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187:ゴブリンの王5

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 あれだけの範囲攻撃の中にいて何事もなかったかのように立ち上がったゴブリンキングの姿に、ガザフ領軍の騎士団達も驚きを隠せない様子だった。

 ゴブリンキングの周囲には未だ熱による揺らぎが発生していて、普通のゴブリンであればその熱だけでもその場で生きてはいられないと思われた。

 騎士団が動けないのは【ウィンドウォール】を使用できる盾を全面に押し出したとしても、今の状況で突撃を行えば危険であると判断したからだ。

「【ファイアストーム】と【雷炎】の同時攻撃を耐えきるか……範囲攻撃魔法とはいえこのレベルの複合魔法であれば、レッサーワイバーンでも只では済まないのだがな」

 ダスティンが行き合いに出したレッサーワイバーンは飛行可能な竜種の中では最弱の部類であったが、それは竜種という括りで比較した場合であって、二十層の試練を越えてすぐの二つ羽の探索者が単独で倒せるような相手ではなかった。

 複数人で連携してやっと倒すことが出来るレッサーワイバーンの素材は、軽量でありながらとても丈夫な防具の素材としても人気だった。

 二十層の試練を安全に越える為に、二十層以降の層で稀に出現するレッサーワイバーンの防具を装備する事を課すクランもあるという奇妙な状況まで生まれていた。

 そのレッサーワイバーンでも耐えられない攻撃を無傷で耐えたゴブリンキングは、最低でも三十層越えの魔物クラスの実力はあると思われた。

◻ ◼ ◻

 放った魔法の威力に自信があったのだろう、その魔法が通用しなかった事に暫し呆然となっていたミゼル子爵が、ハッとしたように我に返ると「ダスティン様、もう一度【ファイアストーム】を放ちます」そう言うと、慌てたように詠唱を開始しようと杖を構えた。

「よせミゼル。無駄だ」

 ダスティンの短いがその強い言葉に、ミゼル子爵は構えていた杖をおろした。

「ですが、閣下」

 詠唱は諦めたが、尚も言い募ろうとするミゼル子爵を制したダスティンとガザフ領軍の頭上を、大量の魔法の矢が通過し、ゴブリンキングに降り注いだ。

 それは、領軍より距離を置いて布陣していたミリア率いるエルフィーデの査察団と、ガザフの弓歩兵部隊による同時一斉射撃だった。

 百本近くの魔法弓から放たれた魔法の矢は、たった一体の魔物に集中して降り注いだ。

「奴の防御膜が揺らいでやがるぜ!」義勇軍に参加している、ザザが大声を張り上げてそう指摘した。

 大規模魔法が放たれた時は、戦場全体の揺らぎの為にゴブリンキングの状態までは把握できなかった。

「ここは、ワシの出番のようじゃのう……あいや待たれよお前達」

 ベテラン揃いの義勇軍に相手の見せた隙を黙って傍観するような者達は存在しなかった。黒い防御膜の揺らぎを確認すると先鋒のニールセンを気にする事なく、各々が一斉に動き出した。

「やれやれ、ワシが先鋒を閣下から承った事を忘れおってからに……仕方がないのう。――ふん!」

 ニールセンは、その巨大で禍々しいといっても良い意匠を施した両手剣を肩に担ぐように掲げ持つと、老人とは思えない力強い動作で軸足を後ろに下げ、一気に踏み出した。

 【風速迅】に近い高速の踏み出しで、先行した他の老騎士達を追い越すと、真っ直ぐゴブリンキングにその巨大な両手剣を降り下ろした。

「これはイカンな……この踏み込みでの一撃で、その程度の傷しか付かんとはな……これでも若い頃は地竜の首をこの相棒と共に打ち落としたもんじゃがのう」

 その凄まじい一撃を放ったニールセンは、追撃は諦めたのか後ろに素早く後退した。

 同時に遅れて押し寄せた義勇軍の老騎士達の一撃が次々と放たれた。その鋭さはニールセンの放った一撃ほどの威力はなかったが、波状攻撃としては凄まじい威力を持っていた。

 仮に相手が地竜クラスだったとしたら、恐らく無事では済まない破壊力だったろう。

 だがその攻撃も黒い防御膜を幾らか霧散させただけだった。効果が薄いと分かった攻撃を放ち続けて無駄に体力を減らす事をせず、老獪な老騎士達は素早くゴブリンキングから距離を取った。

 そこにまるで連携したように魔法の矢が降り注いだ。

「さすがミリア殿、気が付いておられるようじゃな……我々の攻撃は効果をあげておる……これはどちらが先に倒れるかの戦いになりそうじゃな。だが奴が全くその場から動かんのが不気味ではあるのう」

 本体には届かない攻撃だったが、黒い防御膜は確かに削られていてその都度、ゴブリンキングの本体から補充でもするように吹き出して元に戻った。

 ニールセンは、仮に無限に補充が可能なのであればこちらに勝ち目など最初からないのだからと考慮から除外した。

 もしそのような制限のない化け物であれば、死体からの魔素吸収等というまどろっこしい成長方法が必要とは思えなかった。

「奴が純粋な魔物なのかは分からんが、生き物である以上、自ずと限界はあるじゃろうて」
 
 戦いは、物量対物量の様相を呈し始めたようであった。
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