自由都市のダンジョン探索者 ~精霊集めてダンジョン攻略~【第一部:初級探索者編完結】

高田 祐一

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198:ある狼の行方

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 そう、誰も見ていないはずだった――

 密かに勝利を祝う喧騒から抜け出した闇夜の精霊は、人目を避けるように十二層への入口に向かった。

『ここなら見られまい。分離中はさすがに無防備になり如何に我とて危険すぎる』

 入口近くの林の陰に隠れた闇夜の精霊は、ラルフの肉体から分離すべく全身に力を込め始めた。

 次第に影のような黒い狼の姿が浮き上がり、ラルフから抜け出した。

 黒い塊のような狼の姿をした魔素は、どんどんラルフの身体から魔人から吸収した大量の魔素を奪い取っていく。

『よしこれくらいで……世話になった男だ死なせるには偲びない』

 闇夜の精霊がひとりそう呟いたつもりだったが……その言葉は聞かれていた。

「【氷雪】」

 それはどのような状況になろうと「もし不測の事態が発生致しましたら、まずは私が闇精霊を凍らせてみせますのでご安心下さい」いうユーリとの約束を守り、常に監視を続けていたマリアから放たれた魔法だった。

『なんだと……いったい今まで何処に……いやお前は事の初めから我を監視していたのだな……我にも察知させないとは恐ろしい女だ……それで我をどうするつもりだ?』

 身体のほとんどを凍らされた状態の黒い狼の形をした魔素は、実体を得る寸前に氷漬けにされ中途半端な状態のまま固定されてしまっていた。

『あなたの希望通りに生まれ変わって頂きます……少し違う形になるでしょうけど』

 その場に姿を見せたのは上位精霊セルフィーナだった。

『セルフィーナ……お前か……生まれ変わらせる事で我を消し去るつもりか?』

 姿を見せたセルフィーナの姿に一瞬怒りの表情を見せた狼だったが、次第にその表情が穏やかな諦めを滲ませたものに変わっていった。

『完全に消し去るつもりはありません。あなたには宿主を思いやる心がありますし、この世界に生きる者達に対する邪悪な意思も感じられません……ですが強さへの渇望に身を任せたまま下層に赴けば、破滅による被害はあなたの身一つだけでは済まないでしょう』

 セルフィーナはまるで教え子に諭すように狼に話しかけた。

『強さを求める事の何が悪い! お前達とて今日の戦いで思い知ったのではないのか? 弱さは時として罪になるぞ?』

 狼の言う事は一面の事実だった。魔人という存在は主を失って暴走する意思のある武器のような存在と言えるかもしれない。

 その武器には明確な憎しみや、人間が起こす戦争の原因の一つ、人の欲からくる支配欲のような物もないのかもしれない。

 そのような存在に情理を持っての交渉は無意味であった。この戦いは負けた側が相手に従うようなものではないのだ……ただ生存をかけた戦いと言えるかもしれない。

『そうです。この戦いにおいては強くなりたいというあなたの想いは貴重なものです。ですが大精霊フェンリル様が強さだけの存在と思っているあなたの考えは承服しかねます』

 普段、物事に動じない様子のセルフィーナが、少し怒っているように見えた。

『知っているのかフェンリルを……』

 狼が動揺したようにそう尋ねた。

『はいとても、戦いに於いては比類なき勇猛さを持つ方でしたが、普段は世界樹の森で昼寝する事ばかり考えている怠け……とても穏やかな優しい方でした。人間にこの事を話してみても信じないでしょうね』

 セルフィーナの語りは懐かしい昔を思い出すかのようだった。

『無理もあるまい……人間は根源的に閉ざされた闇を恐れ、光を求めるものだ。だが精霊にとっては……』

 そう答えた狼の表情は穏やかに見えた。

『そう精霊にとっては属性違いなど万物の事象に過ぎません。ですが人間には理解し難いでしょうね……』

 セルフィーナは精霊と人間の精神的な違いについて想いを馳せているようだ。

『人間は物事の理解に感情を交えがちなのだ……だが渇望に支配されている我の批判するところではあるまいな……生まれ変わりの事、受け入れよう。セルフィーナよ徹底的にやってくれ、我は中途半端に生き残った故に妄執に囚われた存在となったのやもしれぬ』

 そう言うと狼は静かに目を閉じた。

『それではあなたの意思も失われてしまうかも知れませんよ?』

 狼は本気の転生を求めているのだ。その事がセルフィーナにも伝わったのだ。

『我も大精霊フェンリル様の心を理解出来るようになるかもしれぬな』

 狼がそう言うと黒い魔素の塊が揺らぎ始めた。

『ディーネ急いで下さい、彼が受け入れた事で存在が希薄になり始めています』

 セルフィーナの声に応えるように今まで何処にいたのか、ディーネがトコトコと進み出て黒い魔素の元に近寄った。その右手には精霊石、左手には白い角が握られていた。

「【マナ・ドレイン】」

 ディーネは差し出した右手の精霊石を黒い魔素に押し当てると、静かにそう呟いたのだった。
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