜め線の傷が入った大柄の男が興味深げに会話に入った。何処かで見たような、と既視感を覚えるも受付嬢を納得させるのが先だ。
「この方が帝国の外へ行く為に帝国の地理に詳しい方をと言われているのですが同行者希望ではないようで」
「そりゃあいけねえ。あんた、どんな事情があるか知らないが一人で行くのは危険だ」
彼等が親切心から忠告しているのは解しているものの、正直に事情を明かせないのが辛い。
「ところで帝都の外なんてどこまで行くんだい?」
「えっと……帝都から北に二十キロ程離れた森へ行きたくて」
「確かそこは朝の妖精っていう、小さい妖精族が好む森だな。そこに何の用が?」
ここまで来たら話さないと納得してくれなさそうだ。
「その森に住む魔法使いに会いたくて……」
「それは……ひょっとしてフェレス=カエルレウムか?」
「ご存知なのですか?」
「ああ。知り合いでな」
フェレスに会いたいのは事実だ。会いたい理由を妖精族の魔力から作られると言われる妖精の粉が欲しいのだと言い、フェレスはやって来る依頼人は大抵受け入れると聞きどうしても会いに行きたいのだと話した。妖精の粉は主に魔力増幅の材料となり、また、非常に美しい代物で婚約者に贈りたいと理由を作った。
「妖精の粉を婚約者にか……立派だがあんた変装魔法を使ってるな?」
「ええ……」
「ってことは、貴族のお嬢さん辺りか」
「お金はきちんと払います。だから、どうか紹介して頂けないでしょうか」
「うーん。お嬢さん一人でっていうのがネックだなあ……」
やはり、同行者同伴でないと駄目だろうか。腕を組んで悩むランスに受付嬢とセラティーナの視線が集中する。
「あ。でも確か」
「え」
「数日前だったか。フェレスから連絡が来たんだ。四日後に王都に来るって」
「王都に?」
「ああ。何でも王都にしかないものがあるらしくて、それを探しに来るんだと」
フェレス程の魔法使いが欲する物が王都にある……? かれこれ十八年は王都に住むセラティーナだが見当がつかない。
「王都に来たら顔を出すって言っていたから、あいつが来たらお嬢さんに連絡を入れよう」
「本当ですか?」
「その代わり、あんたの身分を証明してくれ」
「分かりました」
会いに行こうと思っていた前世の夫が王都に来る。その機会は逃せない。ランスに言われ、セラティーナは変装魔法を解除した。途端に変わる髪色や顔立ちに二人が息を呑む。
「こりゃあ驚いた……あんた、かなりの別嬪さんだな」
「ありがとうございます。私はセラティーナ=プラティーヌと申します」
「プラティーヌと言えば、超大金持ちの。だがプラティーヌ家は魔法が得意じゃない奴が殆どだろう?」
「ええ。でも、私は偶々魔法が得意な方みたいで」
「そうか」
「婚約者も魔法が得意な方なので妖精の粉が欲しくて」
嘘ではないがシュヴァルツの為に妖精の粉を欲していない。ランスは受付嬢に向き、セラティーナの依頼は自分が受けると言い、受付嬢もそれを承諾。カウンターに置いてあるリストに何やら書き込みをしている。依頼は正式に受理された。
「フェレスが来たら、魔法で連絡を送ろう」
「ありがとうございます。助かります」
これでフェレスに会える手段が整った。もしも、側に他に愛する女性がいたとしても、一目で良い、彼に会いたい。会ったら王国を去ろう。帝国に移住しても良い。流れ者でも魔法使いなら重宝してくれる。
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