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一歩

Ⅴ.アキラ、命を知る。

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 帰宅の途につくアキラであったが、足取りは重く、手に抱える骸がそれを引きとめているようであった。







天気も、それを見てか曇り始める。そしてあたりを冷たい風がアキラを包む。







その感情は必然であっただろうに、少年はそのことを空想のように感じていた。







しかし現実が重くのしかかり否が応なく、そのことに気付かせた。黒く死に絶えたまなこが、その少年を呪うかのようにじっと見つめる。







強い嫌悪感を感じ、手でそれを覆う。







来た道を戻っているだけなのに、罪悪感が、その道のりを長く険しいものへとを変える。







 どれだけ歩いただろうか、彼方に家が見え始める。歩みが早くなる。







それは、罪からの意識から逃れようとする現れなのか、それとも帰巣的なものからなのか、本人でさえわからないことだった。







(早く会いたい。早く会いたい。早く会いたい。)







と身勝手な意思が、彼の足を速める。







「ガタッ」







とドアを開ける。テラがそれに気付き近づいてくる。







しかし、いつもと違う雰囲気を感じ取り、顔から元気が消える。僕はそのまま、骸を差し出す。







その手は震えていたのを感じとった。そんな感情をテラは包み込むように頭を撫でてくれる。







「キオレ、グニブートィルキ。」







その言葉の意味はわからずとも、温かい言葉なのは心が知っていた。







その瞬間、罪悪感は薄れ、ひとつの達成感が芽生え始める。







「嗚呼、この人のために僕は頑張れたんだ。」







微かに温かい涙が頬を伝う。







 その日の昼の食事は、取ってきたウサギの串刺しであった。さすがに、殺したショックからまだ立ち上がれず、食欲があまり出ない。







その時は、テラも介助をしない、それに甘えてしまったのだろう、一向に僕は手を付けようとしない。







すると、テラの透き通った手がおもむろに動き、僕に向かって伸びる。いつもの介助である。







だがその行為にいつもとは違う意図を感じとる、母の愛ではなく母の厳しさである。







僕は嫌がる。







それでも、テラは無言のまま食べることを強いる。ついに僕が折れ少しだけ食べる。味気ない。







その一口で僕は食べるのをやめるが、それでも食べさせることをやめないテラ、その瞳に涙を溜めながら必死に食べさせようとする。







その姿に圧倒され、僕はまたひと一口、今度はしょっぱさを感じた。なぜしょっぱいのかわからないが、僕にはそれがおいしく感じ、また食べる食べる。







その瞬間、命あるものの上に僕たちは、立っていることを強く感じるのであった。







食べる頃には、ウサギは骨だけになる。さっきまで生きていた命の包みに、深く感謝をし手を合わせる。







「ごちそうさま!!」







テラも後に続き







「ゴチソオサマ!」







そして、二人して顔を見つめ合うと自然と笑みがこぼれるのであった。





 テラが、料理を作っている。その後ろ姿を、僕は見ている。







「モリモリゴー、モリモリゴー。」







とテンションが上がったのか、その歌を口ずさみながら料理を作るテラを僕はただ見ていた。







「あの歌、僕が教えたことあったっけ?」







と疑問符が湧き始めた時、テラが振り向き







「ケムペーラ」







と呼んでくれる。







テラの介助で、食事を食べるアキラ。定番に成りつつある光景である。







しかし僕は、今こそ改革が必要な場面であると考えるのであった。







覚悟を決めて、自分でスプーンを取り食事を掬おうとした瞬間、テラの眼つきが変わる。







まるで、死んだ魚のように、恨めしそうに残念そうな目をする。







(そんな目をしないでよぉ・・・。まるで、僕が悪いみたいじゃないか~)







 行き場を失ったスプーンは、動かざるごと山の如し、正確にはフリーズである。







この後の行動でテラの機嫌は変化する。







この些細な変化は、言葉が通じないという言い訳のできない状況下では、破滅を招くということを彼は理解した。







もしも、これでテラの機嫌が、損なわれ些細なことで喧嘩でもなったら、気まずい。







そして、誤解が解けないことは、今の関係を維持できないことを意味する。だからこそ、ベストな解決方法を探さなければならない。







このまま、スプーンに口をつけるということは、テラの助けはいらない、という意思表示にも受け取られかねない。







しかし、生きて居られるのは、テラがいたからこそである。テラはこう思うだろう、茶番に付き合っていた。







原因は、僕の優柔不断が招いた結果であるが、かといってスプーンを戻すということは、完全なる介助を受け入れることになり、今後もこの状況が続くということだ。







それだけはなんとしても、防ぎたい!! まだ僕は自分で食べることができるんだ!!究極の二択を迫られた・・・考えろ! 考えろ!! 







 ふとテラの生気のない瞳に映る僕を見る。あったぞ。第三の選択肢!!







僕はおもむろに、具が乗ったスプーンを彼女の方に向ける。テラがそれに気付き、具と僕を見て考えこむ。それから目を瞑り口を開ける。







開運ひらけたぞ!そこに僕は、そっとスプーンを置く。嬉しそうに食べるテラである。







そんな姿を見つめながら、僕は彼女がずっと独りだったのではと、思い始める。今思えば、テラ以外の人間を見かけていないことに気付く。







だからこそ、こんなに過保護になるのでは、と仮説を立てるが言葉が通じない現状では確かめることはできなかった。







そう考えながら、僕は無意識にスプーンを掬い野菜を食べるのであった。







(あ、食べちゃった。)







と完全勝利をいとも簡単に手にするのであった。

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