198 / 213
198:ある狼の行方
しおりを挟む
そう、誰も見ていないはずだった――
密かに勝利を祝う喧騒から抜け出した闇夜の精霊は、人目を避けるように十二層への入口に向かった。
『ここなら見られまい。分離中はさすがに無防備になり如何に我とて危険すぎる』
入口近くの林の陰に隠れた闇夜の精霊は、ラルフの肉体から分離すべく全身に力を込め始めた。
次第に影のような黒い狼の姿が浮き上がり、ラルフから抜け出した。
黒い塊のような狼の姿をした魔素は、どんどんラルフの身体から魔人から吸収した大量の魔素を奪い取っていく。
『よしこれくらいで……世話になった男だ死なせるには偲びない』
闇夜の精霊がひとりそう呟いたつもりだったが……その言葉は聞かれていた。
「【氷雪】」
それはどのような状況になろうと「もし不測の事態が発生致しましたら、まずは私が闇精霊を凍らせてみせますのでご安心下さい」いうユーリとの約束を守り、常に監視を続けていたマリアから放たれた魔法だった。
『なんだと……いったい今まで何処に……いやお前は事の初めから我を監視していたのだな……我にも察知させないとは恐ろしい女だ……それで我をどうするつもりだ?』
身体のほとんどを凍らされた状態の黒い狼の形をした魔素は、実体を得る寸前に氷漬けにされ中途半端な状態のまま固定されてしまっていた。
『あなたの希望通りに生まれ変わって頂きます……少し違う形になるでしょうけど』
その場に姿を見せたのは上位精霊セルフィーナだった。
『セルフィーナ……お前か……生まれ変わらせる事で我を消し去るつもりか?』
姿を見せたセルフィーナの姿に一瞬怒りの表情を見せた狼だったが、次第にその表情が穏やかな諦めを滲ませたものに変わっていった。
『完全に消し去るつもりはありません。あなたには宿主を思いやる心がありますし、この世界に生きる者達に対する邪悪な意思も感じられません……ですが強さへの渇望に身を任せたまま下層に赴けば、破滅による被害はあなたの身一つだけでは済まないでしょう』
セルフィーナはまるで教え子に諭すように狼に話しかけた。
『強さを求める事の何が悪い! お前達とて今日の戦いで思い知ったのではないのか? 弱さは時として罪になるぞ?』
狼の言う事は一面の事実だった。魔人という存在は主を失って暴走する意思のある武器のような存在と言えるかもしれない。
その武器には明確な憎しみや、人間が起こす戦争の原因の一つ、人の欲からくる支配欲のような物もないのかもしれない。
そのような存在に情理を持っての交渉は無意味であった。この戦いは負けた側が相手に従うようなものではないのだ……ただ生存をかけた戦いと言えるかもしれない。
『そうです。この戦いにおいては強くなりたいというあなたの想いは貴重なものです。ですが大精霊フェンリル様が強さだけの存在と思っているあなたの考えは承服しかねます』
普段、物事に動じない様子のセルフィーナが、少し怒っているように見えた。
『知っているのかフェンリルを……』
狼が動揺したようにそう尋ねた。
『はいとても、戦いに於いては比類なき勇猛さを持つ方でしたが、普段は世界樹の森で昼寝する事ばかり考えている怠け……とても穏やかな優しい方でした。人間にこの事を話してみても信じないでしょうね』
セルフィーナの語りは懐かしい昔を思い出すかのようだった。
『無理もあるまい……人間は根源的に閉ざされた闇を恐れ、光を求めるものだ。だが精霊にとっては……』
そう答えた狼の表情は穏やかに見えた。
『そう精霊にとっては属性違いなど万物の事象に過ぎません。ですが人間には理解し難いでしょうね……』
セルフィーナは精霊と人間の精神的な違いについて想いを馳せているようだ。
『人間は物事の理解に感情を交えがちなのだ……だが渇望に支配されている我の批判するところではあるまいな……生まれ変わりの事、受け入れよう。セルフィーナよ徹底的にやってくれ、我は中途半端に生き残った故に妄執に囚われた存在となったのやもしれぬ』
そう言うと狼は静かに目を閉じた。
『それではあなたの意思も失われてしまうかも知れませんよ?』
狼は本気の転生を求めているのだ。その事がセルフィーナにも伝わったのだ。
『我も大精霊フェンリル様の心を理解出来るようになるかもしれぬな』
狼がそう言うと黒い魔素の塊が揺らぎ始めた。
『ディーネ急いで下さい、彼が受け入れた事で存在が希薄になり始めています』
セルフィーナの声に応えるように今まで何処にいたのか、ディーネがトコトコと進み出て黒い魔素の元に近寄った。その右手には精霊石、左手には白い角が握られていた。
「【マナ・ドレイン】」
ディーネは差し出した右手の精霊石を黒い魔素に押し当てると、静かにそう呟いたのだった。
密かに勝利を祝う喧騒から抜け出した闇夜の精霊は、人目を避けるように十二層への入口に向かった。
『ここなら見られまい。分離中はさすがに無防備になり如何に我とて危険すぎる』
入口近くの林の陰に隠れた闇夜の精霊は、ラルフの肉体から分離すべく全身に力を込め始めた。
次第に影のような黒い狼の姿が浮き上がり、ラルフから抜け出した。
黒い塊のような狼の姿をした魔素は、どんどんラルフの身体から魔人から吸収した大量の魔素を奪い取っていく。
『よしこれくらいで……世話になった男だ死なせるには偲びない』
闇夜の精霊がひとりそう呟いたつもりだったが……その言葉は聞かれていた。
「【氷雪】」
それはどのような状況になろうと「もし不測の事態が発生致しましたら、まずは私が闇精霊を凍らせてみせますのでご安心下さい」いうユーリとの約束を守り、常に監視を続けていたマリアから放たれた魔法だった。
『なんだと……いったい今まで何処に……いやお前は事の初めから我を監視していたのだな……我にも察知させないとは恐ろしい女だ……それで我をどうするつもりだ?』
身体のほとんどを凍らされた状態の黒い狼の形をした魔素は、実体を得る寸前に氷漬けにされ中途半端な状態のまま固定されてしまっていた。
『あなたの希望通りに生まれ変わって頂きます……少し違う形になるでしょうけど』
その場に姿を見せたのは上位精霊セルフィーナだった。
『セルフィーナ……お前か……生まれ変わらせる事で我を消し去るつもりか?』
姿を見せたセルフィーナの姿に一瞬怒りの表情を見せた狼だったが、次第にその表情が穏やかな諦めを滲ませたものに変わっていった。
『完全に消し去るつもりはありません。あなたには宿主を思いやる心がありますし、この世界に生きる者達に対する邪悪な意思も感じられません……ですが強さへの渇望に身を任せたまま下層に赴けば、破滅による被害はあなたの身一つだけでは済まないでしょう』
セルフィーナはまるで教え子に諭すように狼に話しかけた。
『強さを求める事の何が悪い! お前達とて今日の戦いで思い知ったのではないのか? 弱さは時として罪になるぞ?』
狼の言う事は一面の事実だった。魔人という存在は主を失って暴走する意思のある武器のような存在と言えるかもしれない。
その武器には明確な憎しみや、人間が起こす戦争の原因の一つ、人の欲からくる支配欲のような物もないのかもしれない。
そのような存在に情理を持っての交渉は無意味であった。この戦いは負けた側が相手に従うようなものではないのだ……ただ生存をかけた戦いと言えるかもしれない。
『そうです。この戦いにおいては強くなりたいというあなたの想いは貴重なものです。ですが大精霊フェンリル様が強さだけの存在と思っているあなたの考えは承服しかねます』
普段、物事に動じない様子のセルフィーナが、少し怒っているように見えた。
『知っているのかフェンリルを……』
狼が動揺したようにそう尋ねた。
『はいとても、戦いに於いては比類なき勇猛さを持つ方でしたが、普段は世界樹の森で昼寝する事ばかり考えている怠け……とても穏やかな優しい方でした。人間にこの事を話してみても信じないでしょうね』
セルフィーナの語りは懐かしい昔を思い出すかのようだった。
『無理もあるまい……人間は根源的に閉ざされた闇を恐れ、光を求めるものだ。だが精霊にとっては……』
そう答えた狼の表情は穏やかに見えた。
『そう精霊にとっては属性違いなど万物の事象に過ぎません。ですが人間には理解し難いでしょうね……』
セルフィーナは精霊と人間の精神的な違いについて想いを馳せているようだ。
『人間は物事の理解に感情を交えがちなのだ……だが渇望に支配されている我の批判するところではあるまいな……生まれ変わりの事、受け入れよう。セルフィーナよ徹底的にやってくれ、我は中途半端に生き残った故に妄執に囚われた存在となったのやもしれぬ』
そう言うと狼は静かに目を閉じた。
『それではあなたの意思も失われてしまうかも知れませんよ?』
狼は本気の転生を求めているのだ。その事がセルフィーナにも伝わったのだ。
『我も大精霊フェンリル様の心を理解出来るようになるかもしれぬな』
狼がそう言うと黒い魔素の塊が揺らぎ始めた。
『ディーネ急いで下さい、彼が受け入れた事で存在が希薄になり始めています』
セルフィーナの声に応えるように今まで何処にいたのか、ディーネがトコトコと進み出て黒い魔素の元に近寄った。その右手には精霊石、左手には白い角が握られていた。
「【マナ・ドレイン】」
ディーネは差し出した右手の精霊石を黒い魔素に押し当てると、静かにそう呟いたのだった。
0
お気に入りに追加
311
あなたにおすすめの小説

異端の紅赤マギ
みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】
---------------------------------------------
その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。
いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。
それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。
「ここは異世界だ!!」
退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。
「冒険者なんて職業は存在しない!?」
「俺には魔力が無い!?」
これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・
---------------------------------------------------------------------------
「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。
また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・
★次章執筆大幅に遅れています。
★なんやかんやありまして...

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。


転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる