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203:対策会議1

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「悠長に来年まで遠征の準備を行っている余裕はなさそうですね、父上」

 リザール・ガザフ執政官がそう述べると、疲れた表情で周囲にいるもの達を見渡した。

 魔人との戦いを終え、都市の領邸に戻ったダスティン・ガザフ辺境伯は、親征に参加した者達の老を労い、それぞれに恩賞と休養を与えた。

 死者こそ出なかったが、重傷者は多数出ており、軽症に至っては数え切れない者達が何かしらの傷を負っていた。

 それでも万を超すゴブリンの群れと、下級とはいえ魔人などという未知の敵を相手取り一人の死者も出なかった事は、普通に考えれば大勝利と言っても良い戦果ではあったのだが……

「ああ、今までの遠征のやり方も改める必要があるかもしれん。全ての計画を前倒しにして、出来る事はすぐにでも実行する必要があるだろう……皆の意見を問いたい」

 今後の方針を話し合いために集まった者達の雰囲気は、とても勝利した者達の集まりには見えなった。

 意見を求めたガザフ辺境伯の重苦しい表情が、まるで伝播したように議場に集まった者達の表情も暗かった。

 それでも中にはあまり変わらない者も存在した。エルフィーデ女王国のミリアだった。

「ガザフ閣下、とにかく一旦危機は去ったのです。気を抜けと申すわけではありませんが、その様に皆が重苦しい表情ばかりしていては、下の者達も不安になるでしょう」

 ミリアの柔らかい笑顔と楽観的な物言いは、緊迫した雰囲気に支配されかかった議場内に風を送り込むような効果をもたらした。緊迫した空気が少し弛緩し安堵の息をつく者達も多かった。

「ミリア殿の意見はもっともだな……まずは今回の勝利の要因について皆の意見を聞くとしよう」

 親征が終わって一週間が経過していたので、この場にいる者達もには非公開で様々な情報が既に共有されていて、ダンジョン十一層で何があったのか全く知らないような者は、この場には存在しなかった。

 それでも共有された情報はあくまでも非公式の物であり、伝えた者によっては情報の過不足が当然の事ながら存在する。

 だから当事者として親征に参加しなかったガザフの文官達が、公式の場での当事者達からの発言に、殊更強い関心を寄せるのは無理もなかった。

「それではまず、それがしが部隊長を代表して意見を述べさせていただきます」

 そう言って立ち上がったのは第二部隊長のメドリムだった。

「まず今回、急造の弓歩兵部隊ですが、廉価ながら優秀な魔法装備と理想的な配置運用のお陰もあり想定以上の戦果をあげる事が叶いました……しかし問題もあります。今回のゴブリンの大群との戦いで多少の自信はついたものの、これ以上の下層への行軍に不安を訴える者達が少なからずいます」

「情けないかぎりですぞ! ……ですが少々、今回の件は刺激が強すぎましたな……閣下できましたらその者達の除隊をお許しください」

 第一部隊長のリガル残念そうにダスティン辺境伯に頭を下げた。

「我々エルフィーデ女王国の査察団の者達も、あの群れを最初に見たときは、恥ずかしながら弓を引く手が止まりました……閣下、何卒寛大なご処置を」

 他国のリサの援護を受け、ダスティン辺境伯も「良かろう……今後は厳しい局面での戦いが増える。いま一度、戦いの参加への意思確認を徹底せよ」

 本来、領軍の兵であれば、許される事ではなかったが、つい最近まで只の素人だった者達なのだ。生活の糧を得る目的でよく考えず参加した者達に、領兵のような覚悟を求めるのは無理があった。

「閣下、でしたら遠征に出られない者達は、十一層迄の巡回兵としてお使いになられては? 若しくは我々、探索者ギルドに派遣して頂きたいのですが」

 ここぞとばかりにギルド長のレイラが食いついた。

「ギルド長、以前に言っていた討伐報酬制度の代案にしようというのかい? 必要なのは分かるが、この場で要望をねじ込むような真似は……」

 リザール・ガザフ執政官は、かなり慌てた様子だった。周囲の雰囲気も「せっかく育てた者達なのだから……」「……中々の良策では?」とかなり肯定的な意見が占めている。

「あら、問題が色々と起きているのは確かです事よ!」

 レイラも一歩も引かず、暫くは二人の論戦が続いた。

「ああ良い、この件はギルド長と執政官との協議で決めてくれ……但し、基本的にはギルド長の案で採択せよ」

 レイラの勝ったという笑顔を横目に、「運営予算では探索者ギルドにも譲歩を求める」ダスティン辺境伯が、付け加えた一言を聞き「承知致しました」今度は、リザール執政官が笑顔で答え、「善処致します」と、レイラもしぶしぶといった様子で答えた。

 その後は、若い領兵の実戦不足と錬度の問題が話し合われた。

 それでも概ね求められた実力を発揮し、下級魔人との一騎討ちではダスティン辺境伯の力量が優っており、そしてミリアの魔人の腕を落とした剣技の冴えと【天弓】と【雷炎】そして【氷雪】の魔法の威力について総括された。

「閣下……ハッキリ申されてはどうですかのう……我々は、確かに戦には勝ちもうしたが……魔人の捨て身の攻撃には成す術もなかったですワイ……我々は勝負に負けたのだと」

 老騎士ニールセンの言葉にダスティン辺境伯は、重々しく頷いたのだった。
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