4 / 11
一歩
Ⅲ.アキラ、羽を欲す。
しおりを挟む「あー、疲れたぁ」
永和宮を辞してしばらく歩くと、黒花は大きく伸びをして肩を回した。ある程度年季の入った女官でも、よその宮、しかも徳妃の前となると緊張したらしい。翠明がいたらこんな真似はしないだろうが、白狼と二人での訪問で余計に気疲れしたのかもしれない。
白狼も首と肩を解したかったが、今は籠盛りの果物を持っているので腕を振り回すわけにもいかず、首だけ左右に動かすだけにとどめた。
「しっかし、徳妃様のところってみんな若かったわね」
「だよなぁ」
「確か、徳妃様って孫家の御姫様なのよね。乳母とか、年上の侍女とか連れてこなかったのかしら」
そう言いながら首を傾げる黒花の体内から、こきりと変な音が漏れる。思考を巡らせるために首を回していたのではなく、単に肩を解していただけか。
「まあ、でも若いのが多いからあんまり厳しくないみたいだし、みんな楽しそうだからいいんじゃねえの?」
「そうなんだけどね。でも四夫人のおひとりとしての格を考えると、ちょっと物足りないかなって。経験がないと乗り切れないこともあるだろうし」
出産とか、と黒花が呟く。
「ご懐妊したっていうの、どうやら噂じゃなかったみたいだしね」
「ああ、そういやそうか。あの服……」
白狼も頷く。確かに徳妃はかなりゆったりとした服を着ていた。腹が目立たないようなものを選んでいるのだろう。帯らしい帯も付けておらず、そう考えると既に産み月は近いのかもしれない。
男御子か、それとも女御子か。それも出産まで無事にたどり着けるか。
永和宮の女官や下女の様子を思い出し、どっちにしろ無事産まれるといいなと思いながら白狼は帰路についた。
★ ★ ★ ★ ★
贈り物のお返しに行ったのにそのお返しを持って帰った白狼を見て、小葉はけたけたと笑っていた。これはいよいよ燕が白狼に惚れている説が濃厚だ、徳妃もそれを後押ししていると銀月にも伝える始末だ。
もはや否定するのも面倒くさい。というより、白狼自身もその説を信じてしまいそうな、そんな永和宮訪問だった。
「で、徳妃はこれからも仲良くしてくれと?」
「これもご縁だから、銀月とも親しくしたいって言ってたぜ?」
ふむ、と銀月は白い碁石を指先で弄んだ。夕餉の後、いつものように寝室に軟禁され碁盤を挟んで差し向いに座る帝姫は何か考え込んだようだ。
結局戻って来た白狼は、銀月の碁に付き合わされていた。とりあえず姫君の部屋着を着せられ、頭には付け毛を緩く結び付けられている。さっき言ったことを黒花が覚えていたらしい。
化粧をするとき一瞬手が止まっていたのが気になるが、毎回顔をしかめる白狼に何か配慮しようとしてくれたのかもしれない。
「忘れ去られたような帝姫に近づきたいなど、どういう思惑があるものやら」
「うーん、思惑っていうよりは……」
「ん?」
「あの宮の女官とか、下女とか見たらさ。多分、徳妃ってすげえ世話好きなんだと思った」
「どういうことだ?」
「下女ってさ、後宮に売り飛ばされたり女官に応募してきた庶民の子だろ?」
明け透けな物言いだが、銀月は頷く。
「基本的にそうやって雇われた下女は後宮全体の尚服や尚食で働く」
「それをさ、後宮に来てすぐの子を徳妃は自分とこの宮で引き取ってんだよ」
出会ったとき、燕はそう言った。欠員が出たから急遽配置換えをされたと聞いていたようだが、あの人数をみれば「欠員がでた」せいではないだろう。見かけた年端のいかない少女たちを、自分の宮で保護しているとみるのが正解ではないだろうか。
あの懐き方、宮全体の雰囲気、慈愛に満ちた徳妃の目。以前、毒見要員で庶民の燕を雇ったのだろうと穿った視点で見て申し訳なかったかも、と思うほど永和宮は穏やかだった。
なるほどな、と銀月は白石を碁盤に打った。
「銀月も十五だし、徳妃にしたら自分とこの下女とか女官みたいに世話してあげたい歳頃なのかもしれないなって。俺に対してもまだ子どもなのにって言ってたぜ?」
「貴族の娘や歴代の帝姫は、十三、四で笄礼の儀を経て十五になる前に輿入れをするのが一般的だ。徳妃も、孫家の令嬢でそのくらいのことは分かっていると思うがな」
「へえ。やっぱちょっと早めなんだな」
「どうせ政略に絡んだ婚姻だ。輿入れして共寝に至るまで数年かかるということもあると聞いたことがある」
「……数年!?」
びっくりしたついでに白狼は黒石を打つ。思惑とはズレたところに置いてしまったがもう待ったは利かないためそのままにするしかない。
「なんだよ、数年かかるんだったら銀月も輿入れしてすぐに男ってバレるわけじゃないのかよ」
馬鹿め、と銀月が白石を置く。いい一手だった。ひょいひょいと黒石を除けられ、白狼肩を落とした。
「帝姫だからといって共寝を拒否したところで、湯あみやら着替えやらですぐ向こうの女官が気付く。そもそも女帝擁立の話がある以上、何年もあの皇后が放って置いてくれると思うか?」
「そっか、そうだよなぁ……」
確かにそれは無理だろう。輿入れした途端にやられるか、あるいは道中にやられるか、どっちにしろその二択か。選択肢が増えなかったことにややがっかりしながら白狼は碁笥から黒石をつまみ出す。
そして碁盤に置こうとして、止まった。いくつも並べられた石と石が燭台の灯りを艶やかに反射する。自陣の黒石が一つ、孤立無援の状態だったが、今持っている石をとある目に打てば自陣とつながりが増える。それを見てふと思いついたことがあったのだ。
「どうした?」
訝し気に銀月が白狼を覗き込んだ。
永和宮を辞してしばらく歩くと、黒花は大きく伸びをして肩を回した。ある程度年季の入った女官でも、よその宮、しかも徳妃の前となると緊張したらしい。翠明がいたらこんな真似はしないだろうが、白狼と二人での訪問で余計に気疲れしたのかもしれない。
白狼も首と肩を解したかったが、今は籠盛りの果物を持っているので腕を振り回すわけにもいかず、首だけ左右に動かすだけにとどめた。
「しっかし、徳妃様のところってみんな若かったわね」
「だよなぁ」
「確か、徳妃様って孫家の御姫様なのよね。乳母とか、年上の侍女とか連れてこなかったのかしら」
そう言いながら首を傾げる黒花の体内から、こきりと変な音が漏れる。思考を巡らせるために首を回していたのではなく、単に肩を解していただけか。
「まあ、でも若いのが多いからあんまり厳しくないみたいだし、みんな楽しそうだからいいんじゃねえの?」
「そうなんだけどね。でも四夫人のおひとりとしての格を考えると、ちょっと物足りないかなって。経験がないと乗り切れないこともあるだろうし」
出産とか、と黒花が呟く。
「ご懐妊したっていうの、どうやら噂じゃなかったみたいだしね」
「ああ、そういやそうか。あの服……」
白狼も頷く。確かに徳妃はかなりゆったりとした服を着ていた。腹が目立たないようなものを選んでいるのだろう。帯らしい帯も付けておらず、そう考えると既に産み月は近いのかもしれない。
男御子か、それとも女御子か。それも出産まで無事にたどり着けるか。
永和宮の女官や下女の様子を思い出し、どっちにしろ無事産まれるといいなと思いながら白狼は帰路についた。
★ ★ ★ ★ ★
贈り物のお返しに行ったのにそのお返しを持って帰った白狼を見て、小葉はけたけたと笑っていた。これはいよいよ燕が白狼に惚れている説が濃厚だ、徳妃もそれを後押ししていると銀月にも伝える始末だ。
もはや否定するのも面倒くさい。というより、白狼自身もその説を信じてしまいそうな、そんな永和宮訪問だった。
「で、徳妃はこれからも仲良くしてくれと?」
「これもご縁だから、銀月とも親しくしたいって言ってたぜ?」
ふむ、と銀月は白い碁石を指先で弄んだ。夕餉の後、いつものように寝室に軟禁され碁盤を挟んで差し向いに座る帝姫は何か考え込んだようだ。
結局戻って来た白狼は、銀月の碁に付き合わされていた。とりあえず姫君の部屋着を着せられ、頭には付け毛を緩く結び付けられている。さっき言ったことを黒花が覚えていたらしい。
化粧をするとき一瞬手が止まっていたのが気になるが、毎回顔をしかめる白狼に何か配慮しようとしてくれたのかもしれない。
「忘れ去られたような帝姫に近づきたいなど、どういう思惑があるものやら」
「うーん、思惑っていうよりは……」
「ん?」
「あの宮の女官とか、下女とか見たらさ。多分、徳妃ってすげえ世話好きなんだと思った」
「どういうことだ?」
「下女ってさ、後宮に売り飛ばされたり女官に応募してきた庶民の子だろ?」
明け透けな物言いだが、銀月は頷く。
「基本的にそうやって雇われた下女は後宮全体の尚服や尚食で働く」
「それをさ、後宮に来てすぐの子を徳妃は自分とこの宮で引き取ってんだよ」
出会ったとき、燕はそう言った。欠員が出たから急遽配置換えをされたと聞いていたようだが、あの人数をみれば「欠員がでた」せいではないだろう。見かけた年端のいかない少女たちを、自分の宮で保護しているとみるのが正解ではないだろうか。
あの懐き方、宮全体の雰囲気、慈愛に満ちた徳妃の目。以前、毒見要員で庶民の燕を雇ったのだろうと穿った視点で見て申し訳なかったかも、と思うほど永和宮は穏やかだった。
なるほどな、と銀月は白石を碁盤に打った。
「銀月も十五だし、徳妃にしたら自分とこの下女とか女官みたいに世話してあげたい歳頃なのかもしれないなって。俺に対してもまだ子どもなのにって言ってたぜ?」
「貴族の娘や歴代の帝姫は、十三、四で笄礼の儀を経て十五になる前に輿入れをするのが一般的だ。徳妃も、孫家の令嬢でそのくらいのことは分かっていると思うがな」
「へえ。やっぱちょっと早めなんだな」
「どうせ政略に絡んだ婚姻だ。輿入れして共寝に至るまで数年かかるということもあると聞いたことがある」
「……数年!?」
びっくりしたついでに白狼は黒石を打つ。思惑とはズレたところに置いてしまったがもう待ったは利かないためそのままにするしかない。
「なんだよ、数年かかるんだったら銀月も輿入れしてすぐに男ってバレるわけじゃないのかよ」
馬鹿め、と銀月が白石を置く。いい一手だった。ひょいひょいと黒石を除けられ、白狼肩を落とした。
「帝姫だからといって共寝を拒否したところで、湯あみやら着替えやらですぐ向こうの女官が気付く。そもそも女帝擁立の話がある以上、何年もあの皇后が放って置いてくれると思うか?」
「そっか、そうだよなぁ……」
確かにそれは無理だろう。輿入れした途端にやられるか、あるいは道中にやられるか、どっちにしろその二択か。選択肢が増えなかったことにややがっかりしながら白狼は碁笥から黒石をつまみ出す。
そして碁盤に置こうとして、止まった。いくつも並べられた石と石が燭台の灯りを艶やかに反射する。自陣の黒石が一つ、孤立無援の状態だったが、今持っている石をとある目に打てば自陣とつながりが増える。それを見てふと思いついたことがあったのだ。
「どうした?」
訝し気に銀月が白狼を覗き込んだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる